市場(3)
「すみません、売っているもののお値段を教えてもらっても良いですか?」
吊るされているのは古着だろうか。
パリッとはしていないが、いかにも着やすそうな素材のシャツがずらりと並んでいる。
大通りの客側には横長のテーブルが置かれており、
その上には装飾品や調理器具などが雑多に並べられていた。
中にはポテトマッシャーのようなものもある。
先ほどラムチョップの店に目を引かれたが、
その近くにマッシュポテトの店もあった。
アウスト国では古くから親しまれている食らしいので、
調理器具も各家庭に普及しているのだろう。
マリーはルーン王国の出身なので、食文化もそちらに馴染みが深いが
たまにアウスト国の伝統料理を作ることもあるらしい。
何かお土産に食材を買って行っても良いかもしれないなと思いつつ、
女店主から売り物の値段を聞いていく。
「ありがとうございます。ちょっと見させていただきますね」
「はいよ」
ひと通り値段を聞き終わってから、品物に視線を落とす。
強めの売り込みをされないのはありがたい。
押しの強い店員に捕まると、なし崩し的に購入してしまうこともある。
店主がこちらを見ていないのを確認してから
隣にいるグレイにこそりと小声で話しかける。
「グレイさん、今教えてもらった金額は相場でしょうか?」
「…そうだね。どういう意味かにもよるけど、こういう市場で売られている値段と考えると妥当なところだろう」
「なるほど。衣服は古着でしょうか?」
「うん。新品だと品質も若干違うし、値段も変わってくるね。ここは新品の半額くらいかな」
「ありがとうございます」
ふむふむ、と葵は神妙に頷く。
今後、国家や王族と交渉を進めていく上で
一般的な金銭感覚を身に付けておくことは重要な課題の一つだ。
その後もグレイを引き連れ、売られているアクセサリーの質や
食材の旬や値段についてこそこそ質問しながら
いくつか店を見て回った。
「…貴族のお嬢様と言われてどんな人かと思っていたけど、庶民の生活にかなり勉強熱心なんだね」
「えぇ、まぁ。…私は誰かの脛をかじるつもりはないのです。自分で生きていける力を身につけたいので」
庶民の暮らしぶりを知ることができる貴重な機会である。
葵はついでにともう一つ質問をする。
「一般的な家のことを聞きたいのですが…」
葵が知りたかったのは庶民の衣食住についてである。
あまり贅沢しないで暮らした場合の生活水準はどの程度なのか。
また家賃や必要経費についても知りたいことは山ほどある。
グレイは葵の勢いに飲まれながらも自分が知っている範囲でひとつずつ丁寧に答えてくれた。
それにしても、不思議な女性だとグレイは思う。
庶民の生活にこれほど興味を持つお嬢様など見たことがない。
先ほど自分で生きていけるようにと言っていたが、貴族の家を出て
1人で暮らしていくということなのだろうか。
だからセルゲイに店を借りて、
自ら商売を始めようとしていたのか。
グレイは今まで出会ってきた貴族のお嬢様との違いに言葉が出ない。
自らの地位や安定を捨ててまで、彼女は何をしようというのか。
それとも家に問題でもあり、止むに止まれぬ事情があるのだろうか。
普通、年頃の女性と言えば貴族の交流会や親の伝手を使って
名家や力のある男性に見初められるのを望むものである。
それを、自分の力で生きていく、とは。
中々面白い考え方をするお嬢様のようだ。
先日の一件もあり、何か特殊な事情があることは間違いない。
それが何かはまだ分からないが、色々と気にはなる。興味深い。
「ありがとうございました。この先も見てまわりましょうか」
グレイの考えていることなど知る由もなく、葵はにっこりと微笑む。
「あ、飲み物がありますね」
「少し喉が渇いていたからちょうどいいな」
プラスチック容器ではなく、薄いガラスのようなカップが並んでいる。
飲み終わったら返却し、洗って使い回すようだ。
プラスチックのような材質は無いのかもしれないと思いつつ、
使い捨てよりエコだなぁとしみじみ思う。
「アオイさんは何にする?」
飲み物の種類は、果物を搾って混ぜた果実水が数種類と、紅茶、コーヒーがあった。
マリーは紅茶党なので、コーヒーは久しぶりだ。
「コーヒーにします」
「お嬢様がコーヒーとは珍しいな」
グレイが意外そうに目を丸くした。
コーヒーは苦味が強いので甘党が多い女性には避けられがちだそうだ。
そのままグレイがコーヒーを2つ注文した。
アオイはまたもお金を出すタイミングを失う。
「砂糖とミルクは?」
「いらないです」
元の世界では仕事中にコーヒーを飲む機会も多かった。
飲む機会が増えるにつれ、毎回砂糖を入れていると太りそうだし手間なので
何となく流れでブラックのまま飲む習慣がついたのである。
グレイはさらに驚いたようで、葵に1つコーヒーを手渡し、
自分の分には少量のミルクを注いでいた。
砂糖とミルクはセルフサービスらしい。
「コーヒーを飲める女性というのはいいね」
「そうですか?」
「私も立場上、家関係で茶会に参加することもあるんだが…絶対に紅茶しか出ないな」
「選べないんですね。…どっちも美味しいのに」
「騎士団は執務中はコーヒーを飲むことが圧倒的に多い」
飲んだコーヒーは少し薄めのクセが無い味わいだった。
焙煎が浅い、アメリカンコーヒーのような感じだろうか。
かつてはブレンドコーヒーにお湯を足して売っている喫茶店もあったくらいだから、
市場でちょっと安めに売るには丁度良いのかもしれない。
「マリーさんは紅茶に詳しいので紅茶ばかりでしたが…コーヒー豆も仕入れられるんでしょうか」
「何だい、嬢ちゃん?コーヒーに興味があるのか?」
グレイに向かって呟いたつもりだったが、飲み物を売っていた店主に拾われた。
仏頂面のおじさんかと思っていたが、にんまりとした笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「あります。このコーヒーは、複数の豆をブレンドしたものでしょうか?」
「面白いことを言うねぇ。普通豆は複数使うもんだ」
「なるほど」
単一品種で淹れるシングルオリジンは無いのか。
葵は思わず口角をあげる。
オシャレなパッケージで品種ごとに売り出したり、飲み比べセットを作ったら面白そうだ。
「ちなみに、コーヒーを何かと混ぜて飲んだりは?」
「無いな。コーヒーはこのままが美味いんだよ」
「確かにそうですね」
このままで美味しいが、アレンジしても美味しいのである。
店にカフェを併設し、コーヒーやカフェオレを並べたり、
ラテアートを始めてみたら面白いかもしれない。
商魂たくましい葵であった。




