石橋を叩いて渡る
3時のおやつにとマリーがスコーンを出してくれた。
シンプルに甘みのないもので、
いわゆるクロテッドクリームのようなものが添えられている。
ジャムを添えても良いのだが、
今日は甘みのあるフルーツティーといただくので
スイーツの甘さは控えめだ。
「果物の香りがして美味しいわ」
「甘すぎないのもいい。すっきりしている」
フルーツティーは2人からも好評だ。
レモングラスが入っているので甘みの中にも
すっきりとした味わいがある。
マリーは蜂蜜を加えているので甘めが好みなのだろう。
セルゲイはそのまま飲んでいる。
「このスコーン美味しいです。紅茶に合いますね」
紅茶に関しては今後のめども何となく立ったことだし、
のんびりとティータイムを満喫している。
とはいえ、焦りがあるのも事実。
こちらの世界に来てから1週間ほど経った。
何となく自分のやりたかったことができそうで楽しんでしまっているが、
元いた世界に帰れるものならさっさと帰りたいのである。
葵は落ち着け、と自分に言い聞かせる。
カイウス帝国に行き、しばらくは宿を借りつつ情報を集める。
そのためにはそれなりに旅費が要る。
そして、恐らくここアウスト国の騎士団で
それなりの地位にいたと思しきセルゲイでも、
異界の住人が自身の世界に帰ったという話を知らないと言っていた。
自分がこの世界に来た瞬間、異界の住人だと分かったのにだ。
元の世界に帰れない可能性もある。
その場合はこの世界で生き抜いていくための生活基盤が必要になる。
遠回りをしているようにも思えるが、
どんな結果が待っていても困らない土台を作っておきたい。
絶対に失敗ができないからこそ、確実だと思える方法しか取りたくない。
はやる気持ちを抑えてぎゅ、と両手を握りしめていると
セルゲイが思い出したかのように口を開いた。
「そうだ、アオイ。さっき、騎士団の団長に軽く探りを入れてみたんだが。アウスト国で保管している異界の住人絡みの本は閲覧権限が王族のみになっているらしい」
つまり、一般人が閲覧できる書架には置かれていないということか。
「確認してくださってありがとうございます」
「ここからは推測だが、アオイが異界の住人であることが分かれば見せてもらえるだろう」
「閲覧させてもらえるんですか?」
「アオイが望めばな。かなり古くに書かれた本が多いし、紛失でもしたら大ごとだ。厳重に管理はされているだろうが、異界の住人本人には見せてもらえるんじゃないか…と思う。恐らくだが」
何か情報を隠したいわけではないと思うしな、とセルゲイは呟く。
つまり、葵が異界の住人ですとアウスト国の王族に名乗り出れば
この国で持っている情報を教えてもらえる可能性が高い。
問題は、いつそれを決行するかである。
一度名乗り出れば、事が事だけに撤回することはできない。
行動の制限や何らかの協力を求められる可能性もゼロではないはずだ。
もう少し、一般市民の感覚を身につけておきたい。
常識知らずにならないためにも、何らかの不利を被らないためにも。
ミハエルとの商談の調整はマリーがしてくれると言っていた。
資金調達となる持ち物の売却はセルゲイに任せてある。
こちらは順調だ。
となれば、次はこの世界のことを学んでおきたい。
ここで日々学べることも多いが、
セルゲイとマリーは色んな意味でかなりの人脈や資産を持っており、
いわゆる一般庶民の生活よりはかなり潤っている気がする。
葵はゆっくりとフルーツティーを飲み干してから尋ねる。
「一般市民の方は、どこでお買い物をするんでしょうか?」
「食料品は大体市場だな。田舎だと、農家から直接買えるところもあるが」
「市場があるんですか!?」
行ってみたい。
口には出さずとも表情にありありと出ていたのだろう。
セルゲイは笑って答えてくれる。
「王都の市場が大きいが、小さい市場なら比較的近くにもある。行ってみるか?」
「行きたいです!」
どんな食材が売っているのだろう。
野菜がメインだろうか。加工品はあるのか。
この世界に来て、まだこの家と森しか見たことがないのもあり、
期待に胸を膨らませる葵であった。




