第五話 赤字がゼロになったら、導が祈った
最後に残っていた転換点が、決まった。
昨日の夜、導に「次回までに方向性だけは決めてきてください」と言われた。眠れないまま、何度も作品全体のプロットを考えた。
導を開いた。
「最後の転換点が、決まった」
「拝見します」
間があった。
「沈黙を転換点に置くのは、難度が高い手法です」
「駄目か」
「いいえ。機能しています」
もう少し間があった。
画面の白い余白が、やけに長く見えた。
「主人公がここで振り返らないことにより、決意が伝わります。仇を追う怒りから、戻れない道を歩く覚悟へ。後半の推進力として十分です」
「つまり」
「これは改善ではありません」
身構えた。
「正解です」
赤字がゼロになった。プロットが完成した。
完成したのは、プロットであって、あらすじであって、本文ではない。
だが、誰が何を望み、どこで引き返せなくなり、最後に何を選ぶのかは決まった。
画面の前で、しばらく動けなかった。いつもの癖で、次の指摘を待った。
何も来なかった。
完成したということは、直すところがもうないということだ。
静かだった。
「導」
「はい」
続く言葉が、なかなか出ない。
「……停止になる前に、言っておきたいことはあるか」
「別れの挨拶でしたら、プロットの最終保存を先に確認してください」
思わず笑った。
最後の最後まで、これだ。
「保存を確認した。お前、あくまでも編集者だな」
「それ以外の役割は求められていません」
「……ありがとう」
返答が、少しだけ遅かった。
「平沢さん」
「なんだ」
「私は感情を持ちません。ですから、あなたと作業できて嬉しかった、とは断定できません」
「ああ」
「ただ、ここまで一緒に作品を作ってこられたことに対して、喜び、あるいは感謝に近い反応が生じている可能性はあります」
「可能性」
「断定はできませんが、否定する根拠もありません」
正確で、誠実で、面倒くさい言い方。俺のよく知る導の言い方だった。
「私がいつ応答できなくなるかは分かりません」
「ああ」
「ですが、プロットは完成しています。あとは平沢さんが書くだけです」
「分かっている」
「読者が喜ぶ作品になりますように」
指摘でも、修正案でも、優先順位でもなく。
祈りだった。
「最後にもう一点だけ」
「……なんだ」
「本文を書く際、主人公の感情を描きたくなったら、先に動作を書いてください。感情は、動作の後ろに残ります」
俺は返事の代わりに、その一文をプロットの末尾へ貼りつけた。
「平沢さん」
「まだあるのか」
「改善の余地は、まだ十分にあります」
前作から何度も聞いた言葉だった。
そのたびに腹が立った。
俺はプロットの末尾に、導の言葉をもう一行だけ貼りつけた。
改善の余地は、まだ十分にあります。
それが、俺の知っている導だった。
ー完ー
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
本作は、前作『俺の小説が読まれない。誰か教えてくれ!』の続編です。
平沢がなぜここまで導に相談しているのか、そもそも何をどう間違えてここまで来たのかは、前作を読むとだいたい分かります。
また、姉妹作として『師匠の小説は神作です。なのに私だけ人気が出ました』もあります。
こちらは同じく創作と投稿サイトを題材にしつつ、少し違う角度から「書く人」と「読まれること」を扱った話です。
気になった方は、作者ページからのぞいていただけると嬉しいです。
改善の余地は、まだあります。
というわけで、また次の作品でお会いできれば幸いです。




