市場(1)
「グレイさん、お手を煩わせてすみません」
「いや、市場は色々なものが売っていて面白い。私の気晴らしにもなるから丁度いいよ」
今日明日と折角の休みにも関わらず、自分の用事に付き合わせて申し訳ない。
だが、何を言ってもグレイは嫌な顔ひとつせず爽やかな笑顔のままである。
設定では、葵は元々病弱で療養のためにセルゲイたちに世話になっている
世間知らずの貴族のお嬢様である。
そのお嬢様は機嫌が良くてうっかり店を始める宣言をしてしまい、
グレイは密かに貴族のお嬢様が道楽でお店をできるものなのだろうかと
不思議に思っていることに葵は気付いていない。
ただ、グレイ自身、不思議と葵から嫌な気配を感じず、
またセルゲイたちのお墨付きと、先日の一件もあって
成り行きを見守ろうという思いが強い。
「ここから東の方にもう少し行くと、大きな村があるんだ。さらにその近隣にある村落からも人が集まってくるから、それなりに賑わっていると思う。もちろん、王都での市場の規模と比べると大分小さいけどね」
なるほど、と頷きつつ、葵はまた一つやるべきことを見つける。
世界地図。
できれば見たいし、何なら持っておきたい。
あとは方角が分かるものも欲しい。
その2つが無いと、自分1人で出かけたり旅に出たりすることは難しそうだ。
葵の世界でのRPGで言うならば、最初の村から出たばかりの状態である。
「グレイさん、私、まだ色々と常識知らずなところがありまして…国や地域、騎士団のこととか、話せることでいいので何か聞かせてもらえませんか?」
現役騎士のグレイである。
出身が貴族にしろ一般庶民にしろ、国に仕えて各地へ遠征している身だ。
色々なことに精通しているに違いない。
「アウスト国は騎士団が国防に当たっている国でね。魔導師団の設立は今後の課題なんだ。カイウス帝国やルーン王国には魔術に長けた魔導師団と、武術に長けた騎士団が協力して各地の防衛に当たっているんだよ」
「防衛は国ごとに違うんですね」
「あぁ。…この前の討伐のことを考えると、優れた魔導師の支援は今後あった方がいい。騎士の中にも魔法を使える者はいるが、より適性のある者が加わってくれた方が連携も取りやすいしね」
魔物によってどんな攻撃が有効か変わってくるし、
魔法で騎士の援護や強化を行うこともできる。
魔導師が討伐に加わってくれれば、戦術に大きく幅が広がるのは間違いない。
「アウスト国は自然の豊かな国だ。カイウス帝国やルーン王国ほど開発は進んでいない。緑や動物と共生していくことを選んだ国だからね」
「いいですね。土地を切り拓くことは文明の発達に必要なのかもしれませんが、自然と共生していくことは素敵なことだと思います」
葵はコンクリートだらけのかつての街並みを思い出しながら呟く。
実際、こちらの世界に来てから空気は澄んでいる気がするし
豊かな緑に囲まれていると心まで落ち着く気がするから不思議だ。
とはいえこの世界には機械ではなく魔法で生活が豊かになっているので
開発が進んでいると言われる2国も
どのような発展を遂げているのかは不明である。
「インディア国は独自の文化が発達していてね。香辛料なんかは有名だ。私たちにはかなり強くてあまり取り入れられないが…」
「香辛料!」
インドのような国なのだろうか。
香辛料と言われて想像するのはスパイスである。
そして単純にその先を想像すると、カレーに行き着く。
セルゲイ宅ではマリーの料理を食しているが、
主にパン食で米はまだ見たことがない。
主菜は大体が肉。そのまま焼いて味付けしたようなものや
サルシッチャのようなものが多い。
それから野菜を使ったスープやポトフ類がつく。
魚が出てこないのは立地や仕入れの問題か、
あるいはそもそも魚自体を食べる文化がないのか。
また、今のところ香辛料を使った料理は見たことがない。
「バスタ国は最も特殊で、ここは獣人の住む国なんだ」
「セルゲイさんにも聞きました。獣人って、どんな人なんでしょうか?」
「人間のような見た目に、獣のような耳や尾が生えていて、ずば抜けた身体能力を持っている。その身体能力を活かして防衛を行なっていて、5国の中で最も魔術を利用していない国だと思う」
獣のような耳、それから尻尾。
魔法に続いて出てきたファンタジー要素だ。
だが、獣人と来たら気になることが一つある。
「獣人と人間の間には、何も確執はないんですか?」
「…無くは無いな。国家同士は対等に交渉しているが、市民同士になってくるとお互いの違いから距離があることも多い。今でこそ表立った事件はそう無いが、数百年前には獣人は迫害されていたからね。その名残りで揉め事が起きることもたまにある」
「なるほど」
葵は神妙な面持ちで頷く。
やはり歴史や背景も知っておかないとまずいことは色々とありそうだ。
デリケートな問題にうっかり土足で踏み入らないようにしてなくては。
世界地図の他に、読むべきものとして歴史書も密かにピックアップしておく。
「見えてきた。あれが村だよ」
少し先に、レンガのような石が積まれた外壁に囲まれた村が見える。
右の方に入り口らしきものもある。
外壁のせいで中までは見えないが、
ざっとショッピングモール数個分くらいの大きさはありそうだ。
「まずは市場を見て回ろうか。ちょうど小腹も空いたし、何か軽いものでも食べよう」
「そうしましょう!」
市場で売っている食べ物に期待を膨らませる葵であった。




