その転生者、全裸待機
長きに渡る魔族と人類の戦いは、先代魔王と勇者、両者相討ちとなる形で幕を閉じた。
勇者亡き後、多種多様な人類は『ドカルテルア帝国』を築き上げ、世界の基盤として各人類種族に対しても中立的な立ち位置で平和を維持する役割を担うこととなる。
勇者パーティの生存者が回収した『退魔の剣』については、平和の象徴を飾るものとして帝国の大聖堂に保護されることとなり、世界は安寧の秩序を取り戻す。
――――それから世界に平和が訪れて、100年の月日が経とうとしていた。
「――はい。そういうことで今、私たちは先代魔王様の亡き後から100年の時を迎えたわけです」
「……はぁ」
目の前で語る青年は特徴的な蛇の尾を揺らし、眼鏡をくいっと持ち上げ、気の抜けた返事をする白髪の少年へと向き直る。
「あのさ……この世界について説明してくれるのはありがたいんだけどさ……俺の姿見て何か思うことない?」
「ふむ……何か言ってほしいんですか?」
「言ってほしいっていうかさ……」
「はい」
少年は青年を見上げ、大きく口を開いた。
「――俺、全裸のままなんですけど!?」
そう、少年は今まで全裸待機で正座をして、青年の話を聞いていたのである。生まれたままの姿で、しかも正座というオプション付きで、この世界についての歴史を語られていた少年の顔からは、羞恥心によって噴火寸前の火山のように蒸気が立ち昇っていた。
「あっ。本当だ。服着てませんね」
「今!? 今気付いたの!? お前の目は節穴か!?」
「あっはっは。私としたことがすみません。今テキトーに服を用意しますね。ユリウス様」
「セリフに心がこもってねえ」
青年から「ユリウス」と呼ばれたこの少年こそ、100年の時を超えて新たに誕生した魔王であった。そして魔王ユリウスにはもう一つの肩書きがある。
「いや~。先代魔王様から言伝は預かっていたんですけどね……まさか今日、魔王となる人が異世界から転生して来られるとは思ってなくて」
異世界からこの世界に転生してきた少年は、祠堂勇莉という日本人で『転生者』だった。しかし、彼は生前の記憶をほとんど失くしており、名前の他に自分が日本の高校生だったということしか覚えていなかった。
「思ってなかったとしても全裸待機させるのは違くない? 普通、全裸で現れた時点で何かこう驚いたり、羽織るものを持ってきたりとかしない? お前、有無を言わさず冷静に俺のこと正座させて語り始めたよね? 最初、自分には見えてない服着てるのかと思ったわ」
「『面倒くさいからいいかな』って思ったんですよね」
「お前、本当に俺の側近なの!? 大丈夫!? 俺たちこれから『魔王と側近』としてやっていくんだよね!? 不安でしかないんですけど!?」
「なるようになれってことで」
「そのセリフ言うの俺の方だと思う」
会話の合間で側近である青年から用意された服に着替えつつ、ユリウスは転生前のことを思い起こそうと記憶を張り巡らす。
俺は自分に家族がいたのか、友人がいたのか、恋人がいたのか、何も分からない覚えていない。記憶に残っているのは、祠堂勇莉という名前と、日本という国で高校生をしていたということだけだ。そして何でこの世界に転生したのかも記憶に無い。そもそも俺は前世で死んだのか? それとも生きた状態で、何かのはずみにこっちの世界へと来てしまったのか?
「着替え終わりましたかね?」
「あ、あぁ。一応、着替えは済んだよ」
「…………フッ。馬子にも衣裳ってやつですか」
「その言葉の真意は!?」
こいつ。異世界から転生して来た人間とはいえ、この世界では俺が魔王なんだろ? 魔王ってことは魔族の頂点で、こいつの上司ってかボスでもあるわけだろ? 初対面の時からめっちゃ人のことバカにしてくるけど。魔族ってボスに対しても皆こうなのか?
側近の態度にイラつきを見せるユリウスは「こちらへどうぞ」と彼に促されるまま、魔王の玉座へと静かに腰を下ろした。
「では改めまして。私は一応、ユリウス様にお仕えする側近『バーティン』と申します」
そう言って側近のバーティンはユリウスの前に深々と頭を下げる。
「それにしても、まさか転生して来たのが男性とは……」
「何だよ。女の人の方が良かったってことか?」
「いえいえ。先代、先々代より魔王の座につかれる方は全員女性――『魔女』と呼ばれる方々でしたので。少し面食らってしまいましたよ」
「『魔女』? 魔王じゃなくてか?」
「『魔王』は魔族を束ねる王の肩書きです」
「よく分かんねえな」
「でしょうね」
「……お前……バーティンって俺のこと小ばかにし過ぎじゃない?」
「でしょうね」
「転生し直したい」
淡々とバーティンに言葉を返され、ユリウスの心は音を立てて折れかけていた。この世界では『魔王』という立場にあるとはいえ、中身は転生間もない高校生の少年だ。そんな思春期の少年に浴びせられる冷ややかな言葉は、鋭利な刃物のように突き刺さることこの上ない。
「まあ、男性だったとはいえ『転生者』ということであれば……先代や我々のように異能の力を扱えるでしょうから。別に性別はどっちでも構いませんがね」
「いのうのちから?」
「は?」
頭に疑問符を浮かべ力なく返すユリウスに、バーティンは「お前何しに来たんだよ愚図が」とでも言いたそうな軽蔑の視線を向ける。
「ユリウス様? 術式――特異型魂匣魔術式を知らないのですか?」
「とくいがたこんこうまじゅつしき?」
「…………ハズレか」
「思ったとしても、その言葉を本人の前で言うのはどうかと思うぞ!?」
大きくため息を吐き「やれやれ」と肩をすくませるバーティンを横目に、ユリウスは頭の中で「自分に隠された異能力があるのか?」と手当たり次第に記憶を探らせる。
術式。特異型魂匣魔術式……。その言葉自体に覚えはないけど。でも転生直後に、確かに何かそれらしき能力なのか呪文なのか、そんな名前みたいなもんは浮かんでいた気がする。何だっけ。何か、こう、りべ、りべりべりべ、りべら…………。
「リベラ・アニマム……?」
「! 何だ。ちゃんと術式発動の鍵となる言葉が分かるじゃないですか。危うく下剋上するとこでしたよ」
「あぶねえ! この言葉思い出せなかったら俺ヤられてたのか!? 異世界怖すぎるだろ!」
「焼肉定食ですね」
「『弱肉強食』だよね? バーティンくん、俺のこと食べようとしてないよね?」
ひとまず難を逃れたユリウスはホッと胸をなでおろす。
術式? を発動する言葉が分かったのは良いとして。その言葉を言っても、何の能力も発動する気配が無いのは何でなんだ?
「てか、俺がその呪文を言ったのに。何も発動しないんだけど」
「……はぁ」
「何の溜め息!? ここから下剋上リスタートしないよね!? 今夜の焼肉定食にならないよね俺!?」
バーティンは片手でこめかみを抑え、呆れ顔で口を開く。ユリウスは彼が今から下剋上をするのではと怯えつつも、その言葉に耳をひそめた。
「術式というのは、我々のような魔族……いわば『魔女によって魂の情報を書き換えられた異質な人間』やユリウス様のような転生者、これもまた『魔女の恩恵により輪廻転生の理から外れ、魂の情報を書き換えられた人間』に宿る異能力のことを指します」
「輪廻転生の理から外れた?」
「そうです。そもそも魂とは一つの同じ『星』……簡単に言うと『世界』で肉体が滅んだ後も、新たな生命に繰り返し宿ります。要は新しい肉体の誕生するところへとリセットされた魂が入るのです」「ですが、魔女によって情報を書き換えられた転生者の魂は、本来あるべき『同じ世界の中で循環する』というルールから外れて、異なる星……ユリウス様が言う我々の『異世界』へと前世の肉体の情報とともに宿ります」
「…………うん?」
「…………ゲーム機本体で一つのダウンロード版のゲームしか遊べないのが普通の魂。カートリッジを入れ替えて別のゲーム機本体でもデータを引き継いで遊べるのが転生者の魂ということです。ちなみに我々魔族の魂は特典付きダウンロード版です」
「分かったぜ! でも、何で術式まで持っているんだ?」
「術式という概念がそもそも大昔にいた原初の魔女によってもたらされた、『匣』が持つ異能の力が発端とされています。そして原初の魔女から派生された魔女たちに、我々は魂の情報を書き換えられた……つまり肉体や魂が変化した影響で魔女が持つ異能の力も付与されたんでしょう。拡張パックですかね」
「なるほど…………それで、俺は何でさっき発動ができなかっ――」
フォォォォンッ!
ユリウスが言いかけたところで、彼の真下に青白く発光する円が浮かび上がる。
「解説が長いと飽きられちゃう――というか私がもう飽きて来たので、帝国の城へとユリウス様を飛ばしますね」
「ここにきて下剋上!? 転生初日でこの世界について何も知らない記憶喪失状態の魔王の俺が、敵対する帝国の城に行ったら集団リンチは免れないだろ!?」
「いえいえ。嫌がらせで帝国に飛ばすのではなく、帝国の姫様を人質にさらってきてほしいんですよ。ユリウス様最初のご活躍シーンですよ」
「そういうのって魔王の手下がやるもんじゃないの!? 俺直々に行かせる!? 嫌がらせだよね?」
「大丈夫ですって。この世界のことや術式については説明しましたし」
「だから発動出来ないんだって!」
「気合いでどうにかなりますんで」
「根性論!? ファンタジーだよねこの世界!?」
「知らないんですか? ほとんどのファンタジーって根性論で出来てるんですよ」
「さもありなんみたいに言いやがって! お前は全てのファンタジー作家に謝れ!」
転生して自分の能力も分からない状態で、敵の本陣に突っ込むなんて自殺行為が過ぎるだろ! しかも姫を人質にって……それは魔王っぽくて良いかもしれないけどッ。せめて無双系の能力が覚醒してくれ!
「ユリウス様、これ耳につけてください」
バーティンはユリウスの右耳に黒い硬質な物体を押し込む。されるがままに彼はそれを装着すると、手でさすりながら問いかけた。
「なにこれ?」
「連絡用のブルートゥースイヤホンです」
「世界観ッ!」
「それじゃ、ユリウス様。姫様さらってきてください(笑)」
「やりたい放題だなお前!? 側近をチェンジしてくれ!」
「術式開放」「時空間転送」
「無事に帰れたらタダじゃおかねえ!!」
「必死過ぎワロタ」
バーティンが唱えた呪文とともに、ユリウスは青白い光へと包まれその場から姿を消した。
魔王城の一室、魔王の広間にしばし静寂の時が訪れる。
久しぶりに人と会話をしたバーティンは心を弾ませ、蛇の尾を上機嫌に揺らして少し物思いにふけっていた。それは遠い記憶の思い出。
「……マーキング。きちんとされてますかね」




