4話 死神は学園を破壊する
「着替え終わったら、もう1回学園に行くぞ」
フォードは魔法で綺麗になったローブをルノーに投げ渡すと、淡々と言い放った。
「学園ですか……? もう授業は終わってる時間じゃないんですか?」
部屋の窓から差し込む日の光は茜色に染まり始め、勉強机に置いてある時計も夕刻を指している。ベッドの上で寝転がっているルノーは不思議そうに疑問を漏らした。
「今からお前を『特例留学生』にしてもらうよう、学園長のところへ説得しに行くんだよ」
「え、本当ですか⁉︎」
その言葉を聞いた瞬間、ルノーはガバっと起き上がり、キラキラと期待の眼差しをフォードに向けてくる。
だが、その迫りくる彼女へ待ったをかけるように手を突き出し、フォードは威圧をかけるように忠告をする。
「さっきも言ったが、間違いなくなれる保証はない。なにより、お前がちゃんと魔法の能力を示さないと門前払いを食らって終わりだからな」
「そこは大丈夫です! 私いろいろとすごいですし、なにより魔法は得意なんですよ!」
フォードの脅しなど気にも留めず、ルノーはベッドの上で立ち上がると、二の腕に力こぶを作る仕草でアピールしてくる。
ただ、服装も相まって力こぶなど見えるはずもなく、その振る舞いになんの説得力もなかった。
そんな彼女の、どこから湧いてくるのかよく分からない自信満々な姿を見て、フォードはがっくりと項垂れる。
「……とりあえず、そのだらしない恰好から着替えてくれ」
「はーい!」
身支度を整えたルノーを連れて、フォードは夕焼けに染まった学園へと引き返していく。
「ところで、その『特例留学生』って何なのですか?」
石畳で舗装された通学路を並んで歩く道中、ルノーは首をかしげながら尋ねてくる。
「簡単に説明するなら、学園に通っている生徒が、外部の優秀な人を推薦する仕組みのことだ」
「推薦……? でもなんでそんなことを?」
「この国の農業、工業、そして武力も——あらゆるところで魔法が密接に関わっている。魔法技術は社会基盤の土台といっても大げさではないくらいにな」
「ふむふむ、それで?」
「つまるところ王国としては魔法を使える人材は少しでも多い方がいい。だから、世に埋もれている才能を見極めそれを拾い上げるために、現役の学生の目を利用して推薦枠なんてものを設けているらしい」
「なるほど! つまり、フォードさんが優秀な魔導士の私をスカウトしてきた、という体にするのですね!」
「……優秀かどうかは、お前がこの後あっちで判断されるんだけれどな」
そんな説明をしているうちに、二人は目的の場所へと到着した。
目の前に聳えるのは、学園で唯一異彩を放っている重厚な飴色の扉。壁に掛かっているプレートには『学園長室』と書かれている。
フォードは自分を落ち着かせるように息を吐く。
コンコン、と静まり返った廊下にノックの音が響く。
「どうぞ」
重厚な扉を開けて中に入ると、部屋の奥には巨大な執務机と高級そうな椅子。そこに一人の老人が腰掛けていた。
「ふむ、フォードか。お前自らがここを訪ねてくるとは珍しい。どういう風の吹き回しだ? まさか普段の態度の弁明をしに来たわけではないのだろう?」
「まさか、今日は学園生としての務めを果たすために、有益な『推薦』を持ってきたんですよ。ワーゲン学長」
スキンヘッドに、立派な長い白髭を蓄えた老男。眼鏡越しに鋭い眼光をフォードに向けてくる彼こそが、ダイムラー王立学園のトップであり、王国屈指の魔法の使い手でもある学園長、ワーゲン。
ワーゲンはおどけるフォードを訝しむような眼で見つめていたが、すぐに後ろで緊張した面持ちで立っているルノーへと視線を移した。
「彼女はルノー、私の遠い親戚です。魔法の才に非常に恵まれていますので、彼女をこの学園の『特例留学生』として推薦したく、お目通りを願いました」
「ほう……」
フォードがそう語るとワーゲンはさらに目を細め、まるで品定めをするようにルノーをじっと凝視する。
緊張してしまったのだろうか、それとも死神の本能からだろうか、ルノーからごく微量ながら死神特有の凍てつくような冷たい魔力が漏れ出す。
その瞬間、ワーゲンの威圧感のある顔がより一層険しくなる。王国でも指折りの実力者である彼には、ルノーから発された魔力が普通の人間のものとは明らかに違う、異質な不気味さに感づいたのだ。
ワーゲンは眼鏡をゆっくりと外し、机の上に置くとフォードを真っ直ぐに見据える。
「……フォード、お前ほどのやつが推薦するのだから彼女は才能に富んでいるのだろう。だが、この娘の魔力は明らかに異様だ。妙に冷たい……歪な魔力を感じる。人間かどうか疑うくらいにな」
(そんなところまで見通されるのかよ……クソッ!)
学長はルノーの本当の正体に気が付いているのではないか。フォードは予想外の鋭い反応に内心で悪態をつく。
「まあいい、ルノーさんだったな。では手始めに、このクリスタルに魔法を流し込んでみておくれ。あなたの実力を見せてくれないか」
「はい! 分かりました!」
机の上に置かれた、魔力測定に使われる透明なクリスタル。
ルノーは元気よく返事をすると、冷たい魔力を纏ったままクリスタルに向かって手をかざす。
(おい待てルノー! その魔力をそのまま流したら、お前が死神だってことが一発でバレるだろ!)
フォードが視線で必死に訴えかけるも、ルノーに意図は伝わっておらず「心配しないでください!」と言わんばかりにドヤ顔で死神の魔力をさらに高めていく。
(まずいまずいまずい! 何か手はないか? 魔力変換の魔法を使ってあいつの属性を無理矢理書き換えるか? いや、だめだ。あの爺さんが見てる前で魔法の小細工を仕掛ければ、余計に疑われる……!)
冷や汗を流しながらフォードは、高速で考えを巡らせる。だが、魔法を使用した介入は確実にワーゲンの目に見抜かれてしまう。
ルノーの手からは、今にも異質な死神の魔力が紡ぎただれ、今にも放たれようとしていた。
そんな絶体絶命の中、フォードは最悪で最強の妙案を閃いてしまう。
(くそッ、ほかに手がない。こうなったら物理的なアクションだ……!)
「では、いきます!」
彼女の宣言と共に魔法が解き放たれる。その刹那、フォードはルノーの背後に回り込み、彼女のローブ越しのお尻にこっそり手を当て、そのまま大胆に撫でまわした。
「わ、わきゃあ⁉︎⁉︎」
ルノーが聞いたこともないような素っ頓狂な悲鳴を上げると、きれいにコントロールされて収縮しつつあった魔力が、途端にぐちゃぐちゃに乱れ始める。
(ちょ、フォードさん‼︎ なにやって……お、お尻触ってます⁉︎)
「お、おちちつ、落ち着けルノー! 緊張しなななくていいいんだぞ!」
「ひゃっ!」
顔を真っ赤にして抗議の視線を飛ばしてくるルノーに対し、明らかに動揺しまくりでしどろもどろになっているフォード。それでもなお、魔法の集中を乱すために、彼女の太ももからお尻にかけて撫でる手を止める訳にはいかなかった。
魔力は流され続けるのに、魔法は乱れ、一切放たれることはない。手のひらで溜まり続ける魔力は次第に行き場を失って限界まで圧縮し、やがてまばゆい光を放ちながら膨れ上がっていく。
次の瞬間——
ドガアアアアアアアアアン!!!!!
凄まじい光と大爆発が、学園長室を包み込んだ。
その爆発は測定用のクリスタルを消し炭にするだけに留まらず、王国でも随一と称される結界が施された学園の外壁もろともすべて吹き飛ばし、学長室を吹き抜けにしてしまうほどの威力だった。
しん、と静まり返る瓦礫の山。
「……ど、どうですか、学園長。彼女の才能は……規格外の、本物でしょう?」
「……ああ、確かにそうだな。私の想像を遥かに超える素晴らしい才能だ」
全身黒焦げになりながら、必死のやせ我慢で不敵な笑みを浮かべるフォードと、間一髪で魔法障壁を張り、自分の身だけは守ったワーゲン。二人は煤を被り、黒い煙を吐きながら呆然と立ち尽くすルノーを見つめる。
学園長の何とも言えないその目は、失笑なのか、それともフォードのセクハラ隠蔽工作を見抜いた上での期待の眼差しなのか、フォードには分からなかったが。
過程はどうあれ、彼女の特例留学生をもらうという目的は、これ以上にないほどド派手な形で認められたのだった。




