099 情報量が多過ぎる!
「っつう事でこのゲームの現状をもう少し説明するとだな…」
現状でも情報の量が多過ぎる上に考えても分からん事が大杉だ。
けど、先を聞けばまた変わるかも知れない。俺は思考を一旦棚上げして彼の言葉に頷いた。
とにかくFランは1回目には話が全く分からない事に慣れているのだ。
「ゲーム開発の工程って分かる?ちなみに今はPhase3だ。」
「……いえ。」
ふぇいずすりいとはなんぞ?
「まあ…素人にも分かり易い様に大雑把に言うと最初は原作やら原案の世界観に合わせた各種地理的な配置やら植生とかの設定から始める。これが業界じゃPhase1って言われる。」
彼は少し得意げに語り始めた。
蘊蓄が好きなタイプなのかな?作家だっていうし。
「Phase1は場合にもよるんだけど、キチンとした世界観のある話を元に作られると、地理と配置だけだからそんなにはかからない。半年くらいかな。」
「半年ぐらいはかかるんだ。」
「マッピングデータの下絵とかからだからな。もっとも今はある程度の世界観が固まったら後はAIが大半は自動作成するらしいから、長くて半年、あまり凝らずにやれば2、3カ月ってとこかな」
ふ~ん。
心の中で気のない相槌を打つ俺を余所に浜井さんの説明は続く。
「んで、その後でNPCを配置してNPC中心の世界が、まあ矛盾なく回る様に調整を繰り返す。これがPhase2なんだか、コイツはそこそこ時間が掛かる事が多い。」
えぬぴーしいとは何ぞ?というツッコミをすると話が逸れそうなので、俺は簡単に「何でですか?」と合いの手を入れて話を先に進めさせた。
「どんなにキチンとした世界観の話でも細部までは決められてないからな。そんな場合、違う世界の構成やらパターンを移植しながら修正するんだが、これはこれで矛盾を生じる場合がある。」
「……うん…」
相変わらずイメージが湧かんな。
「う~ん…例えばさ、この世界に薬草ってのが定義されてるとしよう。」
俺の全く分かってないが伝わったらしく浜井さんが例を挙げた。
「でも原作では薬草としか出て来ない。どんなものか具体的には書かれてない。だから違う世界で使った薬草の形状フォーマットとかリアルの草花を元にした画像とかを持ってくるわけだが、この世界で予め組まれてる違う草と似てたりする。だからNPC達は間違えて使ったりするんだが、薬草の効能は当然出ない。そうなるとNPCの間でこの薬草は使えない、という評価になっちまう。」
「…ん~なるほど?」
う~ん…そういう事もあんのかなあ…
「そうなると肝心の薬屋が育たなくて、後々になって元の話で薬師を頼りにしていた主人公は困っちまう。なんせ、薬師を探そうにもそんなヤツはおらず、薬草を持っていっても誰も相手にもしてくれない。」
風が吹けば桶屋が儲かるって類の話かな。因果関係とかっていうものかも知れない。
とにかく見えない所で起きた小さな事象が回り巡って大きな変化になるというのは理屈としては理解出来る。
「…ああ…まあ……分からんではない、ッスかね?」
「元のストーリー展開に影響が出ちまうわけだから当然修正する。」
俺が何となく理解したと見て、浜井さんも続ける。
「修正するんだが、ヘタすると植生全体の修正まで話が及んじまう。それだけでも大変だし、NPC達の理解の修正もそこには加わるから矛盾なくやろうとすると凄くメンドい。」
とにかく話は分かるんだが具体的な手順がイメージ出来ない。
挙句、逆ギレ的に「だったらどーすんだよ?」という俺の疑問を感じ取ったのか浜井が補足する。
「勿論、実作業はAIが殆どをやるんだけど、AIに方向性を与えるのは人間だ。なので結果はAIによる自動巡回じゃなくてリアルな誰かが確認しなきゃいけない。それで結局は時間がかかる。」
「…ふ~ん、そんなもんですかね?」
「Phase2だけで普通は1年ぐらい。その後は今度は実際の人間を混ぜてテストがある。NCPを入れるんだ。」
「NCP?」
「Non Characteristic Playerだよ。こんぐらいは分かるだろ?」
勿論、分からない。
俺は端的に答えた。
「いや。」
何にも分からないって風の俺に「おいおい…」という顔をしながらも浜井さんは説明する。
「NCPはこの世界でプレイする人間なんだが、プレイヤーじゃないし大概はストーリーに絡む主要人物じゃない。そもそもストーリーも始まっていない。ストーリーの始まる前の世界で自由に色々やってみて、またここでバグを潰すんだ。」
バグ潰しはゲームってかプログラミングの基本だな。で?
「NPCもAIも色々実験するんだが、やっぱり生身の人間がやるとまた違うんだ。だから必ずこれはやる。」
「ふ~ん…」
「それと、そこそこストーリーに絡むキャラにも…その、なんて言うのかな…人間的な深味を出す為にNCPを入れる事も多い。ま、要はユーザー以外の実際の人間を入れてみるのがPhase3ってヤツだな。」
「へえ…」
要は映画本編を撮る前に町の様子とかエキストラの動きとかを先に撮って確認する様なイメージかな?
「それだけじゃない。」
浜井さんの説明は続く。
「昔じゃあるまいし、今は何の危険もないんだが、一応、人体に対する影響も見られる。法律で決められてるし、万が一は皆、嫌だからな。」
俺が小さい頃は、ゲームはアタマに悪い、子供の発育によくない影響があるとかって主に学校の先生とかが騒いでいた。今も昔ほど騒いではいないが問題視する向きは残ってる。
学校の先生は生真面目で子供思いだから、子供達の事となれば見境がない。
だから子供に悪影響がある、可能性があると言われれば黙っていない。
そして基本は何でも全面禁止という方向で解決を図る。
コーラは骨を溶かすからダメと言い、気に入らない本は有害図書指定をし、繁華街への立ち入りを制限して、先生方が育った昭和の初期には無かった色合い、デザインの服装は華美な服装として禁止する。
例えば親の世代だかその前の世代ではジーンズが不良の格好として禁止されていた、らしい。今の俺らにはどうしてそういう思考なのか全く理解出来ない。
もっとも親世代の言い方ではGパンとかって言ってたらしいから、そもそもJeansというスペルから鑑み、我々の一般常識とは違うボトムズを指していた可能性も否定できないが、とにかくそうらしい。
ゲームも全面禁止はムリにしても1時間限定とか根拠のないプレイ時間を定めたりする。
きょうび、RPGとかだと1時間じゃボス戦の1つも終わらない可能性すらあるのに、だ。
ゲームのプレイ時間とテストの点数を並べて統計して、ゲームのプレイ時間が長い程、成績が悪いと実しやかに説明した資料もあった気がする。でもそれは当たり前の話で、ゲームをプレイしている時間=勉強はしていない時間だから、寝る時間、起床時間を変えなければ、ゲームプレイ時間が長くなる≒1日における勉強時間が短くなる≒成績が上がらないとなっているだけだ。
だが世の中には細かいことは気にせずに大らかに話を纏める人間は大勢いて、終いには短く端的に「ゲームは体に悪い!」と断言する意見もちょくちょく見られた。
けど、ゲーム作る時にソレを検証してるとは寡聞にして知らなかった。
パッ〇マンとかマ〇オとか作ってる会社はお気楽なイメージを持ってたけど、きょうび裏では色々やってるんだなあ。
「まあ、こっちの話もあるんでPhase3はそこそこ時間がかかる。最短で1年か、まあ長いと2年ぐらいかな。医学的な話はどのくらいの長さでどうデータをとるかとか細かく規定があるのが多いんだ。」
そうなんだ。へー。
「このPhase3のNCPだが…」
俺に理解度合いを確認することなく浜井さんの蘊蓄はガンガン続く。
「NCPは本当の人間によるリフレクションを確認、設定する為だから、実際のユーザーの様に元の知識を持ってこの世界に来る者もいれば、現実世界知識は封印してこの世界の人間に成りきってこの世界に送り込まれる者もいる。」
初めて喰いつきどころのある話が出て来て俺はすかさず喰いついた。
「じゃ、何ですか?この世界でそのNCPってヤツに会っても、ややもすると自分がNCPって認識がないヤツもいるってことですか?」
浜井さんは軽く頷いた。
「ありうる。だから本人からすると1週間ぐらいC-Playで寝てて、終わったらバイト代が貰えるって感じかな。」
「つか、自分がこの…何だ…ゲームの世界でゲームしてるって分からんのにどうやって元に戻るんですか?自分でログオフとかも出来ないわけでしょ?」
「だから、そこはゲーム会社…つかTPCの方で管理してる。タイミングが来たら強制的にログオフされて元の世界に戻るって寸法だ。勿論、町中で突然消えたりすりゃ大騒ぎだから、何かそうならない所を見計らって自然に消える様に適当な場面をAIが調整するって聞いてる。」
「TPC?」
おいおい、また知らん単語だぞ、おい…
「Test Play Company。発売前のゲーム内のテストをする専門の会社だ。俺も詳しくねえけどバグを探すのが専門とか、戦闘が得意とか色々あるらしい。」
「……ん~」
「ま、もっともTPC経由でもそんなのはあまり多くなくて大概は元の記憶持ちで来てる方が普通だ。」
知らん用語大杉でだんだん俺のアタマの中はバグりつつあった。
「ちなみに基本は動きの確認だから、さっきも言ったけど大概はメインストーリーが始まる前の世界に設定される事が多い。けど、この段階で面白いネタが起きる事はよくあってね。このPhase3で起きた事象を元にサブストーリーやら前設定やらなんかが作られる事も多いんだ。」
「……」
やべ!
情報過多で完全にバグってきた。相槌も打てん!
「その後、体験ユーザーを入れてリリース前の最終プレイ試験をする。こいつがPhase4ってヤツだ。この段階でストーリーに基づいたアレやコレやも最終確認される。んで、最終的にOKとなればリリースだ。」
「……なんかお話を聞いてると結構、長い時間掛かるんですね?」
「まあ、ゲームの内容とかにもよるんだけどね。」
俺らは同時に紅茶に手を伸ばして一口飲んだ。
「で、この世界は?…ああPhase3、なんでしたっけ?」
彼は微妙に渋い顔をした。
「正確には差戻しPhase3だ。」
「差戻しPhase3?」
「一旦、Phase3も終わってPhase4に順調に進む予定だったんだが、途中の会議でプロデューサーが変わってな…」
何か思い出したのか彼は増々渋い顔になった。
「ソイツ、こんな王道のストーリーじゃ面白くない、絶対にウケないとか言い出したんだ!」
会社にいると必ずこの種の卓袱台返し系列はいる。
30年以上続いた現在進行形でやってる商売に対し「そもそもこんな儲けの薄い商売を始めたらイカンのじゃないか!」とかって言い出す輩だ。
「そんで、ストーリーそのものに手を加える事になった。」
それじゃ小説をゲーム化した意味が半分ぐらい薄れないか?
……まあ、何に、どこまで手を加えるかにもよるのか。
ハリウッドの映画みたく原作を完全にシカトして作るまでいかなくても、原作にはないアニメだけ、ゲームだけのオリジナルエピソードを付け加えたりはよくある。
逆に尺の都合とかで原作を大幅にカットした挙句、原作での主要人物が出て来なかったり、結論が全然違ったりもよくある。
登場人物のキャラを少し、あるいは大幅にイヂったりも珍しい例でもない。
「そうなると一部はPhase2からやり直しになってな。設定からいぢり直したんだ。国名とかもガラリと変わっちまってな。」
浜井さんは渋い顔のまま説明を続けた。
「ストーリーとかは、会社の脚本屋の連中が書き直したんだけど、チェックは当然、原作者のオレもやる。結構、大変だったんだ。」
彼の言を信じるなら、元は彼の小説だからそのゲーム会社の偉い人曰く王道ストーリーが面白い、ややもすると世間でもウケたからゲーム化されたはずだ。しかも途中まで既に作ってしまっている。
にも関わらずの路線変更である。商売が始まった段階で思った様に売り上げが伸びないので方針を変更するなら分かるが、先手にやるのは傍目に見れば唯のやり直しだから悪手のような気もする。
だが、上が変わって方針が180度まで行かずとも100度近く変わるのもまた、会社組織ではよくある話だ。
傾斜角100度だから話は明後日の方角に飛んでいく。
しかも言い出した本人が何かしら確信を持って言ってるならともかく、大概はただ文句を言った結果として話が捻じ曲がっただけだから、言い出しっぺ本人も行き先は全く分かってない。
その方角は落とし穴があるからダメだ、という意見は正しくとも、じゃあ100度変更した道が正しい目的地に繋がっているのか、という話はまた別の問題だ。
なのにその点を指摘すると「正しい方向に進めるのがオマエの役目だ!」と投げ返されるだけなので誰も直接的に指摘したりはしない。
「そのうち今度は会社の部長とかが乗り出してきたらしくてな…」
お!?
更に偉い人登場はもう揉め事の匂いしか感じられない(笑)。
「マーケの関係か何かで対象年齢を下げる事にしたらしい。」
「ああ…」
対象年齢を下げる事で客を増やそうというのはよくある営業手法だ。映画なんかでもR指定に掛からない様に撮影を工夫した話はよく聞く。
R指定を外すとかって類だけでも結構なストーリーの変更かも知れんが、結局問題になるのは何がどこまで改変されたかだな。
「でも話の大筋は一緒なんでしょ?」
「まあね。」
「どんな話なんですか?」
彼は首を傾げた。
原作者だから内容が分からんという意味ではない。俺にどんな説明をしようか考えているのだろう。
「ネタバレは好きじゃないんで…まあ…超粗筋的な話をすると、田舎の純朴な若者が世間の荒波に揉まれながらもし上がる話だ。」
大雑把杉だな。
「世間の荒波ってヤツは高いし冷たい。カリフォルニアのロングビーチで波より女の子の目線気にしながらサーフィンするような気分で乗り熟せるもんじゃない。主人公は戦争、裏切り、失恋、差別、そして難敵を退けながら這い上がる。そんな話だ。」
「……はあ。」
大雑把杉な話を繰り返されて俺はそれ以上突っ込まないことにするしかなかった。
とにかく情報量多過ぎでしょ!
念の為に書き添えますが、新キャラ浜井さんがゲームの作り方を延々説明してますけど、言わずもがなですが実際のゲームの作り方を何一つ参考にしてません。健康に対する影響調査を義務付ける法律もありません。
薄々分かる方もおられるかも知れませんが、理由らしき話は後で出てきます。




