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生活魔法とは何と便利なものなのだと葵は痛感する。
魔法で水が出せるので、いちいち汲みに行く必要もない。
こんなにも掃除が楽になるとは。葵の世界では考えられないことである。
マリーとセルゲイから快諾をもらい、
森の入り口に構えてあった2人の店を葵が借りることとなった。
目の前に広がる草原には先日サソリが
荒らしていった形跡が若干残ってはいるものの、
あたたかな気候もあり、何とも長閑である。
店を借りる許可をもらった葵は早速掃除をしていた。
食品や雑貨の売買をする店なので、
名義や許可証などはセルゲイたちが運営していた時のものを
そのまま流用させてもらうことになった。
実際、利益が出た際は2人にしっかりと還元し、
恩を返していくつもりである。
お店はこじんまりとした外観に、中は思ったよりも広さがあった。
木製の棚がいくつか置かれており、
奥にはテーブルと椅子がある。
ここで商談でもしていたのかもしれない。
バックヤードのような場所は無いが、簡易の仕切りがあり、
恐らくその中で会計や対応をしていたのだろうと思しきスペースもある。
その他に余分な物は一切置かれておらず、
掃除は意外にもあっさりと終わった。
元々そんなに汚れていたわけではないが、綺麗になった店をぐるりと見回し、
どこに何を置こうかと思案する。
置かれている棚を全て埋められるほど、まだ商品のめどは立っていない。
そして、この森は王都からは少し距離があり、
森の入り口にある店に来る客層も近くの村落に住む人か旅人、
先日のように討伐などの仕事で遠征に来る騎士などである。
最終的にはここでしか売っていない限定品を目玉にできたら面白いが、
立地上、基本は他店への卸や通信販売をメインに考えるべきだろう。
客層を考えると、少し休憩できるように
ちょっとしたカフェスペースを併設するのも悪くない。
飲食をする場合でもセルゲイたちの持っている許可証で問題ないそうなので
設備がクリアになれば是非とも設けてみたいと思う。
紅茶やコーヒーだけであれば、そんなに難しくはなさそうだ。
もうすぐ昼になるので家の方へ戻ろうと扉を開けると、
目の前に人影があった。
「アオイ嬢?」
「あ、グレイさん!こんにちは」
「何をしていたんだ?」
「セルゲイさんたちのお店を借り受けることになったんです。それで、お掃除を」
「君が店をやるのか。どんな店になるのか楽しみだな」
「グレイさんは、セルゲイさんの様子を見に来たんですか?」
グレイは頷き、それから葵に改めて先日の礼を告げた。
しっかりと葵を見据え、それから頭を深々と下げる。
礼儀正しい人だなと思いつつ、慌てて顔をあげてもらった。
明るい茶の髪が風に揺れ、とても爽やかな笑顔である。
こうして見るとグレイは顔も整っているし、人当たりも良い。
騎士団の中での位置付けは知らないが、
例のボスサソリにとどめを刺したくらいだし、
騎士としての腕前も決して悪くはないのだろう。
すごくモテそうだ。などと考えつつ、連れ立ってセルゲイの家に向かう。
先日の一件があったからか、グレイは非常に友好的に接してくれ、
穏やかな会話をしながら歩くことができた。
が、葵は内心、変に尻尾を掴ませないようにしなくてはと若干警戒している。
迂闊な返答をして異界の住人だとバレたり、下手に怪しまれたりしたくない。
無論、商品開発も開店準備も進む中、
アウスト国へ正式に異界の住人だと名乗り出る日も近いのだが、
途中で何が起きるかは分からない。
用心しておくに越したことはないのである。
そんな心配もあったが、幸いグレイは精霊のことや
解毒のことについて一切触れずにいてくれた。
彼なりに気を遣ってくれたのだろう。
気になっているだろうが、何となく察して触れないでいてくれているようだ。
「戻りました」
「セルゲイ様、マリー様、お邪魔します」
家に戻り、リビングへ入るとセルゲイとマリーが揃っていた。
グレイはセルゲイに歩み寄り、先日のことを詫びている。
自分が強引に決着を付けたことで、
セルゲイに重傷を負わせてしまったこと。
反対に、セルゲイは自分が勝手にしたことで
グレイを心配させてしまったことを謝っていた。
マリーがグレイも含め全員分のお昼を用意しようと別室へ向かう。
葵も手伝おうとしたが、セルゲイに呼び止められた。
「グレイ、今日は非番か?」
「はい。今日明日と休みをもらっています」
「なら、アオイを市場に連れていってもらえないか?確か今日の午後は、東の村で市場があるはずだ」
「市場ですか?構いませんよ」
「え?グレイさんの手を煩わせるわけには…!」
「私では心もとないかな?セルゲイ様ほどとはいかないが、護衛ならしっかり務めるつもりだよ」
悪意の無い爽やかな笑顔で言われると、非常に断りにくい。
セルゲイに市場に連れて行ってもらう約束をしていたものの、
先日の負傷によりセルゲイの仕事や予定が全体的に遅れてしまい
まだしばらく手が空きそうにないとのことだった。
それは知っていたが、まさかグレイに案内を頼むとは。
アオイとしてはボロが出ないか冷や冷やしているのである。
セルゲイはグレイのことをかなり信頼しているようだ。
セルゲイはそんなアオイの胸中を察してか、穏やかに微笑む。
「アオイ、グレイなら大丈夫だ。騎士としての腕前もあるし、色々と心得てる」
色々と、という部分に大分含みを感じたが、
諸々の準備が進んでいる手前、早々に市場や市民の生活を見ておきたいのもまた事実。
アオイは覚悟を決め、2人の厚意に甘えることにした。
次回はグレイと市場デートです。




