第十五話 「空気は読むもの察すもの」
「ん、じゃあ、俺からの報告もこんなもんなんで今日はもう終わりで良き?」
「そうね」
「解散解散!飯だ、飯ぃ。俺さ、久しぶりに牛丼食いたいんだけど……」
「でもその前に、燈下君の質問に答えてあげなきゃね」
蓋雫さんの元に寄ろうとする黄色い彼の襟を掴みながら差し込まれた言葉に皆の視線が濡羽さんへと集まる。言わずもがな車内の話だろう。二人には申し訳ないけど、ご飯はもう少しの間お預けのようだ。
「四人とも自己紹介してあげて。後、部隊が別れてる理由も」
どこで腹の虫が異論を唱えた。
「ここフォスタシス本部はご存知の通り葵出町の中心部にあります。これは閃時が起きた際に瞬時に移動・対応ができる範囲を広げるためです」
日向さんによる解説が淡々と行われる。
ありがたいけど…ありがたいんだけど、視線がいっさい僕からぶれない。
いや?確かに説明対象が僕だけしかいないから間違ってはないんだけど……ね?加減ってものがあると思うんだよ。
「それでも隣の市や町と隣接する場所への到着には時間がかかってしまいます。そこで編成されたのが我々、第二・第三部隊です。私は第二部隊隊長、日向依愛」
「副隊長の鷲獅子拓人」
「第二部隊は北西地区の対応を任されています」
その後、いくら待っても続きの言葉が発せられる事もなく、二人の口は固く閉ざされたままだ。
目すら閉じた彼女は指示された必要最低限の内容しか話すつもりがないのだろう。静かな拒絶についさっきの廊下での出来事と重なる。
ーー余所者は眼中になし……か。
どうしようも無い遣る瀬無さに、吐きそうになるため息をグッと堪える。
「各部隊に隊長一人、副隊長二人だから実はもう一人いるんだよ〜。かいねん、どうしてでしょーか?」
沈黙を破る様に明るい声が問題をひとつ投下した。
嫌な方向に逸れていた意識は投げかけられた問いに興味を示し、解決しようと足早に帰ってくる。
「どうして、ですか?」
「そう。だって普通隊長一人なら副隊長は一人で良くない?まっ、俺が副隊長なら相方に書類仕事ぜーんぶ任せてちゃうけど」
「あんた、部下の前で何言ってんのよ」
「げっ。じょ、冗談だって?ちょっ、冗談だからこっちに来ないでもらってもい、いいですか……」
何やら騒がしいようだけどそちらの様子を伺うより目の前の問題に集中したい気持ちが勝る。
確かに隊長となる指揮官がやられても、もう一人の補佐役である副隊長が代わりを務れば問題ないはず。なのに何故……?
「答えるつもり無いならさっさと帰れば?」
「だから、柏木いらないこと言うなって」
ベぇーっと聞こえる声を気にしないようにして、僕はありきたりな回答を口にする。
「……業務の分担とかですか?」
「それも一つだね」
湯気が立つマグカップを口に運ぶ空木さん。香ばしいお茶の香りが空調の風に乗って漂ってくる。
いつの間に席を立ったのだろう。隣にいたのに気づかなかった。
「後は、留守番のためかな」
「ぶーぶー。怜士。俺の出番とんなって」
「偶にはにいいだろ?」
「あんたはその前に思考を矯正させないとでしょ?」
「あっ、間に合っておりますのでどうかその手を下ろしてもらえないでしょうかっ、やっ、近づかないで」
「ぶりっ子やめい」
「うぎゃっ」
「で、留守番っていうのは……」
空木さんは素知らぬ顔で話に戻る。
「重要な報告を本部に届ける際に護衛役に、腕の立つ人間が欲しいだろ?でも、それに副隊長を当ててしまうと現場の指揮ができる人間がいなくなってしまう。だから一人は指揮、一人は護衛の計二人ってとこかな」
「でも、部隊を率いる立場の人間なら部下の実力も知ってるでしょうし、実力者をその都度選べばいいじゃないですか」
「そうだね」
「じゃあ……」
「そもそも、情報は基本的に電子機器を使ってやり取りをしてるんだ。毎回ここに来てたら、態々分けた意味ないだろ?でもね、大事な情報を電波に乗せるのは憚られる」
「……盗み見される可能性があるから?」
「そーそー。いくらここのセキュリティーが万全って言っても傍受リスクゼロとは言えないし!」
「全てのリスクをなくすことは基本的に難しいでしょ?だから、エピスはゼロに近づけるべく日々試行錯誤してるの」
じゃれ合いが終わったのか黄色と黒の二人が会話に復帰する。
心なしかさっきから隊員の皆さんの視線が痛い気もするけど……多分、まあ、気のせいだと思う。
「今日の報告は集まるほど重要な内容だったってことなんですか……」
それなら、隊員の皆さんに邪険に扱われるのは……納得いく。大事な会議に素性の知らないポット出の奴がいるのは不審極まりないよなぁ。
初めの時点で席を立つべきだった?今からでも遅くはないだろうか?いや……追い出されていないのだから今は自分の探究心が満たされる感覚に酔いしれてもいいだろう。
「まぁ、それは濡羽が召集かけたみたいだからね」
「え?」
「いやぁ、俺だって部屋から柏木さん飛び出してきた時びっくりしたんだから。まさか自己紹介のために呼んでるとは思わないだろ?」
彼は誰にとは言わず同意を求めた。
濡羽さんはというと何食わぬ顔で座っていた。
先ほどの発言は撤回する。この人達立場があるだけで問題児とは行かずとも自由人には変わりない。現にしれっとする顔を見るのは何度目だろう。
「あ、これそういうこと?気づいてたんなら教えてくれても良くないか?」
「その文句は俺じゃなくて蓋雫に言うべきだじゃないかな?君のバディなのに黙ってたんだから」
「え。まこっちゃん気づいてた!?」
コクリと頷く彼に「何で教えてくんなかったの!?腹減ってねーの?」と、信じられ無いと言わんばかりに言い返したものの、返答はなくまさに一人相撲。
「話が逸れたね。難しいこと置いといて簡単に言えばチームの上位三人のうちの二人なら急襲されても簡単には負けないよねって話さ」
「そうそう!大事な報告握ってんのに負けるわけにはいかないよな?」
知座さんは立ち上がり、鷲獅子さんに肩を組むと「なー!」と言って一人首を傾げる。
それにしても切り替えが早い。ついさっきまで、お腹空いたアピールは夢だったのかと疑いたくなる程の切り替えの早さだ。彼のいる会話に参加するときは専用の目を用意しないと追いつけないな、なんてしょうもない事を考えてみる。
「生半可な覚悟と実力で地位のある立場に着かせられないわよ。私達は市民を守ることを使命として掲げているけど、隊員も自分も一市民なんだから、自分の身もしっかり守れなくっちゃ。それに--」
その先に続く言葉は音になっていなかった。
まただ。彼女は何か大切な事を言っているはずなのに。読唇術もできないただの高校生には読み取ることはできない。
「ここはそういう場所なんだって理解してもらえたかな?」
空木さんが人の良さそうな笑みを浮かべながらこちらを向く。
エレベーターの前で言っていたのはこういう意味だったのだろうか?……いや、違う。そんな簡単なことじゃない気がする。たぶん、『そういう場所』っていうのは僕が読み取れなかった濡羽さんの発言を指しているんだと思う。
だって、この程度の内情に対してあんな言い方しないですよね?
彼の呟きに今朝の会話の意味を問いただしたくなった。
「とりあえず栫井くん続きお願いしてもいいかい?」
「はい。僕は東地区を担当されてる第三部隊隊長、栫井悠です。後ろは副隊長の……」
栫井さんが促すものの背後の彼女はフンッと言いながら他所を向いた。さっきぶつかったことが未だに尾を引いてるのだろう、彼女からのあたりは特段強い。
一向に名乗らない隊員に痺れを切らしたのか、はたまた居た堪れなくなったのか隊長自ら彼女の自己紹介を代弁する。
「彼女はうちの副隊長の一人、柏木れと。僕に対してもいつもこんな感じだから……」
所属隊員の態度に少し申し訳なさそうに肩を窄める彼に、先程彼女に対して邪な考えをしてしまったし距離を置かれるのも仕方ない。とは口が裂けても言えないな、と思う。
それと同時に、ここにはいない第一部隊に興味が湧いてくる。北西地区の第二部隊と東地区の第三部隊。ならば残りの方角は、
「南方面は第一部隊が担当してるんですか?」
「いや、第一部隊は本部が拠点ですね」
「なら南は……」
「南はアライが拠点を置いてるのでそちらに任せてるんです」
煤の根絶を銘打っているアライ。
でもこれは、あくまでも世間に向けたアピールで本当はハンティングを楽しんでいると一部で噂されている。ただ、煤を見たことない人が多いから面白半分で出回っている話のような気もする。
つまるところ組織や方向性は違えど、着地点が同じなため競合関係ではなく協力関係にあるのだろう。
フォスタシスが発行元の年刊本、『提灯や』特別号にアライは昔一度だけ登場しており、その際に隊員インタビューが行われていた。
曰く、制服など無く個人が思い思いに好きな服を来ているらしい。それでも一般人と見分けるのは意外と簡単で紺碧に輝く腕章が体のどこかに巻きつけられていると記載されていた。
ただ、その時点では、腕章のシンボルは明かされておらず知らない読者もそれなりにいるだろう。かく言う僕も先日濡羽さんによって、クワガ……トラバサミのモチーフを知ることができた。
本の中だけでしか見たことがなかった彼ら。その理由は至って単純だったようで長年の疑問が一つ解消された。
「南に行けばアライに会えるってこと……」
思わず言葉が口をつく。
「そうですね。向こうの地区では僕達よりも馴染み深いですから」
そんな独り言のようなものにも、栫井さんは反応を返してくれる。優しい人なのだろう。僕は、慌てて口を閉じると話題を戻そうと疑問を口にする。まだまだ聞き足りないのだ。
「というか第一部隊が本部にいるってことは、そこの隊長が本部仕切ってるってことですよね?」
第一部隊が本拠点に常駐しているのなら、それ相応の実力だろう。指揮系統を担っていてもおかしくはない。
濡羽さんに何か聞く際には一度返答してもらえるか質問を精査する時間が必要であるのに対し、隊員の彼らになら何でも口をついて聞いてしまう。勿論、答えてくれるかは別として。何だかプレッシャーから解放された、そんな気分。
「あー、えっと……」
言ってるそばから、答えにくい内容だったらしい。栫井さんは目を泳がせると、助けを求めるように空木さんへと視線を向けた。
「本部での指揮は俺がとってるよ」
「あれ?じゃあ、空木さんは第一部隊なんですね」
「いや、俺は所属してないんだ」
「え?」
「因みに俺とまこっちゃんも所属してないんよね」
彼が第一部隊じゃない?……空木さんが指示を出しているってことは……実質現場のトップ!?別部隊とかじゃなくて?本当にただの上司ってこと!?
車の中の会話がリフレインする。
『くぅちゃんも怜士も何も言ってこないから何事かと思ってさぁ。ぼく珍しく指示出しなんてしちゃって』
知座さんは会話の中に彼らの立場を織り込ませていた。そういえば、前回ここを訪れた際に『会議を抜けてきて良かったのか』なんて会話もしていた気がする……僕らが気づいていなかっただけで案外ヒントは落ちていたのかもしれない。
それらが故意に晒されたかどうかは置いておいて。
「……まじか」
僕が邪険に扱われている理由がどんどん明確になる。
改めて第三者目線で見ても、戦闘経験もなさそうで突出した利点が見えない一般の高校生が何でこの人達と親しそうに会話できてるか。……意味がわからない。
いやね?僕自身そう思う。でもこっちにも言い分があって、見回りついでに助けてもらっただけだし?若干自分の欲望を満たそうしたのは否めないけど、知りたいこと聞こうとしてたらなんか合格もらっただけだし?いや、むしろ、彼女達の興味を引く事象が身の回りで起きてただけなんですけど!?
心の中で捲し立てる。僕は自分で思ってるより顔に出やすいみたいだから、荒ぶる心境を表情に微塵も出さないようにそれだけは気をつける。
そんな僕に周囲の空気も読まずに話しかけてくるのは、やっぱり知座さんで。
「まあ、チームに所属してない方が動きやすい仕事とかもあるんわけじゃん?俺らはそれ担当ってわけ!!」
背後で聞こえる話は内容を理解する事なく右から左へと流れていく。今は、その声の持ち主が誰かを認識するのが精一杯だった。なぜなら僕は、思考の浅瀬にチャプチャプと足を浸している最中だったのだから。
というか、あの日彼らに出会ったことがこの確信に触れられない日常から抜け出すチャンスだったんだ。そして僕、いや僕らはそれをほぼ掴みかけている。あとはどこまで入り込めるか。
話しかけられた瞬間から、このソファに座るまでの映像がコマ送りで流れていく。今の時点で取りこぼした情報がないか覚えている範囲で拾うために。表情管理など知ったこっちゃない。
そりゃ、『そういうもの』なんて言葉で片付ける訳無いか。だって、この町の理を熟知している可能性が高い訳だし。
仮定として位置付けていた情報が少しずつ肯定されピントが固定されて行く。
「いつまでそうやってんだっ!!」
額を思いっきり弾かれる。遠慮のない力加減に急浮上した意識は、間近に迫る呆れ顔の蓮牙を捉えた。
「蓮牙……?」
「おう」
「いつから」
「五、六分くらい前じゃねーか?」
「……気づかなかった」
彼が戻ってきて多少騒ついたであろう周りの様子にも気づかない程熱心に思い出していたらしい。というか……
「というか、お前大丈夫なのか……?」
「大丈夫なんじゃね?」
「いや、他人事すぎ……」
「谷本くん起きたばっかりなんだから無理は禁物。ほら、いい加減座って」
既に空いていた僕の隣に半ば強制的に座らせられると「すみません」と一言。その後、自身の頭をガシガシと掻くと改めて僕と向き合った。
「で、何でそんな自分の世界に入り込んでたんだ、お前」
「あー、実は……」
僕は蓮牙に彼らについて簡潔に説明する。勿論、耳打ちで。
「えっ、こいつガチで偉い奴?見えねぇーー」
話終わると彼は知座さんに顔を向け無遠慮に言い放った。
名指しされた当人は、「えー、れんれんそんな言い方するぅ?」と、さして気にしていない様子。ただ、こんな暴言を周りが放っておくはずもなく………、
「おい」
「ん?」
「拾われたか何だかわかんねぇけど、そんな言い方なくないか?」
「俺が思ったこと言っただけなんですけど。悪い?」
鷲獅子さんのごもっともな意見に反発する蓮牙。つま先を床に繰り返し打ち付け珍しく好戦的な様子の彼に「落ち着け」と口にしたものの、先程の僕のように聞こえてはいなさそうだ。
大方、煤と戦闘で足を引っ張った自分に対しての苛立ちが表に出てきているだけだろう。俗に言う、八つ当たりってやつ。
「それが、失礼じゃないかって聞いてんだろ」
「だから、評価なんて人それぞれだろつってんの」
「はぁい、はい。ストップストップ!ぼくの為に争わないで」
一触即発の空気は当の本人の乱入により一時的に和らぐ。
「わっしーの気持ちもありがたいけど、俺が気にしてないから別にいいんだって」
「私が部下なら、こいつが上司なんてありえないわ」
「俺も」
「あれ。くぅちゃんも怜士も酷く無い?俺ってそんな人望ない感じ?」
「じゃあ、今度こそ今日のところはこれで終わりかな?」
相変わらず空気のような扱いをされる存在感の強い彼も、全部真顔でやり取りする彼女達も傍観者を貫く彼も皆いい上司なんだろう。完全に三人のペースに呑まれた蓮牙たちは、お互い顔を背ける事で一時休戦に入ったようだ。
「まこっちゃん、牛ど……」
「あんたは、念の為谷本君送り届けてあげて。昼食はその後」
「いや、俺は別に大丈夫で……」
「途中で倒れたら困るでしょ。燈下君は途中まで一緒に帰るとして。その後は、一人でも大丈夫よね?」
「は、はい」
「怜士は、栫井達について行って状況判断」
「了解」
「誠はなんかあった時用にここで待機。春斗が帰ってきたら、どっちかは人型がでた現場見てきて。私は『見つけるくん』調整のためにラボに篭るから。解散!!」
はいかYESしか求められていない指示が被せ気味に飛ぶ。腹の虫が悲鳴を上げようとも関係ないらしい。蓮牙の横で「牛丼」と呟く彼の相棒との昼食は、今日はもう無理そうだ。心なしか、イマジナリー尻尾も元気がなさそうに垂れ下がっている。
今度こそ解散するようなので僕は会議が始まってからずっと気になっていたことを空木さんに聞くことにした。
彼も彼で後処理があるから長引かせないように気をつけないと。
「あの、ちょっといいですか」
「ん?どうした?」
「テリオスとアテリスってたぶん完全体と不完全体のことですよね?」
「は?あんたそんなこともわからずここにいんの!?」
彼からの返答を聞く前に驚きの声が室内に響き渡る。
そっと確認を取った内容は、思い思いの会話が繰り広げられる空間でもソファー後ろに立つ彼女に驚きを届けたらしい。しかし、衝撃を受けたのは彼女だけでなく残りの三人も同じだったようで……四人は身体ごと向きを変えると濡羽さんにそれぞれの見解を述べる。
「室長、流石にこれは……」
「この方、やはり部外者ではないんですか?」
「濡羽さん、こいつ流石に追い出していいでしょ!?」
「なんでこの人ここに居られるんですか…」
その勢いに僕は思わず腰を上げた。
ーーそ、そんな言われるほど!?
「彼ら勉強中なの。揚げ足取らない」
「それに、基本的に俺達としか話してないんだから仕方ないさ。君たちも知ってるだろ?俺達が完全体と不完全体って呼んでるってこと」
「ですが……」
「気持ちはわかるわ。でも今は、それぞれすることがあるでしょ。油売ってる暇なんてないはずなんだけど?」
濡羽さんがそう言うと、三人はその視線から逃げるように慌てて会議室を後にした。
「栫井く……あー、先行っちゃったか。一緒に行こうと思ったのに」
先程の指示を忘れたのか、第二部隊の二人と共に飛び出して行った栫井さん。そんな彼に置いて行かれた空木さんは呑気にぽりぽりと頬を掻く。
「濡羽さん、ご飯行きたいです」
「はいはい。空いてる日送っておくわ」
彼の後ろでは柏木さんがちゃっかりご飯の約束を取り付けている。
うーん、マイペース。




