105 飲み会と出向
最後はクラウに報告だ。
定例(?)の週末の飲み会で俺はクラウに事の顛末を報告した。
と言っても、国王からのご命令とか浜井の話とか俺自身の身の上の話は当然出来ない。よく考えてみると出来ない話だらけだな…
もっとも浜井の話、俺の話は絶対ムリだが、仕事の話に関してはよくよく思い返して見ると、ヘタレ陛下にもお嬢にも浜井、もといポリアリン男爵にも明解に口に出して口止めはされてない気もする。
が、そこはそれ、俺にだって何が社外秘で何がそうでないかは判断がつく。世間一般的に言うところのコンプライアンスってヤツだね。
ちなみに会社でこのコンプライアンスの勉強会ってのが開催されたことがあった。
大会議室で総務と何故か経理が講師役で4、50人集めてやったのだが、内容は取り立てて難しいものでも新規なものでもない。贈賄になる可能性があるから購買先から金品を受け取ったりするなとか、インサイダー取引になるかも知れないから会社の業務内容やら業績やらをみだりに他人に喋ったりするなとか、そういった話だった。ある種、当たり前の話である。
だから全員が特に異論もなく、フムフムと眠そうな感じで聞いていた。
波乱が起きたのは最後に総務の司会が「何かご質問はございますか?」と聞いた後だ。
30半ばぐらいの本社上がりの1人が挙手し質問に立った。
「下請けの業者から色々受け取ったりしちゃいけないって事ですが、どの程度だといけないんですか?」
「常識の範囲内でならともかく、常識を超える様なもの…現金を受け取るとか、車貰うとか、過度な接待とかはマズいってことでしょうね。」
淀みない経理の回答に「まあ、そうでしょうな」という俺ら大半が頷いた。
が、皆の理解した空気を他所に質問した本社から流れてきた彼は何故か納得しなかった。
「常識なんて人によって違うじゃないですか。そりゃあ車貰うのはダメだとかは分かりますが金額的に微妙なものもあると思うんです。そんな時はどうしたらいいんですか?」
「…どうしても判断出来ない時は上司の方と相談したらいいと思いますよ。」
「上司に相談って言ったって上司だって判断がつかないかも知れないじゃないですか?そんな時はどうしたらいいんですか?何か…客観的な基準とかないんですか?」
「客観的?いやあ…」
何故か粘着してくる彼に講師役の経理の若い担当者は苦り切ったが、キレたのはその経理の担当者ではなく一緒に講義を聞いていた某部部長だった。
「そんな事も分からないのか!そんな事すら自分で判断つかないヤツは仕事なんか辞めちまえ!」
横合いからいきなり、しかも今ならパワハラ全開と言われるであろう(当時でも、かな?)口調と内容で怒鳴る部長に対し、驚いた事に質問していた彼は言い返した。
「私が聞いているのはですね、別に変な話でも何でもなくてですね…」
空気が読めず、しかも訳の分からない口答えをする彼に部長は激昂した。
「話が変なんじゃない!こんな当たり前の話も分からないお前が変なんだ!客観的とか生意気な事言いやがって!そんなんだったら仕事辞めろ!」
部長に再度「仕事辞めろ!」と怒鳴られて流石に今更にして蒼褪めた彼は、しかしやっぱり空気は読めておらず何か言い掛けて口を開きかかったが、その前に講師側の一員として座っていた経理課長が口を開いた。
「何が常識的で何が非常識なのかご自分では全くご判断がつかない、ということであるならば、一切受け取らなければいいだけじゃないですか?今日の話が全然ご理解頂けないという事であるならば、そうして下さい。」
「……」
部長の様に直接責めたりはしないものの、質問者の不見識を上手にディスりながらの経理課長のピシリとした厳しい口調に流石の彼も黙り、最後の最後でどっぷり空気の悪くなった勉強会は「他に質問はないですか?なければこれにて終了とします。お疲れ様でした。」という足早な司会の言葉で解散となった。
本社からトバされて来る、しかも若くして来るヤツには時折、ああいう変なのっていたよなあ。
本社から左遷されてきた変な粘着質の彼とは違い、俺には一般常識はある。王子と公爵令嬢の婚約話に手出しするっていう内容はともかく、国王も一枚噛んでる他国への介入の話を口止めがあろうがなかろうが関係者以外に話していいはずがない。
だからクラウにはお嬢の命令で男爵の護衛を仰せつかって、他国へ用事に行く男爵についていく、と説明している。なんで期間は分からんが、暫くリバードアからは離れる、と。
万が一、クラウとお嬢が直接話をしても、そこはお嬢も話を合わせてくれるだろう。
一方、聞いたクラウの方も常識はある。
お嬢の命令、という重さをキチンと理解し、敢えて行先を言わなかった俺に対して「何処へ行くんだ?」とか問い詰めて来ることもなく、内容を詳しく問い質すでもなく、諦めた様に酒を啜って言った。
「またしばらくお別れだな。」
「んだな。」
「せっかく、ベスのところで雇われたのにな。」
彼女は酒を啜って「なんだよ!」という顔で文句を垂れた。
「エリザベスお嬢様には今でも雇われてる。男爵に付いていくからって男爵に雇われるわけじゃねえ。むしろ男爵にお嬢から付けられて行くんだ。」
「それはそうだが…そんなんじゃなくて…場所が離れるな。」
俺は行先までの道程をアタマに思い描きつつ、酒をグッと煽った。
「まあな。一緒に来た道を逆戻りして、またビッグウェルを渡んなきゃなんねえ。たく、今回は馬車も馬もつくけどメンドーだし何か無駄に感じんだよなあ。」
ああ、と彼女は旅の頃を思い出して少し笑った。
「ビッグウェルは大きな河だったが、その手前の温泉は良かったなあ。」
「ああ、アレか!アレは良かったなあ。俺も結構、旅はしてる方なんだが宿の部屋に個別に温泉がついてるトコってのは珍しい。」
「そうなのか?今は私も来たばかりで仕事に慣れるので手一杯だが、少し余裕が出来たらこの辺りでもあんな宿を探してみたいと思っていたのだが…」
おう!温泉が気に入ってくれたのか!?
日本人としては大変喜ばしいし、直接紹介した俺個人としても嬉しい。
「宿はともかく温泉は探せばあると思う。俺も探してみるから見付かったら一緒に行くか?」
俺の冗談半分の誘いに、ちょっと驚いた事にクラウは満面の笑顔で嬉しそうに頷いた。
「おう!また2人で一緒に行こう!」
「お、おう…」
思い掛けないかなりの喜びように俺の方はちょっと引き気味だったが、彼女は真剣な顔付で考え始めた。
「今は考えているのはプレスフィーの方なんだが…以前にお前が行ったサウザンリーフの方が見つけやすいか…」
「いや、どうだろう?サウザンリーフじゃあんまし温泉の話は耳にせんかったな…」
そこから先は温泉やら旅の頃の話をしながら2人で和やかに酒を飲んだ。
「この前、サウザンリーフに行く時もそうだったが…」
暫くすると彼女は言い出した。またも少し不機嫌そうな顔になっている。
「お前は1人でサクサク行くな?」
「そりゃあ、別に、家族とか何とかがいるわけでもねえしな。」
「……」
俺の当然と言えば当然の答えに、しかし彼女のむくれた顔は直らなかった。
「私と…呑んでるのが楽しくないのか?」
俺は酒を一口飲んで軽く答えた。
「何言ってんだ?美人と呑むのはいつだって楽しい。」
俺の軽い言いように彼女はガンッと杯を置いた。
「そういう話じゃなくてだなあ…!」
「じゃ、どういう話なんだ?」
彼女は少し空中に言葉を探した。
「長旅に出てる間は私とこうして食事したり話したり出来ないだろう?」
「ま、そりゃそうだな。」
「それを…お前はどう思ってるんだって話だ!」
どう思ってるって……
「俺は風来坊の弓師だ。」
自分でも思わなかった冷たい声が出て、彼女もちょっと「ウッ!」って顔になった。
いや、君が言い過ぎたとかじゃない。何でこんな声になったのか自分でもよく分からん。
「家族もいねえ。故郷もねえ。」
「……そうなのか?」
俺は酒を啜って「そうさ」と答えた。
「昔の仲間はみんな死んだ。俺に旅の常識を教えてくれた人も、弓を仕込んでくれた人も。一緒に戦った仲間もな。」
日本では別にボッチではなかった。
親兄弟と疎遠ではあったけど絶縁したわけでもなかったし、高校、大学の同級生、会社の同期、同僚、先輩方ともそれなりの付き合いはあった。だから1人じゃない。
けど、こっちでは坂本や幸田さん、直哉達は最初の迷宮で死んだ。
林田さんや佐藤さんも見てない所で殺され、一緒に旅をしたアイーシャもミリーも死んだ。マサさんもシイちゃんも死んだ。
リリアには合ってないし会う予定もないが、彼女もレニはもう仲間じゃない。
そう言った意味では今の俺は文字通りのボッチに近い立場だ。
……戻って来るまでは考えたこともなかったけど、俺1人が生き残っているこの状況を俺は気に入らないのかも知れない。
だから毎回、この種の話は少しテンションが下がるのかもな。
「そんな俺にとって、今はお前さんが唯一の戻って来て会いたい人間だ。」
彼女は俺の言葉を聞いてゆっくり酒を飲みながら考えていた。
そして何故か少し口籠りながら言った。
「………ベスはどうなんだ?」
お嬢?
俺は即答した。
「雇い主だからな。会いたいってより会わなきゃいけない人間だな。」
彼女がどうとっていいか分からない、みたいな顔をしたから付け加えた。
「上司ってことだよ。」
彼女は破顔した。
「そうか!上司か!ハハハッ!そうだな!上司だな!」
そしてちょっと酒を煽りながら呟く様に言った。
「私は……待ってるから。」
「あ?」
「……お前を待ってる。だから帰って来いよ?」
「ああ。仕事が無事に終わりゃあまた帰って来るよ。」
若干斜めだった彼女の機嫌が戻ったのを見て、少しホッとしたところでハッと気が付いた、
男爵に付けられるってことは伯爵家外部へ派遣されるって事だ。
これって俗に言う「出向」じゃあないか!?
今にして外部環境を整理して考えれば、ハンソン率いる殺し屋軍団はもう襲って来ない、即ちお嬢の周囲の厳戒態勢はもうすぐ解かれる可能性があるって事だ。そうなればもしかすると護衛の数も今ほどにはいらなくなる。
そして何処の世界でも仕事が減れば余分な人員はリストラ対象だ!
どうやら俺は、日本ではなかった初の左遷(リストラ?)出向、しかもグループ企業ではないこれまた俗に言う一般出向というのを経験しているのかも知れない。
お嬢は会わなきゃいけない人間とか偉そうに言ったけど、当の上司は今回の変な話にかこつけて、やっと男爵家に厄介払いできた俺となんかもう会いたくないのかも知れん。
なんせお嬢の俺に対する評価は「魔獣にも負けないぐらい根性が悪く狡猾な冒険者」なのだ!
クラウには軽く「帰ってくる」とか言っちゃったが、ややもするとこのままこれ幸いと男爵家へ転籍の可能性もあんのか!
マジかぁ……
いやあ、こういうの経験すんのはもうちっと先の話だと思ってたんだけどなぁ…(涙)




