サソリの毒
1人の騎士が咆哮をあげながらサソリに突っ込んでいく。
その叫び声から、もしかしてグレイだろうかと葵は目を凝らした。
サソリは尻尾を振って回転しており、
まだ粘液を撒き散らしている。
騎士は粘液を食らいながらもサソリの懐へ入り込み、
その剣でサソリの身を貫いた。
赤いサソリは甲高い叫び声をあげて背を丸め、
もう一度強い咆哮をあげた。
その瞬間、紫色のような粘液が勢いよくサソリから飛び出してきた。
サソリに一撃を食らわせ、その場に膝をついていた騎士に、
庇うようにしてセルゲイが覆いかぶさる。
「セルゲイさん……!!」
サソリはそのまま地面に倒れ、動かなくなった。
先ほどの粘液は最期の悪あがきということだろうか。
セルゲイは、遠目に見ても紫色の粘液を大量に浴びているようだ。
居ても立ってもいられず、葵は咄嗟に森の入り口から飛び出した。
一目散にセルゲイの元へ走る。
草原には大量のサソリの死骸が広がっているが、
怖いなどとは言っていられない。
セルゲイの無事を確認しなくては。
セルゲイに駆け寄ると、セルゲイが庇った
サソリを仕留めた騎士はやはりグレイだった。
「セルゲイさん!!グレイさん!無事ですか!?」
「アオイ嬢…どうして、ここに……」
セルゲイはぐったりとして、グレイに覆いかぶさったまま動かない。
グレイの目も虚ろである。
かなり消耗しているようだ。
それでも気力を振り絞り、状況を伝えてくれる。
「このサソリが撒いていた緑色の粘膜は、強い酸だった。それでも、回復薬を飲めば何とかなる…」
「紫色の!セルゲイさんが大量に浴びた粘膜は何ですか!?」
「恐らく毒だ」
赤いサソリが最後に放った粘液は、経皮毒。
つまりは皮膚から吸収される毒らしい。
騎士が走ってきて、葵は瓶を2本渡された。
葵がグレイと話しているのを見て知り合いだと察したのだろう。
2人に1本ずつ飲ませるように言われ、すぐに従った。
グレイの顔色は少し落ち着いたようだ。
騎士団はここへ来るまでに
草原にいた倍くらいの量のサソリを倒してきており、
かなりの量の回復薬を使っている。
そのため薬が底を尽きかけており、1人1本ずつ程度しか在庫がないらしい。
あの時、毒を撒き散らすことに集中していたサソリと
相打ち覚悟でグレイは突っ込んだ。
そうでもなければこちらが全滅すると判断したからだ。
その判断は恐らく正しかったのだろう。
だが、サソリが最期に繰り出した一撃は、グレイではなく
グレイを庇ったセルゲイが受けることになった。
ひとまずありったけの回復薬を飲ませて体力を
可能な限り戻したい、というグレイの提案に従って
セルゲイを家まで連れて戻ることになった。
グレイが酒樽を取りに来た際、
セルゲイが家に回復薬の在庫があると言っていたからだ。
葵とグレイは両側からセルゲイを支え、足早に森へ向かう。
「解毒の手段は?解毒薬は無いんですか?」
「生物の毒には色んな種類がある。このサソリの毒に効く解毒薬があるかどうかは分からない」
噛まれたところから毒が入った場合は、噛まれた部分と他を
切り離すように血の流れを止めて応急処置などをすることもあるが、
今回のように皮膚から吸収したとなると難しい。
顔や、露出していた手足、さらには服に染み込んだ部分からも毒を吸収しているようだ。
「ひとまず回復薬を飲ませて様子を見てみよう」
毒がそんなに強くなければ、回復薬を多量に摂取することで
長期戦になるが相殺できることも多いらしい。
葵は涙目になりながら頷くしかできない。
家に着くと、マリーはすぐに回復薬を机に並べてくれた。
最愛の人であるセルゲイが重症にも関わらず、
マリーは一切慌てる様子を見せない。
これがセルゲイの妻なのである。
セルゲイを横たわらせ、マリーが回復薬を1本ずつ飲ませていく。
最初はむせたが、その後はゆっくりと飲み進めていく。
「グレイ。あなたもこれを飲んでおきなさい」
マリーはグレイにも1本回復薬を手渡した。
だがグレイはそれもセルゲイに飲ませてほしいと答えた。
無理もない。
セルゲイは自分を庇って重症となったのだ。
だが、マリーは母のような慈愛に満ちた表情で微笑む。
「あなたが死んでしまっては元も子もないのよ。この人は、きっとあなたたち未来ある騎士を守りたかったのだから」
その言葉にグレイは項垂れ、マリーから回復薬を受け取る。
セルゲイは、グレイたちを守りたかった。
未来ある若者たちを。
そしてそのセルゲイの意志を、マリーは受け止めているのだ。
ここまでセルゲイを連れて来たが、グレイもかなり限界だったのだろう。
葵はセルゲイのことで必死すぎてグレイの体力までは
気が回らなかった。
マリーはきわめて冷静である。
本当に、すごい人だ。
マリーはそのまま回復薬を5本ほどセルゲイに飲ませたが、
顔色は一向に良くならない。
それどころか、ゲホゲホと咳をし始め、時折身体の末端に震えが見られる。
「相当強い毒のようね……。回復薬を飲ませても、体力が一向に戻らないわ」
解毒をしなくてはセルゲイの命は無い。
マリーの言葉は暗にそう告げていた。
サソリとの戦闘を短めにささっと書いてしまったので
追って修正するかもしれないですm(_ _)m
ちなみに、葵が遠目にセルゲイだけ判別できるのは
騎士たちと服装が全く違うからです。




