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 ここの酒屋は流れる河のように滞ることは、少なかった。少しばかり溜まる事があれど、ここの亭主顔負けであるラミィが全てフォローをし、そのおかげで淀む事が少なかった。グレイが原因で迷惑をかけることはなく、グレイが遮蔽物になることはなかった。


 グレイは初めての仕事をやり終えて、慣れないことをしたからなのか、身体の疲れではない、疲労感を少し感じていた。その時、まだ仕事を続けていたラミィが店のカウンターから硬貨を数枚くれた。

「それは、あんたの今日の働きの分だよ。支払い分は抜いてあるから安心して使いなよ」


 給料を受け取ったことにより、グレイは目覚めた後の爽快な目覚めのように身体が軽くなった。数少ない硬貨を手の上で滑らせて、じっと眺めていて聞いていないが、ラミィは続けて話す。


「だからと言って、無い金は使うんじゃないよ。それと、人が話している時は人の話を聞きな!!」


 脳天に落とされた拳にグレイは驚きで見開いた、潤んだ涙目をゆっくりと上げた。


「何すんだよ! いてぇじゃねぇかよ!」


「あんたがちゃんとしないからだよ。ほらっ、私には仕事があるんだよ。仕事が終わっているんならとっとと上がりな」


 夕餉の時刻を過ぎた酒屋は酔った客と数人の馬鹿騒ぎをしている客しかいなかった。昨日の酒屋を思いだすと、とても店が静かに感じた。奥の厨房から差し出される料理をラミィが一人で運び、一人で応対していた。奥の汚れた大きなテーブルを清掃まですべてをだった。


 メアリーは先ほど仕事を終わらせ、眼をとろりと零れ落ちそうなルルの手を引き自室へと戻っていった。もちろん、腕には数時間動かないように努めているチビ、もといベルメリルがルルと同じように眠たそうに脱力しかけていた身体に鞭を打っていた。


「坊主、勘定」


 カウンター近くで突っ立ていたグレイに客の男が勘定を告げる。


「お、おう」


 グレイは反射的にカウンターに入った。のはよいが、勝手がわからず視線を彷徨わせる。引き出しを見つけるが、硬貨が入っているだけで、客の頼んだ品がわからず、客の頼んだ金額を知らなかった。


「1、2……あそこの席が10番なんだ。だから」


 いつの間にか隣に来ていたラミィがグレイに教えるようにカウンターの席から順番に数えていった。男の座っていた席に指がたどり着いたときの数が10であった。カウンター下の大きな引き出しの隣にある小さな引き出しを人差し指で、カッと弾き、音を鳴らしながら数えていき、客の席と同じ10の小さな引き出しで止まった。


「……この小さな引き出しを開けてみな」


 グレイは言われた通りに引き出しを開ける。中には様々な色のついた小さな石が数個入っていた。ラミィは紅の石を一つ取り出してグレイに見せる。


「この石が大銅貨一枚分を指すんだ。ほかに色のついた石があるだろう。この石が銅貨、これが銀貨、そして、こっちにあるのが大銀貨に、金貨だよ。この金貨の石はよっぽど使わないけどね。この石の数、色を見て勘定するのさ」


 この客の引き出しには入っていなかった大銀貨と金貨の代わりの色付きの石をわざわざ、硬貨の入っている引き出しから取り出し、グレイに説明をしてくれた。


 「これは私がいつも注文を確認しながら入れているのさ。間違いはないはずだよ。このお客さんの金額は……」


「銀貨三枚に大銅貨四枚だ」


 ラミィが石を取り出して数え始めようとすると、グレイはすぐに答えた。ラミィは面食らった表情で石からグレイへと顔を向ける。そして、再び数えるとグレイの算出した数値と同じ値を呟いた。


 会計が終わり、ラミィが輝いた目をしてグレイを見た。狙った獲物を発見した捕食者のような目であった。グレイは邪気のないその目の意図はわからないが背中をふわりを触られるような、ぞっとするような感覚を味わった。


「なんだよ」


「あんた、計算速いじゃないか。商人の子かなんかなのかい? なんで今まで黙ってたんだい。あんたこれから会計も兼任しな。お金のその分渡すからさ。どうだい」


「わかった。だけど、1つ頼みてぇことがある」


 グレイは提案を受け入れてくれるならと話した。これはグレイが昨夜にふと酔った頭に浮かんだことだった。ただの酔っ払いの一時の思い付きであったが、未来は何が起きるか、わからいことばかりで、現にこの酒屋にグレイが働いている未来など昨夜の時点で誰が言い当てられただろうか。ここで働いていることでグレイの思い付きは現実味を帯びてきていたのであった。


「なんだい? ある程度なら融通きくよ」


 給与の交渉だとラミィは思っているのか、引き出しの硬貨の枚数を数え始める。だが、グレイの願いは給与ではなかった。それは、


「ここでちょっとでいいから飯の作り方教えてくれねぇか?」


料理のことであった。そんなことを言われると思っていなかったラミィはあっけにとられ、引き出しを閉める。


「なんだい、そんな事かい。そんなことならいくらでも教えてあげるよ。教えるのは私じゃないけどね」


「わかった、きちんと『ワイバーンの泊まり木』仕込みの味を教えてあげるよ」


 話を奥で聞いていたらしいおじさんはこちらに近づき嬉しそうに承諾をしてくれた。


「しかし、なんで料理なんて覚えたいんだい?」


「はっ、まさか坊主。うちの味を習得して、うちの娘のどちらかと結婚してこの酒屋を継ごうという魂胆じゃないだろうな」


 それなら、断固として俺は教えん。絶対だ。絶対だからな。などと、想像を妄想に昇華させて怒り心頭なおじさんはやらん。娘はやらんと話してたかと思うと、綺麗になったなぁ、と突然瞳を潤ませ、さらにおじいちゃんでしゅよ、とデロリと顔から眼の鼻も崩れ落ちんばかりに溶かす。


「その気持ちの悪い面を辞めな」


 ラミィのビンタで現実へと戻ってこられたおじさんは、孫がっ、と膝から崩れ落ちた。よっぽど妄想が心地よかったのだろう。涙まで流していた。


「言いたくなかったら、言わなくていいよ」


「いや、別に隠すもんでもねぇから。ここの料理が美味かったんだよ。そう思ったら俺、ジジィの顔が浮かんじまってよ。ジジィは俺が居ねぇとだめだし、どうせいつも同じような飯ばかり食ってるから、俺がこのうまい料理を作ってやって言わせてやりてぇんだよ。『ぐるじぃー、美味し過ぎて腹が破裂しそうなほど一杯食ったのに、まだまだ余ってるよ。こんなにうまい料理が腹一杯食えるなんて、儂、お主が弟子で良かったよ』って感動で涙まで出させて」


「あんた、ジジィさんが好きなんだね」


 微笑ましいものを見るような温かい表情をラミィがすると、グレイは視線をそらしぶっきらぼうに返事を返す。


「そんなんじゃねぇよ!」


「わかった。そのジジィさんが腹がはちきれんばかりに食べたくなるような料理を教えるよ。娘が関係ないなら、協力するよ」


 やっと立ち直ったおじさんは掌を差し出し、グレイをその手を握った。おじさんは少し目を見開いた。グレイの掌が途轍もなく固く、力強かったからだった。


「これで、メアリーの負担が軽くなるのかな」


 奥に入っていったグレイの背を見送りながらつぶやくラミィ。


 ここの酒屋で停滞、澱んでしまう時があった、それは昼飯時、晩飯時の繁忙時にラミィの手が回らず会計をメアリーがホールと兼任する時間であった。焦りやすいメアリーは会計とホールの往復で慌ててしまいミスを連発してしまうことが多く、メアリーがとても落ち込んでいる姿がよく見受けられた。ラミィはグレイが予想以上の戦力であることをとてもありがたく思っていた。そのためグレイは気付かなかったが、本日の給与にはすでに色がついていた。


「会計。と本日、ここの宿屋って空いていますか? できれば本日泊まりたいと考えているのですが、どうでしょうか?」


「……ありがとうございます。部屋の方は空いておりますが、宿泊日数にご希望はございますか?」


 顔の見えぬほどに目深にかぶったフード、微かに見える高い鼻。小さな口からは澄んだ、大人になり切れていないような青年の声が発せられた。清涼で聞いたものを心地よくさせるような声である。ラミィは一瞬聞き惚れてしまい返事が遅れてしまうほどであった。


「まだ決めていませんが、まずは本日のみでお願いいたします」


 すべてを魅了しそうなその声の男は、チラリと奥を見やる。ラミィは会計を終え、部屋の鍵を渡す。男は何か小さく呟き、奥へと入っていった。


 〆〆〆


 固いベッドに身体を預け、これからのことをグレイは考えていた。グレイは学院に来年が入ることをシルバーズとの会話で決めていた。だから、この一年王都で過ごすことになっていたのだが、グレイは最初の町でもう足踏みをしていた、竜走鳥という竜を金貨で借りれば、一月もかからずに王都にたどり着くという話であったため、少しの時間の差異は大丈夫であろうと楽観していた。しかしグレイの手元にある硬貨は、銀貨一枚と大銅貨三枚であった。予想以上に少ない硬貨に先ほどの喜びのフィルターがはがれてしまうととてもまずしく感じた。


「グ、グレイさん! ちょっといいですか」


 扉越しに聞こえる、か細い声を一生懸命に張り上げたメアリーの声にグレイの考えは中断した。なんだよ、とグレイが返事を返すと


「へ、部屋に入れさせてい貰ってもいいですか? すみません。ここでは話しにくい話なので」


と先ほどよりも小さな声で話した。グレイは立ち上がり、扉を開いた。扉が開くと顔を下げてもじもじとし、グレイに視線を合わせようともせずに視線を落としたままのメアリーは、たちまち部屋に上がり込み、膝をついた。


 グレイはベッドに腰を掛け、自分から入って来たのにも関わらずに居心地が悪そうにソワソワとしているメアリーは、頭を下げていった。


「私を強くしてくれませんか」


と。

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