103 宜しくお願いします
俺がなんとなく納得した様子なのを見て、浜井が行儀悪く背凭れに身を投げ出していた姿勢を起こして言った。
「何か話があちこち飛んで申し訳なかったけど、もうちっと具体的な仕事の話も詰めておきたい。」
「ああ。」
俺も姿勢を正して浜井の話を聞く姿勢になった。
「で、場所なんだが、ここじゃねえ。」
話の流れからしてそこは俺も予想していた。
この話の重要人物はジョー氏とヒロインちゃんと王子様だ。けど、このリバードアのヘタレ王は婚約者には逃げられ、王子はおろかそもそも嫁さんすらいない。
俺が軽く頷くと浜井は続けた。
「ボウシュー王国って国、知ってるか?」
「ああ、トリキャスだな。行った事ある。」
「そこに王立トリキャス学園っつうのがある。」
「ああ、何か貴族とかが通う学校だろ?俺には関係ねえけど遠目に見たことぐれえはある。」
本当に遠目に見ただけだ。日本の大学キャンパスなんかとは違い、高い塀に囲まれているから中は見た事がない。
つか正確には遠目に見たっつうのも塀と門ぐらいをみた事があるだけだ。中の建物も見えていた様な気もするが、全く興味がなかったので碌に覚えてもいない。
けど、俺の知ってるを聞いて浜井は嬉しそうに頷いた。
「知ってるなら話は早い。俺らはそこに行って作戦開始だ。」
作戦開始はいいが…
「……そのジョーにイジメさすって具体的にはどうすんだ?」
「そりゃもう、本人と直接話す。」
「え!?」
「やるのは俺らじゃない。本人だし、本人が主体的にやらんとダメだ。そうなりゃもう本人と話すっきゃねえだろう。」
いや、まあ、そう言えばそうなんだが、何をどう話すんだ?
「俺の推測からするに話がうまくいってない理由としてパターンは2つある。」
浜井は目の前でVサインをした。
「1つは何らかの事情、本人とはあまり関係ない外的な事情で物事が本格的に狂っちまってる場合だ。」
「……」
内容が広すぎて分からん。
浜井もそう思ったのか説明を続ける。
「本来、発生すべき桶狭間がなかったんで織田家がさして大きな家にならず今川、斎藤に挟まれた小大名で終わる感じだな。そうするとズレズレで豊臣秀吉も偉くならんで田舎で畑耕す藤吉郎で終わり、徳川家康…つか松平元康も今川の配下のまま良くて有力武将ぐらいで終わる可能性もある。」
「まあ……アリな話ではあるな。」
俺が曖昧ながら頷くと浜井は続ける。
「もう1つ…確率的に高い方は誰かが敢えてそういうプレーしてる場合だ。」
「?」
「この場合、本人が敢えて悪役令嬢役をやってない可能性がある。」
「??」
「振られた役割と敢えて違う事をするってプレーはよくあるだろ?…って言っても今のお前さんにゃよく分からんのか…」
浜井は「ん~」とちょっと考えて再び続けた。
「いや、昔から敢えて違う道を行きたい、違う道を行ったらどうなるのかって思うヤツはいて、実際にやるんだ。」
「…ごめん、よく分からん。」
「例えばだな、主人公の勇者でプレーしてるんだが敢えて魔王軍に入ってみるとかな。」
浜井は何か思い出したのかニヤリとして「昔のゲームでは面白いのがあってな…」と話し始めた。
「正規なストーリー的には魔王を倒しにいく勇者って王道なんだが、あるプレーヤーが出身地のクソド田舎から出ないで、そこで農業中心のスローライフを始めたってのがあってさ…」
「ほー」
「そうすっとどうなったと思う?」
例が特異過ぎるから攪乱されるが、冷静になってみれば答えは比較的簡単だ。謂わばプレーヤーが初心者が行く最初の迷宮から出て来ない様なものだ。ストーリーとしては先に進まないだろう。
「ああ……何もせんから何も始まんない?」
俺の論理的に正しいはずの答えを聞いて、浜井はしてやったりという風に嬉しそうに笑った。
「違ったんだな、コレが!」
「え?じゃあどうなった?」
浜井は何故か胸を張って言った。
「その何もないクソド田舎に何でか魔王軍が入れ替わり立ち代わり攻めて来る様になったんだ!」
え?勇者来ないからって自分が勇者のトコに来るの?
「そのゲームの勇者の出身地たあ人口も少ない辺境の辺鄙な超ド田舎だから、領主も基本放置で魔王軍が来たからって碌に防衛もしない。そんなトコには仲間になるはずの美人冒険者も屈強脳筋の騎士もツンデレエリートの女賢者も来ないって事で、勇者は1人で自分の畑を守って戦うハメになってな。結局、最後は魔王自身が乗り込んできて勇者の農園で決戦よ!」
「……マジか?」
浜井が頷く。
「で、世界を守る前に自分が精魂込めて作ったトマトだがトウモロコシだかを守る為に鋤とかピッチフォークとか持って戦う勇者に結局、魔王は鍬でドタマ、カチ割られて倒されるんだが、そうなるとエンディングも変わっちまった。」
「……」
「結局、魔王軍は人口密集地には攻めて来なかった。」
「そうなん?」
「そうさ。とにかく魔王軍は勇者のトコにしか来ないし、勇者は辺境の人口が超少ない地元から一歩も動かない。おまけに勇者の家は村外れの地平線がギャンギャン見えるような場所で周辺には誰もいやしない。魔王軍が来ても誰も気が付かないし、勇者が魔王軍を倒してもその雄姿を見てるヤツは誰もいない。」
「……」
「だ、もんだから国民の99%以上は何の脅威も感じてない。だから魔王が倒されても感謝なんぞせん。それどころか気付きもしない。」
地元のロシア人ですら寄り付かない極寒のシベリア奥地か何かでウルト〇マンと怪獣が戦っている様なイメージかねえ。
「なんでエンディングロールでは本来、あちこちの町で勇者の像が立ったり、皆が勇者に感謝の祈りを捧げたりするシーンがあったはずらしいんだが、そんなの一切なくて普通の町の風景と勇者が魔王戦でメチャメチャになった畑を1人黙々と耕し直してる風景がナレーションもなく交互に流れるってヤツになったんだ。」
なんとなく浜井の言わんとすることが分かってきた。
「…話が全然変わっちまったってことだな?」
「そういうこった。これってChanging Playって有名になってな。一時期、これ目指したプレーが流行ったんだ。悪役令嬢役のヤツはもしかするとコレを目指してんのかも知れない。」
「でも、そんなん珍しいんだろ?」
「この農場決戦で一躍有名になったLiotQuestでは何でこんな事になったのかは検証されてて、簡単に言えばAIの設定ミスだった。まだ色々変えてかなアカンPhase2とPhase3の頃の設定が何故か主要な部分でバンバンに生きてて、運営側はそれに気が付かないままオープンしたらしい。」
「ふ~ん」
理由は何となく理解出来た。
想定もしない初期設定が残ってて悪さする例はある。パスワード欄が空欄でもログイン出来る様な場合だ。
通常はパスワード空欄でログインボタンを押すヤツはいないし、開発初期は開発関係者しかログインしないのでむしろパスワード何ぞメンドーなだけだったから隠しコマンド的にそうなっていたが、リリースの際にその設定を消し忘れた、あるいは3行もあればいい空欄かどうか最初にチェックするプログラムを組み忘れた様な場合だ。
「なんで他のゲームでは速攻対策をとって今はそんなのは原則的には起きない。プレーヤーが予定外の行動をとり続ければゲームは行き詰るだけだ。」
俺が最初に言った答えが正しい答えになるわけだ。
「けど、これが面白いととった制作会社もあった。」
「ほー」
「それにマーケとして考えても、これにトライするプレイは流行ったから、これをウリにすれば客が増えるという考え方もあった。」
確かにそれはあるかも知れない。逆張りは常にマーケの世界ではある話だ。
札幌味噌ラーメンブームが去って、九州豚骨ラーメンが流行り出しても敢えて数が少なくなった本場札幌の味噌ラーメンに絞り込んで、全体的には数が少なくなったが全国的にはまだまだいるはずのコーンとバターをたっぷり使った味噌ラーメンファンを日本中から自店に集めるというマーケだ。
「今じゃ大概のゲームにこのChanging Playの考え方は取り入れられている。プレーヤーが予定外の行動をとり続ける事で新たな分岐を生み出すって方向だ。だから悪役令嬢役のヤツはこの方式が好きでPhase3段階でやっちまってるのかも知れない。」
一般(?)のゲームプレイとすれば悪くない、というか本人の勝手だが、浜井の話からすると今のココはPhase3の検証段階だ。その段階で話変えられても困るだろう。
段々、浜井の言う事がアタマに沁みて来た気がする。
「そりゃみんな困るだろう。」
「だからみんな困ってる。なんで俺が来たってわけだ。」
つうことは…
「その、クレイさんってのはアレか?テストプレーヤーだと考えているわけだ。」
「テストプレーヤーじゃねえ。NCPだ。」
「細けえ分類はともかくとして…その…アレだ、こっちの人間じゃねえって考えてんだな?」
浜井は頷いた。
「そうとしか考えられない。」
「素人丸出しの質問で申し訳ないんだが、運営会社に直接訊いた方が早いし、プレイしてるヤツに直接話つけた方が確実なんじゃねえの?」
俺の俺的には当然の指摘に浜井は首を振った。
「これがそうもいかない。NCPによる検証発展プレイはTPCが請け負ってる場合が多い。その場合、TPC側に誰がどんなプレイをしているか確認は出来ないし、制作会社側で指示も出来ない。」
「…?なんでさ?制作会社が下請けに出してるだけだろ?」
「昔、偽装委託ってのが流行ってな…」
どっかで聞いた言葉だな。
なんて俺が考えていると浜井が「俺も法律が専門とかじゃねえから上手く説明できるかも分からんけど…」とか言いながらも説明してくれた。
「自動車会社とか大手小売業者なんかが得意にしてたんだが、工場とか店とかの従業員だけをある日突然、別会社化しちまうんだ。」
聞いた事がある。
なので俺は突っ込んだ。
「…そういうの、普通にあるだろう?」
浜井も軽く「まあな」と同意して話を続けた。
「体裁としては、工場やら店舗やらのオペレーションをその別会社に業務委託してるって形になってる。だけど別会社だから親会社の昇給基準とかは適用されない。それどころかジワリと給料は下げられた。会社が別だから親会社の労組も直接は乗り出せない。」
まあ形式的には別会社だからな。それで?
「でも、いつものオペレーションはいつも通りの従業員達でいつも通り行われる。」
「…まあ、そうだろうな。」
「結局、目的は同じ仕事を同じ人間にやらせながら法にかからない様に賃下げする、あるいはバイト化して最賃ベースで固定化して賃上げしない事が目的だ。これが偽装請負と呼ばれた。」
浜井の説明に俺も頷く。
「聞いた事あるな。」
俺が理解したのを確認して浜井の説明が続く。
「やってる自工メーカーとか大手小売り販売店とかには人事とか法律の専門家が揃ってる。」
「だろうな。」
ウチの会社だと総務部と人事部しかなくて両部署合わせても全員で10人だか15人そこそこで回ってたけど、上場企業である親会社には人事、総務に関係すると思われるセクションだけでも総務部、庶務部、文書管理部、法務部、広報部、IR広報部、グローバルリーガル部、人事部、労制部、グローバル人事部、福利厚生管理部、人材育成・開発部、人事企画部、HR戦略部とあるのは組織表か何かで見た事がある。
部の数も多いが、それぞれの部にいる人数も10人かそこらじゃないだろう。生半可な話は大勢いる各種専門家に簡単に潰されて終わりだ。
「だから最初は直接指示しなきゃいいんだろ!ってことで、製造課長の指示を隣にいる受託会社の社員に伝えて、それを受託会社社員がラインに伝えるぐらいでお茶を濁された。」
それもどっかで聞いた事があるなあ。
「けど、今はこの縛りはかなり厳しくて、仕事を請け負わせる会社は請負企業にほぼ口は出せない。」
「…ふむ。」
「ゲーム制作会社だとテストプレイをTPCに任せた以上、結果や進捗は問うが業務内容にはほぼ何も言えない。その上、個人情報保護の関係もあるから誰がどの役でプレイしてるとかTPCは外部に一切話せないし、制作会社であっても聞き出せない。」
請負業務の縛りは何となく理解したし、個人情報云々も分からんでもないが、現状では問題が起きてるわけだ。
「でも、問題が起きてるんだろ?そんでその原因はTPC?が派遣してるプレーヤーが引き起こしてるんだろ?」
浜井はお前の言う事も分かるよ、という風な顔をしながらも首を振った。
「それもこちらの推測だ。悪役令嬢を誰かプレーヤーがやってるのかどうなのか、こちらは分からないし、問題の起きてるのは学園パートを請け負ってるTPCの受託範囲じゃなくてもっと先の話だ。」
TPCとやらの責任は問えないってことか。
「請負契約の期間の話もあって、期間終了前に業務の結果について話し合うのはOKだけど、具体的な内容に口を出すのは如何なる理由があってもご法度だ。それを許すと、それを理由に極論すれば親会社が末端の作業員に逐一指示が出せる事になっちまう。」
「……」
つまり…
「……そのTPC?とかいう会社を問い質すわけにもいかんし、クレー・ジョー役の奴が誰でどんなプレイをしてるかも聞き出せないってことか。」
「端的に言うとそういうこった。」
めんどくせえなあ。
「なんで、俺が来たわけで、お前さんに頼むのは俺の護衛と手伝いだ。」
浜井さんはカップを机に置いて今更ながらに座ったまま改まってアタマを下げた。
「宜しくお願いします。」
未だにアタマの整理はついてない。
何度も言うが浜井の話に全面的に納得したわけでもない。
けど、ここまで色々と説明させてしまった上に浜井は目の前で真摯にアタマを下げている。
それを見て俺の方もアタマを下げた。
「…了解しました。こちらこそ宜しくお願いします。」




