106 出向と舎弟
浜井ことポリアリン男爵閣下から具体的な仕事の解説も聞いた。
お嬢とも話をして正式に命令を受けた。
クラウとも飲んで、渋々かも知れないが了解を貰った(笑)。
後は準備して男爵と出掛けるだけ、と思っていたのだが…
「おう!準備は済んだのか?」
俺が自室で荷物の纏め…とは言っても武器防具の他は数着の服ぐらいしかないのだが…をしていると、ヴォルフ隊長が開けっ放しのドアから顔を覗かせた。
「ああ、まあな…」
俺が荷物を纏めながら横目で生返事をすると、隊長は俺の荷物に視線をやり、俺に視線を移し、暫く黙って戸口に立っていた。
何か?
「まあ…その…何だ…どんくらいかかんのか知らんけど…」
何でか口籠りながら隊長が口を開いた。
「……お前のこの部屋はそのままにしとく。」
「あ?ああ…」
この部屋に置いていく程の荷物はない。
俺としちゃ戻って来たらまたこの部屋でも別の部屋でもどっちでもいいんだが…
「お前はいい弓師だ。俺は手放すにゃ惜しい、と思ってる。お嬢がもし…お前を最終的に男爵家にやるつもりなら、俺は反対を具申申し上げるつもりだ。」
有難い話だけどそういう事言うなよ(苦笑)。
ちょっと長期で出張に行くぐらいのつもりだったのにマジにリストラみてえじゃねえか!
……つか、もしかすると…え?
「……そんな噂になってんの?」
俺に訊かれて隊長はちょっと困った顔をしてまた口籠った。
「あ、いや……みんながみんな、そう言ってる訳じゃねえんだが…まあ、そんな風な話もある。」
「マジか?」
やっぱ、傍目にもそんな風に見えんのかあ。
まあ、俺も一般出向なんざ10年以上は先だと思ってたからなあ(泣)。
「エミーリオなんかは”お嬢も意外と見る目がねえな”ってな失礼な文句垂れてたから、俺からは”お嬢様も何か深いお考えがあるんだろう”って言ってはおいた。」
ん~全否定はしてくれないってフォローも微妙だなあ。
まあエミーリオさんからすれば自分自身の経験からして異動≒左遷って理解なのは分かるけどな。
けど、国王陛下からのご命令を受けて行くとかって説明は当然出来ない。
「ありかとよ。」
仕方なく誤魔化し気味にいい加減な返答した俺に彼も曖昧に頷いたところで、今度は隊長の後ろから従僕と思しき男が寄って来た。
「ん?何だ?」
従僕がヴォルフ隊長に何か耳打ちすると、隊長はちょっと驚いた顔をして聞き返した。
「あ?何だそりゃ?」
そして俺を見る。
俺が「なに?」とちょっと眉をを上げると彼は口を開いた、
「あ~」
「?」
「弟殿下がお前の事を呼んでるってよ。」
「は?」
俺が思わず素で返すと、隊長は明らかに「俺も訳が分からん!」という顔をしながら続けた。
「あ、いや、アレクサンダー様がお前さんをお呼びらしい。」
「は?」
全くアタマの回ってない俺を見ながら、隊長は言った。
「つか、もうこっちに来てるらしいから俺の部屋に案内する。お前も今すぐ来てくれ。」
「は?ハッ!」
あ!今初めて知ったけど、弟殿下ってアレクサンダーって名前なんだ…
「先日は世話になった。」
兵舎に応接室などない。なので隊長が気を利かせて隊長室を貸してくれており、俺はそこで弟殿下…もといアレクサンダー様と面会していた。
勿論、アレクサンダー様が普段は隊長の座る席にドバンと座り、俺はその前で直立不動だ。
が、その一発目は思いも寄らない言葉からだった。
無論、主筋である彼がアタマを下げるはずもないが、礼を言ってるのは間違いない。
対する俺は前回同様に直立不動のまま答えた。
「閣下の御身をお守りするのは当然の役目であります!」
「いや、そうではない。」
殿下は俺の当然の返答を軽く否定した。
「お前はこの前、私に魔法の指図をしたな?」
あ~咄嗟の事だったから忘れてたけど、言われてみればこれは”致してしまった”事例か?
「あ、いえ…その…火急の事態であったとはいえ、畏れ多くも閣下のお耳に指図と聞こえる不快な音をお届けしてしまい誠に申し訳ございませんでした。」
ビシッとアタマを下げる俺に彼は「あ~良い良い。面を上げよ」と軽く言った。
「その方は魔術師ではなく弓師と聞くが実に的確な指示であった。」
「恐れ入ります。」
恐れ入るしかない。
それに的確と褒められる程の事はしていない。
俺らのリーダーだったシイちゃんだったら、あるいはアイーシャ隊長か後衛で代理指揮に慣れてるリリアだったらもっと上手く出来たのかも知れない。
ウチの指揮官であるヴォルフ隊長、または次席のリャン副長にしたって単に遠慮しただけで、口を出してよければもっと的確な指示を出した可能性が高い、と俺は思っている。
それに襲って来た連中があの程度だったからいいようなものの、外でCクラス相当の複数の魔獣の群れだったら所詮は門前の小僧に過ぎない俺の指揮ではどうなっていたか分からない。
勿論、そんな感想を言ってみても仕方なく、恐らく俺が任務に出ると聞いてその前に律義に礼を言いに来たと思われる伯爵ご令息の前で、これ以上、この話が進展しない方向で恐れ入っているしかない。
が、そうならないのは最早お約束だ。
「ところで、その方には弟子などはおるのか?」
「は?……いえ、おりません。」
当たり前である。
浮浪中の一冒険者なのだ。弟子など取るはずもない。
俺のごく当たり前の返事に対し、弟殿下は「ふむ…」と何故か満足げに考える素振りをした。そしてニッコリ笑って言った。
「ヨシ!では私がそちに弟子入りしよう。」
「は?」
固まってしまった俺に対し、弟殿下は満面の笑みで続ける。
「喜ぶとよい!初めての弟子だぞ!」
おいおいおいおい!
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。某に弟子がいないのは弟子入りする者がいなかった、という意味ではございません。弟子など取る様な立場ではないという事にございます。」
アレクサンダー殿下は小首を傾げた。
「そうか?だが私はその方に弟子入りしたい。そしてその方には弟子がいない。なんの不都合もなかろう。」
だから!そういう話ぢゃねえよ!
納得しない俺の様子を見て、殿下も俺が何が納得できないのか分からない、という風な納得できない表情になった。
「そちがリストラされると聞いて急ぎ参ったのだぞ?」
ったく、どいつもこいつも…
俺の心中を他所に殿下は胸を張った。
「私が弟子入りしたとなれば、姉上とて早々には厄介払いも出来まい!」
ますます俺は(心の中で)アタマを抱えた。
気遣いの出来るヴォルフ隊長は一応否定はしてくれたが、どうやら、みんな、俺が左遷される、しかもクビ、あるいは良くて男爵家に転籍になるのを前提に一般出向に出されると思ってるらしい。
…よく考えたら、隊長も正式にそんな話が出たら庇ってくれる様な事も言ってたし!
結局、全員がそう思ってるのかよ!(泣)
……こうなると俺自身がその可能性をまるで考えていなかった訳じゃないだけに不安になってきた。
………いやいや、そうじゃない!国王御自らお出ましになっての話なのだ!そんな話じゃない!
だいたい俺1人を言いくるめて左遷するぐらいなら、国王陛下とか他家の男爵なんか出て来るはずがない!
俺を東北の片田舎の倉庫にトバすのに親会社の社長が理由説明に来るはずがないのと同じだ。それどころか自社の社長だって、いや、総務人事部長ですら出て来ないだろう。
それにこの話の大元は、ボリアリン男爵を名乗る浜井が説明してくれてる。
中身も…変な話ではあったけど俺の出向を正当化するとかって軽い話じゃない!
「閣下にだけ、この場限りの事として申し上げますが、某はリストラでいなくなるのではございません。お嬢…エリザベスお嬢様がさる御方よりご下命を頂戴し、某が担当としてお嬢様よりご指名戴いたのです。」
意を決して話をしたのに弟殿下は軽く頷いた。
「ふむ、そこら辺りはどうでも良い。」
どうでも良くない!
「いずれにせよ、私はその方に弟子入りするのだ。姉上がその方を不要とするなら、私の師として別邸にでも住まえばいいだけだ。」
軽く殿下は言ったが、お嬢に言及されて思い付いた。
前回も咄嗟の思い付きで弟殿下を論破(?)した俺は最後の抵抗を試みる。
「将来はともかく、今の某はエリザベスお嬢様の配下でございます。お嬢様の御了承なしには勝手なマネは出来ません。」
ところが殿下はニッコリ笑って即答した。
「その方の申す通りだ。当然、先に姉上のご了解は取りつけている。」
「え?」
マジでか!?
「野外の戦闘や魔獣については冒険者としての経験豊富なその方は詳しい。必要な事は習うと良い、と言われている。」
「……」
…あ~多分、それは、アレだな。お嬢は冒険者としての経験を聞くのは全然構わないってつもりで返答したんだろうな。
そこまでは許されていい話だが、まさか伯爵嗣子が一護衛に弟子入りするとは思っていないだろう。
……けど、何かもう疲れてきた。これ以上、何か説明するのもメンドい。
「…どうしても、とあらば致し方ございません。某に閣下を指導出来る程の才があるとは到底思えませんが、出来る限りはお教え致す所存にございます。」
「うむ。宜しく頼む。」
はああ、仕方ねえなあ。
俺に当然、魔法の指南なんぞ出来ない。だから戦闘時における魔法の使い方、要は実戦のイロハ、しかも「イ」の部分でも教えてお茶を濁すしかない。
姉ちゃんが絡むと光速でブチ切れるクセを除けば、デキは良さそうなので俺の簡単な話なんぞすぐに卒業して、ちゃんとした魔法使いが師匠としてつくだろうし。
「早速だが、その方はもうすぐ左遷されると聞いておる。」
誰に何を聞いたかは知らんけど、俺の言う事は何も聞いちゃいねえな。
「左遷、ではございません。護衛として”派遣”されるのでございます。」
「その前に、その方が不在の間、私が何をすれば良いか師よりお言葉を戴きたい。」
俺の最後のささやかな抵抗の言葉は予想通り流されて、彼はある種当然のリクエストを口にした。
「そうですな…」
その真剣な様子に、俺も俺に関するあらぬ噂はさておいて、少し真剣に考えた。
彼は恐らく所謂魔法の器が大きい。だから大魔法が苦も無く使える。足りないのは使い方とコントロールだ。本人もそれを知ってか知らずか、大魔法で一気にぶっ飛ばそうという方式に特化している。
単発の魔獣退治や周囲が敵だらけの戦場では必ずしも悪くはないが、魔力には限りがある。無限の魔力に見え、魔素を集める方にも才能があったマサさんですら限界はあった。
だから魔法は用途に応じた威力である事が望ましい。
この前みたく、暗殺者1人殺すのにあんな迫撃砲レベルの魔法は魔力の無駄遣い以外の何物でもない。
一方で高レベルの魔法がサクサク使えるという利点は活かしたい。
俺のレーザーを見て分かる通り、威力の大きい魔法は高防御力の相手にも効く。
俺は考えた末に言った。
「威力を小さくするご練習をなされると良いでしょう。」
ある種、予定調和的な沈黙が広がった。
「………魔法は威力が大きい程良いし、現に高位の術は皆、威力が高い。威力の低い魔法の練習に意味はなかろう。それに低レベルの魔法なら既に粗方網羅しておる。」
流石、教える人がいなくなってる御曹司。
けど、俺の言ってる威力の小さい魔法は、低レベルの魔法と言う意味ではない。
「低レベルの魔法もそれはそれで使い道がありますが、魔法使いのお家柄には相応しくありません。」
偉い人に正論をストレートに言っても通じない。
俺の多分にお追従を含ませた言葉に、彼はその通りだと言う様に大きく頷く。
「従いまして高レベルの魔法でも威力を絞るご練習を。」
「?」
「閣下はその御年にして既に高位の魔法がお使いになれているとご自分を思われておりませんか?」
彼は少し戸惑いながらも無言で頷く。
でも彼はアタマの良い子だ。話の流れからして既に「自分は高位の魔法が使えている」という方角には向かわないのが分かっているのだろう。
しかし自分では「使えている」と思っているのだから「いえ、使えてるとは思ってません」とは口に出せない。
でも俺が「使えている」とは言わないのは読めている。その葛藤の答えが無言での頷きだ。
「お使いになれてません。」
「なに!」
ある種予想通りの答えだろうに、反射的に反発する弟殿下に俺は言った。
「高位の魔法であっても威力まで含めて自由自在に操れてこそ、高位の魔法使い、と某は理解しております。常に威力全開の魔法しか唱えられぬは魔法を使っているのではありません。魔法に使われているのです。」
「……」
ちょっと悔しそうに黙り込む彼に、俺は窓の外に見える木を指差した。
「まずはファイアーアローで、あの様な木の、葉の一枚一枚を落とせるよう、訓練して下さい。」
未だ納得はしていないだろう様子が見て取れた。
が、アレクサンダー様はほんの少しの逡巡だけで言った。
「…分かった。最初から師の言葉を疑うなど弟子のする事ではない。まだピンと来ぬが従おう。」
彼は机から立ち上がり、こちらへ回って律義にアタマを下げた。
「今後とも宜しく頼む…ではないな…宜しくお願いします。」
礼儀正しいのは素晴らしい。俺もアタマを下げた。
「微力ながら出来得る限りのことはさせて頂く所存でおります。」
彼は満足そうに頷き、そして今度は何か急に言い辛そうにモジモジし始めた。
まだ何か?
「早速で悪いのだが1つ…いや2つ願い事をして構わぬか?」
「はあ…何でしょう?」
「その方は師匠なのだから…私に”閣下”と呼び掛けるのはヘンではないか?敬語もおかしくないか?」
「まあ…そうかも知れませんが…」
そうか?
かと言って俺にどうしろと?
「私の事は…その…アレクと呼び捨てて貰えれば良い。姉上もそう呼んでる。敬語もいらん。」
「いや、まあ…はあ…」
俺は生返事するしかない。しかもアレクサンダー様はまだ何かモジモジしている。
いや、あのな、男の俺を相手に何か変なポーズをとられてもだな…
「それで私の方は…その方を…アニキ、と呼んで良いか?」
「は?」
またしても固まった俺に対し、殿下は目をキラキラさせながら迫ってきた。
「いや、弟子になったのだからアニキ、と呼びたい!」
それは弟子ぢゃねえよ!舎弟だろ!
……何かもう最後までドタバタした感じだったが、俺は浜井と一緒に旅立った。
目指すはアクヤ・クレイ・ジョーのいる学園のあるボウシュー王国はトリキャスである。




