(18)突然
携帯電話の着信音で目が覚めた。
(うるさいな)
寝ぼけまなこのまま、枕元の携帯電話を手に取り、薄目で画面を見ると、綾子からだった。
拓二は慌てて起き上がり、一呼吸おいてから電話に出た。
「もしもし、拓二です」
「綾子です。久しぶりね」
拓二の心臓は高鳴った。
「どうも、ごぶさたです」
「急にごめんね。忙しかったかしら?」
「いえ、大丈夫です」
「拓二くん、昨日は大学の卒業式だったそうね。卒業おめでとう」
「ありがとうございます。オレの大学の卒業式、よく知っていましたね」
「ネットで調べたのよ。武道館でやったんでしょ。すごいわね」
「はい、まあ」
「きっと盛大だったんでしょうね」
「学生の数が多いですから。卒業式のあと、仲間と朝まで飲んでました。今朝は朝帰りで、寝てました」
「ごめんね。起こしちゃったのね」
「いいえ、熟睡したから、すっきりしています」
「…」
綾子から、突然の電話。
拓二は、自然とうれしさが湧き起こるのを禁じ得なかったものの、いったい何の用件だろうかといぶかしんだ。
「綾子さん、元気でした?」
「……うん……元気よ」
(ぜんぜん元気そうじゃない)
何かあったに違いない。拓二は、そう確信した。
「そう言えば、先日、両親が離婚しました」
「……そうだったのね」
「小さなアパートへ引っ越しました。兄は別にアパートを借りて一人暮らししたので、今は母と弟と三人で住んでいます」
「卒業式前に、いろいろ大変だったのね」
「いいえ。でも、オレは大学院へ行けることになりましたから」
「それはよかったわ。心配してたの。拓二くん、大学院へ行くのをやめて、就職したんじゃないかって」
「オレも就職するしかないと思っていたんですけど、母も兄も、あのオヤジも大学院へ行けって言ってくれたので、その言葉に甘えちゃいました」
「お母さんは大変だと思うけど、拓二くんがもし大学院へ行くのをあきらめたら、拓二くん、きっと悔いが残ったと思うの。だから、つらいだろうけど、がんばって卒業してね」
「ありがとうございます。がんばります」
「……」
綾子の様子は、間違いなく尋常ではなかった。
「綾子さん、何か、元気ないですね」
「……元気……ないかもね」
「何か、あったんですか?」
「うん……」
しばらく沈黙が続いた。
「……オレでよければ、話して下さい」
「うん、ありがとう」
綾子の声はくぐもっていた。
「実は……結婚の話……なくなっちゃったの」
「えっ!」
綾子は、電話越しで泣いていた。
まったく予想外の話を聞き、拓二の頭は混乱した。
「こんな電話でごめんね。いろいろあって、うまく行かなくなっちゃったの」
「そうだったんですか……オレ、何て言ったらいいか」
「そうしたら、急に拓二くんのことを思い出して。拓二くん、どうしているかな、とか、拓二くんなら私の話を聞いてくれるかな、とか」
拓二の胸の鼓動が高鳴った。だが、まるで綾子の破談を奇貨とするように思えて心苦しくも感じた。
「何か、光栄です。オレなんかで良ければ、綾子さんの話、聞きますよ」
「ありがとう。私、前からずっと気になっていたんだけど」
「何でしょう?」
「拓二くんって、彼女いるよね?」
「えっ」
拓二は戸惑った。
「いませんよ。ずっと一人です」
「そうなんだ。意外ね」
「そうですか?」
「拓二くん、今日、何か予定ある?」
「……いいえ、特に何もないです」
「……これから会える?」
卒業式の翌朝。
拓二の胸の高鳴りは最高潮に達した。
了




