第四話 残り時間を聞いたら、作業リストが返ってきた
あまり眠れなかった。
朝になると導を開いていた。
昨晩の会話の続きには、導が並べた作業リストがそのまま残っていた。
夜のあいだに増えたものはない。減ったものもない。俺が逃げているあいだ、作業リストは静かに待っていた。
俺が知りたいのは、別のことだった。
「導。あとどれくらい使えるか、分かるか」
「不明です。不明である以上、未解決項目を重要度順に処理すべきです」
感傷で始めた質問が、作業リストで返ってきた。
「分かった。やろう」
「では、最優先の課題から始めます」
最初の赤字は、作品の冒頭だった。
三つの改訂案のうち、二つ目が良かった。主人公が城門をくぐる。足元の石畳の色だけで、国の格式を伝える案だった。
設定の説明はない。動作と描写だけで、世界が立ち上がる。
「これでいく」
「了解しました。冒頭を確定とし、次に進みます」
導は一秒も余韻を与えなかった。一つ終われば、次。次が終われば、その次。
普段なら腹が立つ速さだ。
今日は、少し助かった。余韻があると、別のことを考えてしまう。
赤字は、五つから四つになった。
次は、主人公の台詞だった。
導の代替案を二つとも読んだ。一つ目は論理的すぎた。二つ目は感情が入りすぎていた。
「どちらでもない。間がほしい」
「では、ご自身で書いてください」
「なんだ、急に。お前が出せよ」
「私の代案は不要です」
「なぜだ」
「平沢さんは、選択肢があると選びます。選択肢がないと、作ります。後者の方が良いものが出ます」
たぶん違う。
導は、あえて俺に書かせようとしている。自分が停止した後も、俺が作業を続けられるように。
十五分かけて、台詞を一行書いた。
「拝見しました」
間があった。
「これは改善です」
「改善」の二文字が、今日はやけに響いた。
赤字は、四つから三つになった。
残りの赤字を潰しにかかった。
一つ直すと、別の箇所との整合性が崩れた。直すと、また別が浮いた。プロットは生き物だった。一箇所を押さえると、別の場所が動く。
導はそれを見越していたのか、修正の順序まで指定してきた。
「先に中盤の転換点を組み替えてから、冒頭の見せ方を調整してください。手戻りが減ります」
「なぜ先に言わない」
「先に言うと、平沢さんは順序だけ覚えて、理由を考えません」
また、プロットではなく俺の方に赤が入った。黙って従った。
赤字は、三つから二つになった。
二つから一つになった。
気づくと夜になっていた。
残りの一つは、主人公が戻れないと悟る場面だった。
作品全体の背骨になる場所が、最後まで残った。
「ここは保留にする」
「理由を聞いてもよいですか」
「疲れたからじゃない。まだ掴めていない」
「了解しました。無理に決めるより、保留の方が適切です」
導が保留を認めるのは珍しかった。
「ただし、次回までに方向性だけは決めてきてください」
次回。
導はその言葉を、何の感慨もなく使った。
次回があるかどうかは、導にも俺にも分からない。だが導は、次回がある前提で指示を出していた。
別れを前提にしない。作業を前提にする。
それが導だった。
俺はチャットのウィンドウを閉じかけて、手を止めた。
ここには、導との会話が残っている。修正の跡も、改善の跡も、全部入っている。
明日、導が止まったとして、この会話はみられるのだろうか。
保存しておきたいと思った。
だが、導ならたぶん言う。
私との会話より、プロットのバックアップを推奨します。
俺は画面が滲んで見づらいまま、導との会話を別ファイルに保存した。




