2話 死神は空腹には勝てない
ルノーに当たり散らしたことによって少しだけ冷静さを取り戻したフォードは、不満ながらも現状を受け入れることにした。
「とりあえず、お前がなにも知らないアホだってことは、よーくわかった」
あれから魔法を行使した軽い尋問をしてみても、彼女の口から発せられるのは「知りません」「分からないです!」の一点張り。
先程までのルノーの突飛でおかしな言動を考えれば、本当に何も理解しておらずただ指示に従って行動しているだけなのでは、とフォード自身も思ってしまう。
そんなルノーを心底面倒くさそうに見下ろしながら呟く。
「……さて、どうするかな。面倒だし、いっその事消してしまうか」
「消す⁉︎ 私、消されちゃうんですか⁉︎ 私、死神なのに⁉︎」
「さすがに冗談だ。教師に勘付かれないようにやらないといけないし、なにより魔力と労力がもったいない」
「できちゃうんですか⁉︎ あなたいったい何者なんですか⁉︎」
顔を青く染め上げたかと思えば、今度は目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべる。彼女をからかえばコロコロと表情を変え、まるでおもちゃのようで見ているだけで面白い。
「俺が言うのもなんだが、標的のことは事前にしっかりと調べておけよ……。見ての通りこの魔法学園の普通の生徒だよ」
「普通の生徒ならこんな時間にお昼寝なんてしないですよね」
「…………」
意趣返しと言わんばかりに痛いところを突かれてフォードは視線を泳がせる。
しかしルノーの言ったことは事実であるため何も言い返すことができなかった。
「というよりも! いつまでこんな格好にさせておくんですか! 早く開放してください!」
未だ床で腹這いになったままの少女は、体を縛られながらも器用にバタバタと飛び跳ね、フォードに抗議の声を上げる。
先ほどの氷魔法で黒いローブは濡れており、彼女のボディラインを映し出すように張り付いている。暴れているせいで衣服は少しはだけ、埃やチリで汚れていく。もはやその姿に、死神としての威厳は欠片もなかった。
目のやり場に困ったフォードは、そんなルノーを見ないようバツが悪そうに目をそらし、問いかける。
「……なんで寝ているときに俺を襲わなかった?」
「上司が『挨拶は大事だ。どんな仕事も礼儀をもって取り組まなければならない』と言っていたので」
「…………なんで最初に魔法の種明かしをしたんだ?」
「上司が『重要事項のほうれんそう(報告・連絡・相談)を忘れるな』と言っていたので」
「………………なんでそんな体に合わないデカい鎌を持ってんだ?」
「持ってるだけでめちゃくちゃ強そうですし、かっこいいからです!」
今日一番の大きなため息がフォードの心の中で吐かれる。フォードの少女を見る視線は冷めすぎて、最早侮蔑の意味まで含まれているようだった。
ルノーという目の前の少女はおっちょこちょいという領域を通り越して救いようのないポンコツだ。いまの言動を聞いて、先ほどまで窮地に陥って冷や汗を流した自分が情けないと思ってしまった。
フォードは指を振るい、彼女の身体に巻き付いていた『拘束』の魔法を解除した。
「あっ……どうもです」
本当に解放されるとは思ってなかったのか、あっけにとられた表情をしたルノーだったが、やがてゆっくりと立ち上がると、ローブに着いた汚れをパンパンと手で払う。
「その……ついでなんですけど、私の相棒も抜いてもらえませんか?」
少しだけ申し訳なさそうに、ルノーは床に深々と刺さったままの漆黒の鎌を指さしてフォードを見つめてくる。
フォードはわざとらしく大きなため息を吐き、大鎌の方へと体を向ける。
「一応聞いておくけど、俺が触れても問題ないのか、これ?」
「…………さあ? 下界の人が触ったことなんてないので、どうなるかわからないです」
(なら触らせるなよ、と言いたいところだが……)
腹の中で愚痴を漏らしつつも、フォードは恐る恐る鎌の柄に手をかける。
——ッ⁉︎
触れた瞬間、フォードの脳内に、この鎌の中に眠る強大な魔力情報が流れ込んでくる。
『不壊』『吸収』『次元跳躍』——何重、いや何百重にも緻密に張り巡らされた高等魔法の数々。
これだけの魔法を施されているならば、並の武器であればその魔法力の圧力に耐えきれず武器の方が限界を迎え砕け散ってしまうだろう。しかしこの大鎌はそれだけの付与を与えられても形を保っており、この大鎌が文字通り国をも滅ぼすことができる死神の鎌であることが理解できた。
(——ぐっ……!)
そしてなによりも凄まじいのは、この鎌自身から発せられる強烈な防衛機能。持ち主でないものが触れたことを検知した鎌は、フォードの肉体を破壊しようと、禍々しい魔力を一気に流し込んでくる。
「あ、やっぱり危ないです! それ、下手に触ると肉体もろとも魂まで凍らせ——」
「言うのが遅すぎるだろ! 『魔法無効化』——これじゃあ抑えられない。だったら『魔術書換』!」
フォードは歯を食いしばり、ありったけの魔力を大鎌にぶつける。
絶えず流れ込んでくる禍々しい魔力を自身の魔法で相殺させ、さらに鎌の防衛システム自体をフリーズさせる。
「ウソ! 力技で書き換えた⁉︎」
ルノーがアメジストの瞳を大きく見開く中、フォードはハッキングした大鎌を片手で軽々と引き抜いた。
カチャン、と軽やかな金属音が図書館に響き渡る。
「ほらよ、これでいいだろ」
「あ、ありがとうございます……。すごいですね! あなた、本当に何者なんですか⁉︎ その魔力、人間卒業しちゃってますよ!」
「さっきも言っただろ、普通の魔法学園の生徒だ。ほら、鎌を引っこ抜いてやったんだから地獄でも冥界でもいいからさっさと帰ってくれ」
フォードはしっしっと、追い払うように手を振り、再び昼寝の準備をするため椅子に手をかける。
しかし、いつまで経っても動く気配のないルノーに、フォードは訝しむような視線を送った。
「あ、あの、フォードさん……」
「あ、どうした?」
顔を青白く染め上げ、冷や汗たっぷりに震えた声でフォードを見つめてくるルノー。
「鎌の『次元跳躍』が……さっきのあなたのめちゃくちゃな魔法のせいで、完全にフリーズしちゃってます……」
「は?」
「つまり、冥界に帰るための魔法が使えなくなっています」
「…………」
「どうしましょう。私、取り残されちゃいました‼︎」
図書室の中は、葬式のような苦しい重苦しい沈黙で包まれていた。
フォードの顔もルノーと同じように、血の気が引いて青白く染まっていた。
「おい、さすがに冗談だよな? なあ」
「冗談なわけないじゃないですか! さっきからずーっと『次元跳躍』の魔法を使ってるんです。でも全く発動するそぶりを見せないんです! どうして壊しちゃったんですか!」
さっきまで大事そうに抱えていた鎌をポイっと投げ捨て、フォードに詰め寄ってくるルノー。彼女のものすごい剣幕と荒げた声が、冗談や嘘を言っているようには到底見えなかった。
「今すぐ直してください! お願いします!」
「いや……無理だ。仮に直せたとしても、俺は冥界の場所を知らないから『次元跳躍』の座標設定ができない」
「そ、そんなぁ~……」
情けない声を上げ、崩れ落ちるようにペタンと両膝をつくルノー。紫水晶の瞳には涙を浮かべており、今にも泣きだしそうだ。
そんな彼女を見て、フォードは申し訳なさそうに目を逸らす。
「…………ぃ」
「え?」
「責任っ! とってください!」
ルノーは目を赤く潤ませながら、一際大きな声を張り上げた。
「……は? はあああああああっ⁉︎」
そのあまりにも突拍子のない発言に、今度はフォードが大声を上げる。
「なっ、なんで俺がお前の不手際の責任取らなきゃいけないんだよ⁉︎」
「だって、だってぇ! 私の鎌壊したのあなたじゃないですか!」
「お前が抜いてくれって頼んできたんだろ⁉︎」
「それに元を辿れば、フォードさんが私の攻撃を避けなければこんなことにはならなかったんですぅ!」
「お前が勝手に襲ってきて、勝手に床に突き刺して、勝手に自爆しただけだろうがっ!」
「あーあー! 聞こえませーん! とにかくこの状況の責任はフォードさんにもあるんです‼︎」
フォードもルノーも、責任の所在を押し付け合うようにお互い興奮気味にまくし立てあう。
しかし、取っ組み合いにまで発展しそうなほどの言い争いは、ルノーから鳴らされたぐぅぅぅぅぅ、という、なんとも情けない音が響き渡り終わりを迎えた。
彼女はお腹を押え、再びペタンと座り込む。
「お、おい! どうした?」
「あぅ……お腹がすきました。昨日から何も食べてないんです……」
「なんだよ、驚かせやがって」
「うぅ……」
フォードは面倒くさそうにため息を吐く。しかし彼女は俯いたまま動くことなく、小さな体を縮こめてどこか悲壮感を漂わせていた。
元居た場所に帰ることもできず、身寄りもない、現世に慣れていることもなさそうな腹を空かせた死神の美少女。
全く関係がないと思いつつも、どこか居場所のなさを抱える彼女の姿に、自分の過去と似通っていると思ってしまいフォードは天を仰いだ。
(ああ、くそっ。面倒ごとには首を突っ込まない方がいいってわかってるんだけどな……)
心の中ではそう思っているものの、どうしてもルノーを放置しておくことができなかった。
彼女をほったらかしにしてしまえばフォードが求める「平穏な学園生活」ができなくなってしまう、そう自分に言い聞かせてルノーに近づく。
「ほら、立て! とりあえず飯ぐらいは食わせてやるから」
「ふぇ? 本当ですか?」
「本当だ。ただし、絶対に人前で死神です、なんて自己紹介するんじゃないぞ!」
「はいっ! 一生付いていきます、ご主人様!」
「誰がご主人様だ! ……まずはそのバカみたいに目立つ大鎌を片付けろ」
目を輝かせてうれしそうに飛び跳ねるルノー。
そんな彼女を見てフォードは、「早計だったか」と思いながらも口元には小さく笑みを浮かべていた。




