プロローグ ~来世のあなたへ~
魔族と人類の戦争が激化していた時代の話。
人類は魔王軍が率いる魔族の軍勢に対して成す術もなく、主要となる各国を手放すまでに事態は深刻な状態となっていた。
また、暴力的な統治を行う魔王軍に異を唱えていた他の種族についても、魔王に刃向かう『反逆者』として侵略の標的となり、その領地を侵されることとなる。
そんな絶望の淵の中、ある一人の人間の登場により、劣勢とされていた戦況は大きく覆ることとなった。
妖精の国に眠る伝説の秘宝『退魔の剣』を手にした者がいた。
その剣は選ばれた人間にしか手にすることが許されず、それを扱う者は自身の実力の有無に関わらず剣士としての才能を極限までに引き出すことが出来る代物であった。
退魔の剣を手にした者は、この世に蔓延る厄災を討ち祓う『勇者』として、魔王軍に圧倒的な力を振りかざしたのだ。
勇者の猛攻により二大勢力の戦いは長期化し、防戦一方の魔族に対して人類は攻勢を止めず有利に戦争を勝ち進め始めた。
そして、勇者は後の帝国軍を作り上げる人類種族を引き連れ、魔王軍に制圧された領地を次々と取り戻して行き、到達不可能と言われた魔王城までと辿り着く。
王国から「魔族は全て討ち滅ぼすべき敵」と幼少より教育を受けた勇者は、遂に魔王城へと辿り着き、憎き魔王の前に姿を現した。赤く血塗られた剣を手に、目前にたたずむ人類の敵へと勇者はありったけの殺意を浴びせる。
「私は平和主義な性質でさ。争いごとなんてまっぴらごめんなんだよね。だから君とも戦いたくなんてないんだけど」
魔王は勇者の放つ殺気など意に返さない。あっけからんとした様子で、魔王は勇者へ和解を求める。だが、幼少より洗脳に近い教育を受けた彼はその提案を拒否する。
「お前たちが始めた戦争だろ?」
「私は始めた覚えないんだけどね? そもそも事の発端は■■■■のせいだし。君はいたいけな女の子に剣を向けて良心が痛まないのかな?」
「お前が魔王として、ここに立っている以上……情けは無用だ」
「仕方がない」と魔王は勇者と渋々戦うことを承諾する。
魔族と人類の存亡を賭けた戦い。剣戟と魔術が交わる戦場、ここまでの戦いの疲労で満身創痍の勇者に対して、まだまだ余力のある魔王は余裕の笑みを浮かべ彼へとふつふつ語りかける。
「君は普段なにをしてるの?」
敵の問いかけに応じない姿勢を見せていた勇者だったが、戦いの最中で魔王の問いかけに少しずつ返していくようになる。
「…………戦い以外のことを俺は知らない」
「え? マジで言ってるの? 息抜きとかしないの?」
「俺は勇者という責務を任されているんだ。そんな人間に息抜きなんてものは必要ない」
「つっまんない人生送ってるね、君」
「『つまらない』なんて思ったことはない。俺は自分の使命のために生きているんだ」
「そんなの上から命令されただけだろ? つか勇者なんて肩書き、今時流行らないって」
「うるさい。そもそもお前たちが……魔族がいる限り、この戦争は終わらないんだ。この戦争が終わらない限り、俺は王国のために、人類のために、勇者を全うしなければならない」
「真面目だなぁ。仕事なんて息抜きしてないとやってられないじゃん? 自分の好きなこと仕事にしてるやつなんて一握りなんだぜ? 大体の人は生きるために仕事してるんだからさ、息抜きしないとやってられないよ」
「仕事じゃなくて使命だ」
「いやいや、変わんないって。君さ? ホントはやりたいこととか他にあるんじゃない?」
「ない」
「ホントに?」
「ない…………お前のやりたいことはなんだ? 人類を滅ぼすことか?」
「おっ。初めて質問してくれたね。ってか、そんな魔王みたいなことしないよ」
「お前、魔王だろ」
激しい戦闘に変わりはないが、魔王と会話を続けることで徐々に勇者の発する言葉が緩んでいく。
「いやいや、ホントにしないって。言っとくけど、先代もそんな人類滅ぼすとか考えてなかったし。むしろ、就職氷河期時代をどうするかって悩んでたよ」
「……魔族って就職難なのか?」
「昔はね。今は解決してるよ。皮肉にもそっちが攻めてきたおかげで、防衛省が誕生して公務員の採用が増えたんだよ」
「魔族に公務員とかあんの?」
「そりゃあるでしょ? ま、今は私が先代の娘って理由で魔王やってるけど。その辺分かんないから、また新たな問題が出てきてさ」
「しっかりしろよ2世」
「芸能人しかり、政治家しかり、2世で上手くいくケースなんてほとんどないから。生まれたときから勝ち組のやつが、負け組の気持ち汲み取れるわけないだろ?」
「お前、人望とか無さそうだな」
「金で買収すれば人望なんてすぐ集まるよ」
「最悪だよ、こいつ」
次第に二人の手は止まり、会話を続ける。
「私はさ、正義のヒーローになってみたいんだよ」
「正義のヒーロー?」
「そそ、カッコいいじゃん?」
「君はなんか、そういうのないの?」
魔王に問われた勇者は、幼い頃に愛読していたある書物のことを思い出した。それがいつの時代のことだったのかは覚えていないが、ただその光景だけが脳裏に深く刻まれていた。
「……ダ、ダークヒーローもの」
「ん?」
「あ、悪役っていうか……その……『ダークヒーローになってみたい』かな」
「え? 勇者なのに? なんでなんで?」
「あんまり覚えてないんだけどさ……昔読んだ本の悪役のリーダーがカッコよかったから」
「なにそれ、『魔王』ってこと? プッ、勇者のくせに魔王みたいなのになりたいのかよ」
「おっ、お前だって魔王のくせに『勇者』みたいなのになりたいんだろうが!」
「あははっ! そうだね。私たちはお互い逆の立場になることへの憧れを持ってるってことだね」
魔王は少し考えた素振りを見せると、朗らかに微笑んで勇者を見つめた。
「……君はそれを叶えてみたい?」
「……もう無理だ。俺は勇者として、今、お前の前に立ちはだかっているんだ。生きる死ぬかの瀬戸際で、何かを叶えたいなんて思えないし。どうせ出来もしない」
「出来るとしたら?」
「世迷言を言うな。これ以上、敵であるお前と話すわけにもいかない。俺は勇者として、魔王のお前を殺しに来たんだからな」
「……なら、今度は魔王として、勇者の私の前に立ちはだかればいいんじゃない?」
「……何を言っている?」
「私はね、こう見えても『魔術』に関しては歴代最強の使い手と言われてるんだよ? ちょっと負担は大きいけど、世界の一部を書き換えることも出来ちゃうわけさ。ま、条件付きだけどね」
「そんなことを俺が信じるとでも」
「どっちでもいいよ。なってしまえば関係ないからね? それに正直言うと……私はずっと君を待っていたんだ。私と同じ――この世界にとっての『特異点』である君を」
「何を企んでいる?」
身構える勇者を尻目に、魔王は淡々と語る。
「私はね、君にこの世界をもっと楽しんでもらいたいんだ。君に自分の生きたい人生を心ゆくまで幸せに歩んでほいしいんだ」
「……魔王……悪いが俺はもう幸せにはなれないよ。お前たち魔族がいる限りは」
「なれるよ! なるんだ、君は。これから! だから私は、君のためだけにこの力を使うんだよ。■■■■がそうしたように」
「――魂匣開放」
刹那、二人のいた空間は真っ白な光へと包まれていく。
「何をするつもりだ!? 魔王!!」
「大丈夫。君は今度こそ幸せになれる」
この世界に生まれ勇者として生きてきた彼に、あるはずも無い記憶が脳裏に流れ込む。
「――お前、まさかッ!? ふざけるなッ! 俺は! 俺はッ!」
「名残惜しいけど……君と話せて楽しかったぜ――さよなら。私の大切な――――」
やがて二人はその場から忽然と姿を消した。
そして魔族と人類の間では「魔王と勇者は互いに相打ちとなり消滅した」と、一つの歴史として語り継がれるようになった。
『……最初からあなたと違う物語で出会えたら、私たちは争うことなんてなかったのかもしれません』
『でも、次こそはきっと……』
『肉体が滅びても魂は星を巡る。輪廻転生は星々を巡り、数多の世界の垣根を超える。あなたの魂もその一つ――』
『姿かたちは見えなくても……私はあなたの傍に寄り添い、これからあなたが変える未来を深淵から見ています』
『今はまだ届かないこの声も…………きっと…………来世のあなたへ』




