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チビはベルメリル

「坊主、エールお代わり!」


「ほら、グレイ。働きな! これを奥に」


 グレイはここの亭主……ではなく、その奥さんであるラミィに指示を出され、エールを渡される。赤茶色の長髪を後ろに一本に編み込んだ大きな縄のような三つ編みをした女性であった。グレイは声の方に視線を向けると奥の大きなテーブルを囲っている集団の男の一人が空になったジョッキを掲げていた。あの集団は昨夜、共に飲み歩いたおじさんたちである。


「ああ」


 グレイは並々に注がれたエールのジョッキを片手に昨夜に負けず劣らずの大盛況の店内を早足で駆け抜ける。揺れるジョッキに跳ね上がるエール、しかし零れ落ちるエール一滴もない。


「お待たせした」


「おお、本当に速いな、坊主」


 2度目であるにも関わらず、男は感嘆の息を吐く。グレイは鼻高々と口角を上げる。


「で、今日は坊主飲まないのか?」


一口のんだジョッキを傾ける。


「あー、エールは当分いい」


 もう痛くないはずの頭に、ズキンと痛みが走り顔を顰める。それを見た男どもは笑いだす。


「ぐはは、坊主、あれか、二日酔いか?」


「うるせぇ、ちげぇよ」


 自分以上にのんでいたはずなのに自分よりも早く起きて、今なおエールを飲んでいる男どもに二日酔いをしたなどの醜態をさらすわけにはいかず、グレイは声を大にして否定をした。


「恥ずかしがることはないぜ、俺たちだって坊主ぐらいの時にはな、いや、二日酔いなんてなかったな。ぐはは」


「そうだな。俺たちは水より上手くて安心だからと親父に飲まされていたからな」


「そうだ、そうだ。懐かしい」


「……」


 男どもは思い出話に花を咲かせ、いつの間にかグレイは蚊帳の外になってしまった。空になったジョッキをラミィのもとへと戻ると、すぐにほかの席から「坊主、エール」と呼ぶ声が聞こえた。


「ほら、急ぎなグレイ!休憩する時間はないよ!」


 ラミィはすぐ、ジョッキにエールを注ぎグレイへ渡した。これもまた並々に注がれていた。


「すみませんグレイさん。その、ありがとうございます。グレイさんが来てくれたおかげで私とても助かってます」


 同じように空のジョッキをラミィに渡し、木皿に入ったスープを受け取っていた、ラミィの娘であり、ここの看板娘であるメイリ―がグレイの瞳にちらちらと視線を合わせながら話しかけてきた。彼女は光に当てると金糸のように見える茶髪を二本の三つ編みにしていた。肩より少し長いお下げがメイリ―の心情を表すように微動を辞めない。


「ああ、こんなめんどくせぇことする気はなかったんだけどな」


 顔を渋らせたグレイは回顧する。こんな状況になってしまった諸悪の根源である、ラミィと本当のここの亭主であるスミルの顔を見ながら。


〆〆〆〆〆


 遡ること、グレイが店を出ていくのを止められた数時間前。


「待ちな! 無銭飲食でもするつもりかい?」


 場を支配するような声量でグレイを呼び止める。ラミィであった。グレイは苛立ち気に身を翻した。ローブの裾がふわりと靡く。


「なんだよ」


「あんた、まだ年若いね。どうせお金に困って無銭飲食して行くつもりなんだろ」


 片方の口角を上げ、お金を受け取った悪代官のような表情をするラミィ。問い詰めるようなものは声音に含まれてはいないがグレイの行動は把握しているばりに自身に満ちた声であった。


「大丈夫だよ。俺が許可を出したんだから」


 グレイとラミィの間からおじさんの擁護の声が飛んだ。しかし、ラミィは呆れたように息を吐き、首を大袈裟に振って見せる。


「こんな若い坊主が大銀貨一枚をすぐに稼げるわけがないじゃないか」


「うるせぇな。できるわ!」


 グレイはいつものように噛みつく。


「そう、いってるじゃないか」


 おじさんはグレイとラミィの顔をせわしなく交互に動かす。


「あんたは、真に受けすぎだよ。この前そういっていた冒険者がここに戻ってくることはなかったじゃないか」


 まるで疲れているかのようにカウンターに寄りかかり、再び重い息を吐く。


「あれは、その。……まだ狩りに行ってるとか」


 口ごもるおじさんの目は定まらない。チラチラとラミィの顔を伺うようにしているが、ラミィの据わった瞳を耐えることができないでいる。


「そうかい、大銀貨一枚稼ぐのに随分時間がかかるもんだね。待ちな」


 今まさにフードをさらに目深にかぶり素知らぬ顔で出ていこうとしたグレイが止められた。


「ちっ」


「ほら見なさい。坊主、騎士呼ぶよ」


 したり顔をおじさんに見せつけたラミィは、続けてグレイに目を向ける。


「だから、金はギルドに行って稼ぐって言ってんだろ」


 苛立ち気にグレイは語気を強める。最初からできないといわれるのがとても釈然としないグレイの眉が寄せられ、眉間に深い縦皺が刻まれる。


「坊主がかい? 馬鹿を言うのはやめてくれよ。何日支払いを待てばいいんだ。それに、その間の宿は? ご飯は? どうするつもりなんだい。お金ないんだろう」


 面白くない冗談を笑ってやっているかのような嘲笑めいた声音がグレイの現状を、今後を尋ねる。グレイは閉口するしかなかった。


 グレイはお金の価値が正直わかっていなかった。計算などは学んだが物の相場がわからない。魔法巾着には山犬とゴブリンの魔石は山になるほど持っているが、それがそれほどの価値になるかがわからない。これでもし、金が足りずに騎士に捕まるとなるとめんどくせぇことになり、王都に着くのが遅くなるのは明確であった。グレイは掴んでいたドアを離した。


「それなら、うちで働きな」


「は?」


 突然の勧誘にグレイの思考は止まった。それはいいな、とおじさんも同調する。そんなことも構わずラミィは説明を始める。


「うちは宿屋もやっているから泊まり込みで働きな。ご飯も三食付きでどうよ。ほら、こんないい条件はなかなかないよ」


 グレイは閉口し、考えこむように下を眺める。さんざん昨夜酔っぱらった者たちが汚したはずの床は綺麗であった。


「それに、あんた冒険者登録にもお金は必要だよ。それに合わせてどうせ、あんたの滞在許可証、仮の物だろ。うちで働くっていうんなら、正式な滞在許可証をあげるよ。どうだい? 悪い条件じゃないだろ?」


 グレイは言われて、改めて自分の滞在許可証が仮であったことを思い出す。


「滞在許可証ってのは本当に発行できるのかよ」


「出来るよ。うちで働いている坊主ってことで、要するに保証人みたいなものだからね。ギルドじゃなくてこの『ワイバーンの泊まり木』があんたを保証してやるよ」


 磊落な性格なのかおじさんよりも男勝りで、亭主のような鷹揚さが大黒柱を思わせた。


「で、俺は何をして、何日働けばいいんだ?」


 グレイは諦めたようにラミィにしっかりと向き直る。面倒ごとになるよりは、この条件の方がまだましだと考えたグレイの判断であった。


「それは、あんたが出来ることをだね。日にちはあんたの働き具合によるが、十日か、そこらだね」


「じゃあ働くよ。働けばいいんだろ。やってやるよ」


 グレイは金を稼ぐことができないと考えている、このラミィに自身の仕事っぷりを見せてやり、十日より早くこの仕事を終わらせてやることを勝手に心に決め、一泡吹かせてやるとグレイはやる気を漲らせた。


「やる気はは十分だね、ただし、1つだけ守ってくれよ。私があんたの保証人だ。問題だけは起こしてくれないようにするんだよ。問題起こしたら、私までお縄だからね」


「……気をつける」


 グレイは考え込むように答える。


「不安になるような返事だね。大丈夫だよ、普通に生活していれば、捕まるようなことなんてないからね」


「普通……」


 ラミィの言葉を口の中で転がすように繰り返した。昔を少し思い返した。その当時、窃盗などはしていたがそれでも追われることが普通であったグレイにはその言葉は理解しがたいものであった。


「それじゃ、契約成立だね。ちょっと待ちな。メイリー! ルル!! ちょっとこっちに」


 ラミィは大きな声で奥に向かって声をかける。


「何!ママ!!」


 ダダダと駆け寄ってくる音。甲高い大きな声が無邪気さを含んで聞こえてきた。飛びつくように勢いよくラミィの腰元にしがみつ赤毛に近い茶髪をした少女は大きな瞳を輝かせ母親であるラミィを見上げた。その右手には、動かないチビがいた。人形のふりをしているのだろうとグレイはすぐに理解できた、が。


「チビ!? なんでおめぇそんなとこにいんだよ」


 チビがなぜその少女の手元に居ることがわからず、声を洩らす。


「チビ~?」


 ラミィがグレイの言葉を訊き返すように声を出す。おじさんは笑い出した。


「ふっふ、はっは。本当に呼んでいるんだな」


「ちがう! この子はベルメリルちゃん!!」


 少女はラミィの腰元から離れ、グレイに突き出すようにチビを掲げて見せた。チビはグレイの声に反応し、瞼をばれないように開こうと、ゆっくりと試みていた。


「くっ、ほん、とう、くっ、に、気が合いそうだな」


 引きつく横隔膜を耐えながらおじさんは、自身の予想が的中したことでさらに笑いを深める。


「ベルメリル!? くっ、ベル……ベルメリル。いい名前だな。なぁ、チビ。いっそ改名するか?」


 グレイもチビの意外過ぎる名前に笑いをこらえながらチビに話しかける。チビは目を開くのをあきらめ、未だ人形のふりをしているが、微かに首を動かしている。


「おい、おめぇ。そいつどこで拾ったんだ?」


グレイは不思議に思っていたことを尋ねる。


「おめぇじゃない。ルルはルルっていうの。ベルメリルはおへやにいたの」

 

 グレイはルルの返答を聞いてさらに不思議に思った。


「ちょっと、ルル。走って行ったら危ないで……しょ。え、……き、昨日の人」


 ふわりと金糸のようにも見える茶髪のお下げを揺らした少女が遅れてやってきた。ラミィが呼んだメイリ―だろうとグレイは思った。メイリ―はグレイの顔を見ると少し驚いたような表情をする。グレイはそんなメイリ―を凝視する。


「昨日の?」


 グレイの記憶にはメイリーはなかった。


「あっ、いえ。なんでもありません。お母さん、この人はどういう」


 メイリーは視線を彷徨わせ、声も小さくなってしまいおどおどとしている。縋るように、ラミィに近づく。


「今から説明するよ。この子は、……なんて名前だい?」


 ラミィは縋るメイリーから離れ、グレイの方に近づく。グレイの横に立ち、娘たちに振り返り説明を始めようとするが、説明しようにもグレイのことを何も知らないラミィはまず名前から尋ねた。


「グレイ」


「グレイ、そうか、グレイだ。なんだあんた、部屋に入っていてもローブを被っているんだ? ほれ、被るのを辞めな」


 グレイはフードを被らなければならない理由も特段なかったため、外されるフードを止めることはしなかった。長い綺麗な銀髪の上を布が滑らかに払われた。


「なんだ、耳付きだから隠しているかと思ったよ。うちなら心配ないって言おうと思っていたけど、なんだい、良い髪色じゃないか」


「いやーー」


 突然ルルの拒絶の声が響き渡る。グレイの頭を見ていたラミィは慌てた様子はなくそちらへ顔を向ける。


「なんだい?」


 メイリーがルルの腕からチビを引っ張りだそうとチビの頭を掴んでいる。微かに聞こえるチビの苦鳴。


「あの、この人形、多分だけとグレイさんのなの。だから、返しなさいって言っていんだけど。ルルが言うことを聞いてくれなくて」


 一生懸命に話すメイリーはチビが高価な人形であると考えているのか、壊れないようにやさしく引っ張っている。だが、チビは声にならない音を出して、グレイに助けを求める。


「いやー、ベルメリルは私の!」


 グレイは声をかける前にルルがチビを抱え込み、チビは苦しみからの解放を喜ぶ間のなく、力一杯に抱き締められる。再び苦しそうな声がくぐもって聞こえた。


「おい、おめぇ」


 グレイがルルの前にしゃがみ込み、覗き込むように話しかける。


「おめぇじゃない。ルル」


 名前を呼ばなかったことが、気に入らなかったらしく。威嚇のつもりで頬を膨らませる。


「ルル、そいつが苦しそうだろ。もっと優しく抱きしめてやれ。別に今すぐ取り上げるわけじゃねぇ。俺がここをいなくなる時に返してくれりゃいい」


「いつ、居なくなるの?」


 きつく抱きしめるのを辞めて、グレイを見上げる。グレイが居なくなるのを確認するのは、もちろんグレイとのお別れを悲しんでいるからでなく、チビとのお別れを悲しんでいるからだろう。


「まだ、わからねぇ。だから、俺がここにいる間、チ……べ、ベルメリルをルルに預けておく。大切に出来るか?」


「うん、出来る!」


「じゃ、任せた」


 グレイはルルを優しくなでて、離れるとラミィが感嘆する。


「あんた、子供の扱いが得意だね。意外だよ」


「うるせぇ」


「あ、あのグレイさん。ありがとうございます。そして、妹がすみません。その、昨日のこと覚えてませんか?」


 こそっと、周りに聞こえないように尋ねるメイリーの昨日に思い当たる節がなくグレイは小首をかしげる。


「すみません。き、気のせいだったかもしれません」


 慌てて離れていくメイリー。


「話は終わったかい? なんだいグレイはうちの娘二人ともをもう手懐けたのかい」


 呵呵大笑するラミィと違い、おじさんの目つきが鋭く、にらんでいる。メイリーは恥ずかしそうに頬を赤く染める。


「そんなんじゃねぇよ」


「それで、お母さん。私たちを呼んだ理由は?」


「グレイがうちで住み込みで働くことになったから、部屋まで案内してやれ。部屋は隣でいいだろう」


「わかった。そ、そのグレイさんこっちです」


 家族以外と話す時だけおどおどとしてしまうメイリーは、奥の扉へと先に進み、グレイを呼んだ。


「グレイ! ルルのへやのとなり! ルルが案内してあげる」


 バッと手を掴んで引っ張ってグレイを案内してくれる。


「お父さんも一緒に行こうかな」


 娘を二人とも奪われはしない! とグレイに敵対心を抱いたおじさんは釣り上げていた眉尻を柔和にし、出来るだけ優しい声でルルに近づいた。


「パパ嫌、こないで」


「なっ、なんで」


 雷が撃ち落されたかのように膝から崩れ落ち、しまいにうなだれるおじさんを横目にルルは引く手を辞めずに進んでいく。


「この部屋です」


 案内されたのは一番奥の扉の手前の扉であった。


「一階は何時もは家族の部屋ですがお客様が満員になってしまった時の臨時の部屋なので、構造は客室と変わりありません。掃除も怠ってませんし、すぐに寝られます」


 部屋に入り、ベッドに座るがとても硬った。体重跳ね返ることはなく、尾てい骨に振動が響く。グレイは荷物が魔法巾着に入っているためローブを脱ぐだけで、すぐさま戻る。


「まず、接客からやってみるか」


 というラミィの言葉でグレイはホールに出た。表の扉にかけてある板を閉店から開店変えると人は少しずつ入って来た。おじさんは厨房に入っていき、ラミィはカウンターの中の全般業務を補っているらしく忙しく動いている。時刻は昼前、人がどんどん入店してくる。グレイにメイリーが一生懸命に教えてくれた。


「わかった。やってやるよ」


「が、頑張ってください。これを左の小さなテーブルにお願いします」


 グレイは小さなメイリーの指示に従い、飯を運ぶ。机に着くと、男の客が小さな舌打ちを打つ。


「あ゛ぁ゛?」


 グレイは反射的に男の顔ににらみを利かせる。男はむすっとしたまま食事を始める。


「つ、次はこれをあちらの席にお願いします」


「あ、ああ」


 カウンターに戻るとメイリーが申し訳なさそうに新たな指示を出す。グレイはすぐに運ぶが、またしてもいい顔はされなかった。


 グレイが飯を持つと、あたりの人はこっちに来るなと、にらみを利かしていた。客が呼ぶのは看板娘であるメアリーの名ばかり、グレイが持っていくとなんだよメアリーじゃないのかよとの愚痴を洩らされる。


 グレイは腹が立ち、メアリーに運ばせるのを辞めさせ全部自身で運んでやった。すると、グレイの運ぶ速さとミスの少なさから次第にグレイを坊主と呼ぶ声が聞こえはじめ。メアリーは私も運びますと話し、グレイは満足したため、二人でホールを回すこととなった。


 〆〆


「坊主ー! まだか!?」


「今、運ぶぜ」


 グレイの長かった回想は終わり、初日にして店の売り上げに大きく貢献するのであった。

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