急変
グレイが酒樽を持って遠征に出てから、1週間と3日が経った。
その間に葵は着実に商品開発を進め、
セルゲイのおかげで何とか資金調達も終えたばかりである。
正直、かなりの額になった。
元手はあるに越したことはないので良いことだが、
現金で手元に置いておくには不安なほどの額である。
魔法道具の一つに、鞄の中が固有の異空間となっていて
所持品を保管できるものがあったので
それを購入することで現金問題は解決した。
その鞄自体の紛失を恐れたが、持ち主以外が使えない上に
持ち主から一定以上の距離は離れられない防犯機能がついており、
便利なものである。
そこそこのお値段はしたがその価値は十分にある。
どうやらこちらの世界では、銀行に預けて利子をつけたり
投資にまわしたりといった手法は
個人レベルまではまだ落とし込まれていないようだ。
金融面も発展の余地がありそうだが、
さすがに専門外なのでひとまず置いておく。
「グレイさんたち、そろそろ討伐終わりましたかね?」
「距離を考えても、1週間くらいで終わっていそうなものだが……」
「じゃあもうそろそろ帰ってきますね」
グレイたち騎士団は、討伐を終えたら
帰る途中にまたこちらに立ち寄るとのことだった。
葵はセルゲイに近くの市場に連れていってもらうことになったのだが、
念のため騎士団の討伐が終わってから出発することになった。
万が一にも危険度の高い魔物と遭遇したくない。
いや、させたくない。というのがセルゲイの言い分だ。
葵も異論は無いので討伐完了の報告を待つことにした。
その、矢先のことだった。
ドゴオオオオン、という轟音。
思わず耳を覆いたくなるような大きな音に、
一瞬その場から身動きできなくなるような重圧が肩にのし掛かる。
セルゲイは元々騎士団であったせいもありその場で
剣を構えるように脚を前後に開き、腰をかがめている。
葵は重圧に耐えきれずその場に膝をつくが、
呑気にもセルゲイの身のこなしが流石だなと感心してしまう。
別の部屋にいるマリーは大丈夫だろうか。
「セルゲイさん……今のは…」
「嫌な予感しかしないな」
音が近すぎる。というのがセルゲイの感想である。
この家からそう遠くない場所で何かが起きている。
その場合、家の中にいるのが良いのか、状況を確認しに外に出た方が良いのか。
魔物のいる世界が初めての葵には判断ができない。
セルゲイは玄関に近い棚から武器と思しき剣を取り出し
そのまま扉を開けて外へ出て行く。
自分はマリーと共にこの家の中にいろ、ということなのだろうか。
「…私が行っても邪魔になるだけか……」
素人が近くにいては戦いにくいだろう。
外の状況はかなり気になるが、今出て行っても自分にできることはない。
大人しくセルゲイを待とう、と顔をあげると
目の前にはまばゆいキラキラとした光。
『アオイが邪魔になるわけないじゃない』
自分の魔力が気に入ったからついてきたと言っていた精霊である。
『外が気になっているんでしょ?ついていってあげるから、一緒に行きましょ』
言うや否や玄関の扉の前まで勢いよく飛んで行く。
くるりと振り返り、葵が来るのを視線で促している。
「待って。私、戦えないし…行っても邪魔になっちゃうよ」
『私が守ってあげるから大丈夫よ。こう見えてもそこらの魔物に引けは取らないわ』
自信満々に言い切られ、精霊の言うことを信じて
一緒に出て行ってもいいものかと逡巡する。
「…って待って。今、魔物って言った?」
『言ったわよ。魔物を退治しに行くんじゃないの?』
何でそうなるの、と言いたかったが言葉を発するよりも早く
先ほどと同様の轟音が響き、同時に足元が、
地面の底がぐらぐらと揺れているような錯覚に陥った。
しっかりと歯を食いしばり、揺れに耐える。
状況が気になる。遠目に見るだけなら許されるだろうか。
葵は玄関の扉を恐る恐る開け、そろそろと顔を出す。
森の中は静かなもので、土煙ひとつ上がっていない。
相当近いとは言えど、
森の中まではまだ被害は出ていないということだろうか。
「さっきからすごい音と揺れだけど、発生源はどこだろう…」
『この森の入り口まで迫ってきているみたいね』
「分かるの?」
『ええ。私はこの森を根城にしているから、感覚で分かるわ。こっちよ』
葵が止める間もなく精霊は勢いよく飛びだす。
先ほどの精霊の発言から察するに、
この森に魔物が近づいてきているということなのだろうか。
あまり近づかないようにする、という点だけは守ろう。
そう自分に言い聞かせ、葵は精霊の後を追いかけた。




