第二話 プロットを直したら、俺に赤が入った
関所を壊す作業は、痛かった。
導に「関所ができています」と言われてから、俺はプロットを削りにかかった。
六つの設定ファイルを開く。政治体制、五行と魔術、食文化、服飾と身分制度、地理と気候、官吏選抜制度。
これらを土台にして作品プロットを建てた。建てたはいいが、土台が全部、地上に出ていた。
削る。
五行思想の説明を削る。官吏の選抜手順を削る。食文化の歴史を削る。
一つ消すたびに、痛む。正確で、整合性があって、三日かけて作った設定。ただし、読者には見えなくていい情報だった。
全部は消さなかった。衣装の色だけ残す。料理の湯気だけ残す。役所の名前は残すが、組織図は引っ込める。
削ると決めてからの方が、残すべきものが分かった気がした。
二日かけて、プロットを書き直した。
要所だけ、本文の温度を見るために、短い試し書きも添えた。
文字数は減った。
未練は増えた。
「直した。見てくれ」
導に改訂版のプロットと本文の試し書きを送った。
間があった。
導は普段、返答が早い。間があるときは、だいたい俺に不利なことを考えている。
「拝見しました」
「関所は壊した。今度は入口が先に来ているはずだ」
「はい。関所はなくなりました。入口は機能しています」
「だろう」
「ただし、今回の赤字はプロットだけでは済みません」
「済まない?」
「平沢さんの癖にも、赤字が入ります」
嫌な予感がした。
「結論から申し上げます。第一作のときより改善しています。ただし、問題の種類が変わっただけ、とも言えます」
「問題の種類?」
「はい。まず、主人公の動機について。師匠の仇を討つために旅に出る。構造としては明確です」
「だろう。古典的だが強い」
「ただ、読んでいて伝わるのは、主人公が旅に出たい理由ではなく、作者がこの世界を書きたい理由です」
反論を考えた。
三秒でやめた。
「主人公の動機が弱いのではありません。作者の動機が強すぎるのです」
一つ目の赤が、俺に刺さった。
「次に、食事の場面案です」
導は、俺が添えた、本文の試し書きをそのまま引用した。
「『この羹は煌王朝の宮廷で三百年の歴史を持ち、五味の均衡を膳の中に再現することで知られている』」
「料理の歴史と世界観を伝えるための一文だ」
「この一文は説明ではなく、作者の不安です」
「不安?」
「世界が本物であると、読者に証明しようとしています。主人公はこの場面で初めて宮廷に入ります。緊張しているはずです。しかし、主人公の緊張より先に、作者の願いを語り始めています」
二つ目の赤は、俺の胸のあたりに入った。
確かに、あの一文は主人公の目ではなかった。
俺の目だった。
「それから、仮タイトルについてです」
「『煌に散る五色の刃――復讐と真実の中華繚乱譚――』。これもか」
「タイトルに祈りを込めないでください。情報を込めてください」
「祈り?」
「『繚乱譚』では、読者に何が起きる話か伝わりません。伝わるのは、華やかな作品にしたいという作者の願望だけです」
三つ目の赤は、もはや文章ではなく俺に入っていた。
「次に――」
「まだあるのか」
「あと五箇所あります」
導は一つずつ片づけた。台詞が説明に変わっている箇所。伏線のつもりが設定開示になっている箇所。ヒロインの登場で、顔より先に家柄が紹介されている箇所。
どれも、覚えがあった。
第一作でも似たことをやっていた。
俺はプロットを見ているはずなのに、だんだん自分の健康診断の結果を聞いている気分になってきた。
「一箇所、申し上げておきたい点があります」
「まだ悪いところがあるのか」
「いいえ。良いところです」
珍しい。
俺はなぜか身構えた。
「旅立ちの場面案です。主人公が城門を出て、振り返らずに歩き始める箇所」
「ああ」
「ここは改善されています」
「……改善?」
「第一作の第一話では、似た場面で主人公の決意を十二行かけて説明していました。今回は、動作だけで処理しています。説明がなく、感情だけで場面を閉じています」
「意識してやったわけじゃない」
「だから良いのだと思います」
俺は一瞬、返事に詰まった。
導は褒めるときまで、逃げ道をふさいでくる。
「以上を踏まえて、修正の優先順位を提案します」
その前に、俺は指摘を数えた。
プロットの構造に関する指摘が三つ。
文章表現に関する指摘が二つ。
作者の癖に関する指摘が六つ。
プロットに入った赤より、俺に入った赤の方が多かった。
「導」
「はい」
「お前、プロットを見ているのか。俺を見ているのか」
「プロットは一作ごとに完結します。作者の癖は、次の作品にも持ち越されます」
「だから俺の方を直すのか」
「長期的に影響が大きい方を優先しています」
俺は少し笑って、プロットをもう一度開いた。
こいつは、プロットだけでなく、俺にダメ出しを入れている。
そしてたぶん、第一作のときからずっとそうだった。




