市場(2)
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市場は活気があり、賑わっていた。
村の入り口は東と西に一つずつ設けられており、
その2箇所以外はぐるりと石垣で覆われている。
村の外壁は魔物や不法者の侵入を防ぐ役割が大きく、
防災の一環として作られているらしい。
村へ足を一歩踏み入れると、そこから
まるでお祭りの屋台のようにずらりと露店が並んでいた。
野菜、肉、軽食、衣服、生活用品に至るまで
何でもありのフリーマーケットのようである。
「すごい数のお店ですね」
「あぁ。村の中央に大通りが設けられていて、そこに沿って露店が並んでいるんだ。かなり見応えがあると思うよ」
今日のグレイはシンプルなシャツに動きやすそうなパンツの
至ってラフな格好である。
革紐とシルバーで作られたネックレスはシンプルだがセンスが良い。
そして銀製品はあるんだな、と密かに考える。
どこからどう見ても爽やかでほんのり甘めのマスクに
すれ違う女性がチラチラとグレイの方を見ているのが分かる。
本人は気付いていないのか、気付かぬフリをしているのか。
もう慣れっこなのかもしれない。
葵は明るい緑色のワンピースを着ている。
市場に行くこともあり、本当は汚れても問題ないかつ動きやすい
パンツスタイルが良かったのだが、
この世界では女性にはドレスやワンピースが一般的らしい。
渋々、例によって膝が隠れるほどの丈のワンピースを着ている。
ネックレスは自前のものだ。
年頃の男女が2人で連れ立って歩いているとなると、
変に勘繰られたりしないだろうか。
それこそ、グレイに婚約者や想い人がいた場合、
誰かに見られて変な誤解をされないだろうか。
なぜ今の今までその考えに至らなかったのか。
というより、結婚していたら問題だ。
別に何かやましいことがあるわけではないが、奥さんにしてみたら
どこの馬の骨とも知れない女と2人で
貴重な休日にのんびり市場を歩いているなど
良い気持ちがするわけがない。
「あの、グレイさん…今日はお休みの日だったんですよね?」
「そうだが。どうかしたかな?」
「その、私と歩いていて平気ですか。…グレイさん、ご結婚はまだ…ですか?」
恐る恐る申し訳なさそうに切り出すと、
グレイはぷっと小さく吹き出し、盛大に笑う。
「そういうことか。それなら心配しなくていい。私には別にそういう相手はいない」
「本当ですか」
ホッと胸を撫で下ろし、見るからに安心した表情をする葵に
グレイは笑みを深くする。
「お見合いはかなり勧められているんだけどね…どうにも気乗りしない」
「そうなんですか。今は仕事が優先、みたいな感じですか」
葵の世界でもよくあるパターンだ。
仕事である程度の実績を出したり、それなりの経済力をもって安定してからでないと
結婚に踏み出せない男性も多いというのはよく聞く話である。
最近は共働きも増えているし、時期を待っていたら婚期が遅れるという言い分もある。
こちらの世界ではそのあたりの「普通」はどんな感じなのだろう。
「仕事が優先、か。面白いことを言うね」
「その、私、あまり常識に通じてなくて…結婚はどのくらいでするものなのですか?」
「王家や貴族は世継ぎの問題などもあるから比較的早いと思う。20代前半から半ば…いや、女性なら10代後半からか」
「なるほど…」
「それでもひと昔前に比べれば家同士の繋がりで強引にというケースは減ったようだし、年齢の部分でも柔軟になってきたと思うよ」
「そうなんですね。失礼ですが、グレイさんは今おいくつですか?」
「私は24だ」
葵はぐっと言葉に詰まる。
かなりしっかりしていて、それこそ女性のエスコートも問題なく、
こなれている男性だったのでてっきり年上かと思っていた。
葵の反応を見て察したのだろう。
グレイも一瞬意外そうに目を細めて微笑んだ。
「若い女性の熱烈なアプローチには若干困っているんだ」
「やっぱりそういうのあるんですね。グレイさん、モテそう」
「アウスト国では騎士団に入っている時点でそこそこのエリートだしね。目をつけられやすいといえばそうだな」
どんなアプローチがあるんだろう。
ちょっと気になるが、今は目の前の市場の方が気になる。
ふと目にとまった肉に葵が食いつく。
「わ、羊肉もあるんですね」
露店にラムチョップらしきものが並んでいる。
昼食はとってきたのでまだそこまではお腹が空いていない。
それでも焼いたばかりのこんがりとした美味しそうな匂いに思わず唾を飲む。
「アウスト国では羊や牛の肉がよく食べられているからね。他国への輸出も多いし」
「あ、あの隣のは何ですか?」
「アオイさん、甘いものは食べられる?」
「え?あ、はい、食べられます」
「じゃあこれ2つ」
初めてグレイにさん付けで呼ばれたことに驚いたが、
グレイは小声で「いいとこのお嬢様だと思われて変な売り込みされても困るから」と
まるでいたずらっ子のように囁いた。
自分としてはそもそもアオイ嬢、と呼ばれるのに違和感しかなかったので
むしろこちらの方がしっくりくるくらいである。
グレイの方がしっかりしているので呼び捨てでも良いくらいだ。
グレイが露店のおじさんから串にささったお菓子のようなものを2つ受け取り、葵に1つ渡す。
お金、と言いかけるが先日の礼だからと押し切られた。
自分も先日の資金調達でお金にはかなり余裕があるが、
グレイも騎士団所属で、先ほどこの国ではエリートだと言っていた。
恐らく相当稼いでいるのだろう。
ここはお言葉に甘えておくことにして、葵は早速受け取ったお菓子をひと口かじってみる。
「美味しい!」
スポンジケーキをバタークリームのようなものでコーティングし、
ココナッツのような味の粒がまぶしてある。
実際のところどんな食材が使われているのかは不明だが、
こういう味のものが存在するのだなということは有益な情報である。
棒状で串に刺された状態のそれは、丁度良い大きさで、
あっという間に食べ終わってしまった。
この分なら、まだいくつかつまめそうだ。
市場での食べ歩きはちょっとした観光気分で楽しい。
だが、本来の目的を見失わぬよう、葵はその前にと
衣服や装飾品を売る露店が数件続いているところへ足を向けたのだった。
アウスト国は少しオーストラリアの感じをイメージしてます。
羊、牛、そして最後のお菓子はその表れです。
(ラミントンというお菓子ですが、オーストラリアではチョコレートでコーティングされているお菓子です)
インディア王国はインド、ルーン王国はイギリスがモデルです。




