3話 死神はメロンパンが大好物らしい
ダイムラー王立学園という施設は、王国の中でも五本指に入る、魔法に関する最高峰の学究機関である。
学園都市と評されるほど土地面積が広く、学生寮や演習場、日用品の販売店、さらには娯楽施設に至るまで、この学園ですべてが完結できるように利便性が図られている。
もちろん学園内に食堂はあるが、時間帯的にも今は片付けの真っただ中であり、なによりフォードのような学生が入ってしまえば授業をサボっていることが教師たちにばれてしまう。
鎌を持ち運ぶルノーのこともあり、仕方なく二人は人目を避けながら学園をこっそりと抜け出し、学生寮へと向かうことにした。
石造りで出来た四階建ての学生寮。その二階の階段を上がってすぐ横にある扉が、フォードの暮らしている部屋だ。
「着いたぞ」
「お邪魔しまーす!」
ルノーは弾んだ調子の声で、フォードの部屋へと入る。
「うわ、ずいぶんと質素な部屋ですね」
部屋をぐるりと見渡して、彼女はぼそりと歯に衣着せぬ感想を呟いた。
小綺麗なフローリングのワンルーム。その中にベッドと勉強机、それにクローゼットが備え付けられているだけの簡素な空間。
学生寮として見れば必要最低限の生活用品が揃っており、暮らす上では特に不便を感じることはない。だが殺風景すぎる部屋だということはフォード自身も自覚していた。そのため特に言い返すことはなかった。
「そういえば、死神って普段から飯を食うのか?」
「死神本来の状態であれば、食べなくても平気です。あちらの考え方としては食事は娯楽に近いといえばいいでしょうか」
「へー。じゃあ今はなんで腹減ってるんだ?」
「今の身体は人間の肉体になっているので、人間と全く同じ生理現象が起こりますし、人間と同じように病気やケガもします」
「なるほど。…………ほら、これでいいだろ」
フォードは机の上に置いてあったバスケットを手に取り、その中から紙袋に包まれたメロンパンを取り出してルノーに差し出す。
「なんですか、この黄色い網目模様の物体は?」
「メロンパン、パンだ。知らないのか?」
「見たことも聞いたこともないです。本当にこれがパサパサの麦の塊である、あのパンですか?」
ルノーは手に取ったメロンパンを怪訝そうに見つめる。
「いらないなら返せ」
「た、食べます、食べさせていただきます!」
取られると思ったのか、ルノーは慌てて袋からメロンパンを取り出した。
最初は毒見でもしているかのように匂いを嗅いだり、指で突くなど、食べることに躊躇している彼女だったが、やがて覚悟を決めたように目を瞑ると、小さな口を大きく開けてかぶりつく。
「……んっ! 美味しいです‼︎」
彼女は紫水晶の瞳を輝かせ、歓喜の声を上げる。
「上の黄色い生地はサクサクしてて甘いのに、中の生地はふわふわで軽い触感……。これすごいです! やみつきです!」
「そんな大げさになって喜ぶものか、それ……? どこにでも売ってると思うぞ」
「少なくとも、こんなにおいしいパンは冥界にはないですよ! 毎日こんなにおいしいパンが食べられるなんて、人間の世界も捨てたもんじゃないですね!」
メロンパンの感想を興奮気味に話しながらも、勢いよく食べ進めていくルノー。
その一心不乱な姿を見てフォードは、どこか拾ってきた子犬に餌付けしているかのような、なんとも言えない奇妙な気分に陥っていた。
「ふぅ……ごちそうさまでした。すごくおいしかったです!」
あっという間に食べ終わり、口元についたパンクズをペロリと舐め取ると、ルノーは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「満足したならよかったな。……でだ、お前この後どうするつもりだ?」
一先ず、彼女の要求は果たしただろうと思い、フォードは本題を切り出した。
「私の使命はフォードさんの魂をもらうことですよ」
「あー、まあ、それはそうなんだろうが……どこか行く当てはあるのか?」
「それは……ない、ですね」
気まずさ半分、気掛かり半分といったところだろうか。ルノーは俯いて小さく呟く。
フォードも薄々理解はしていた。なので、彼女にある提案を切り出す。
「お前次第ではあるが、この学園の『特例留学生』として通うことができる。その間は衣食住の心配はしなくても大丈夫だ」
「え⁉︎ 私でもあの学園に通うことができるんですか!」
「確約はできないが可能ではある」
ルノーという死神の存在がバレてしまえば、とんでもないほど面倒なことになる。最悪の場合、彼女に対して聖騎士団や王宮魔導士、研究機関などに狙われる危険性があるだろう。
そうなった場合、間違いなくフォード自身にもこの問題が飛び火して、平穏な日常とはかけ離れてしまう。
そうなることを阻止したいフォードは、このポンコツ死神がトラブルを起こさないよう、自分の目の届く範囲に置いて管理する方がいいだろうと思った。
「ぜひ、お願いします! 一度、人間の学園生活というものを経験してみたかったんですよ!」
フォードの内心の懸念など知る由もなく、テンション高くルノーは詰め寄ってくる。
「まあ、その件についてはこの後、学園で話してみてだな」
「わぁ、すっごく楽しみです!」
「楽しみってお前……死神だってことがバレたら一巻の終わりなんだぞ! 命がけの偽装工作といっても大げさじゃないんだからな……」
あまりにも楽観的過ぎるルノーの言動に、フォードの心労はますます増えていくばかりだった。
そして、もう1つの懸念点である彼女の持ってきた大鎌。部屋の壁に立てかけてあるそれをフォードは指さした。
「これ、どうにかならないのか? こんな凶器まがいのもの常にむき出しで持ち歩いていたら大問題になるぞ」
「それなら心配無用です。私の相棒は死神の武具なんですから、多少壊れていたって隠すことくらい容易です」
ルノーはそう言うと、立てかけてあった大鎌を手に取り、刃の部分に指先で魔法陣を描いていく。すると、大鎌は光に包まれ、瞬く間に縮小していく。光が収まったころには、彼女の小さな掌に収まるくらいに姿を変えていた。
ふふんと、得意気に鼻を鳴らすと、ルノーはローブのポケットにそれをしまい込む。
「……大きさを調整できるなら最初からそうやって持ち運べよ」
「えー、でも大きい方が威厳もあるし、かっこいいじゃないですか」
「自分の体に合ってない大きさで取り扱うから、トラブルを起こして帰れなくなってるんじゃないか……」
フォードの至極当然の指摘に、ルノーは視線を泳がせるが、都合の悪い話題を変えるように質問を投げかけた。
「そ、そういえばフォードさん、このローブ濡れててなんだか肌寒いんですけど、着替えとかありませんか?」
先ほどの氷魔法をぶつけた際に、彼女の黒いローブは少し水気を含んでおり、ぐっしょいとまではいかないものの濡れていたままの状態だ。
だが、フォードの部屋には女性用の服など置いてあるはずもない。ましてやフォードとルノーとでは体格差が離れている。
彼女に合う服など持っていないが、風邪を引かれても面倒ごとが増えて困るため、フォードは苦肉の策として、予備のシャツとズボンを手渡した。
「悪いが、とりあえず今はこれで我慢してくれ。そのローブは俺の魔法で乾かしておく」
「ありがとうございます。どこか着替えるところはありますか?」
「浴室は玄関すぐ横の扉だ。そこを使ってくれ」
「……覗かないでくださいね?」
「覗くか‼︎ とっとと着替えてこい!」
フォードの怒声から逃げるように、ルノーは浴室へと駆け込んでいく。
途中、衣擦れの音や、ルノーの艶やかな声が聞こえてきたこともあり、フォードは勝手に居心地の悪さと疚しさを感じて、そわそわと落ち着かなくなってしまう。
「着替え終わりましたー」
「……ぶっ⁉︎ な、なんだ、その恰好⁉︎」
数分経って、のんびりとした声と共に現れたルノーの姿に、フォードは驚きのあまり吹き出してしまう。
手渡したはずのズボンは着用しておらず、白い長袖シャツ一枚だけのあられもない姿。
そのシャツもブカブカで、手が完全に隠れてしまい垂れ下がった袖に、彼女の腿の真ん中あたりまで垂れ下がった裾。はだけてずれ落ちそうな襟元からは、鎖骨が白く浮き上がっていた。
フォードが普段から着用しているシャツだったが、小柄な彼女が着るとまるでワンピースのようになっている。だが、これをワンピースと表現するには、ルノーの白い肌があまりにも刺激的に晒されすぎてしまっている。
「ズボンはどうした⁉︎」
「履こうとしたんですけど、歩くたびにずり落ちてくるので諦めました」
「あ、そうだよな……これに関しては俺が悪いよな……って、そうじゃない‼︎ お前、少しは羞恥心とかないのか!」
「別に下着とかは見えてないですし、少しスース―しますけど、たぶん大丈夫じゃないですか」
ルノーは腕を上げたり、体を捻ったりしながら着心地を確かめるようにシャツを見回す。そのたびに、ひらひらと裾や襟元が揺れ動き、フォードは顔を真っ赤にしてそっぽを向くしかなかった。
「……ローブ、早急に乾かしてくるから、お前は動かずにそこで座って待ってろ」
「はーい、わかりました」
ベッドに腰掛け、のほほんとした返事を返すルノー。対して狼狽えまくっているフォードは、ボロを出さないよう取り繕うので精いっぱいだった。




