014 命の香り④
都合、何度めかの襲撃。
その度に、エリザベスは探知し、マックスは逃げ切って。もう、一時間ぐらい。ずっと、生き延びては居る。けれど――
「くっ――ごめん、リザ。そろそろ、限界っ……」
「ありがとう、マックス。頑張ったね……」
遂に、マックスの体力が尽きる。
マズイ、とても。今まで逃げおおせたのは、マックスの足が敵に勝るからだ。でも、その優位が無くなれば――
(――直に、追いつかれるでしょうね)
マックスのお陰で、前から敵が来ることは無くなった。包囲網は、抜けている。其れでも、変わらず敵は追ってくるし、身を隠しても、見つからない保証は無い。
ああ、困った。どうしよう。手段、全然思いつかない。
「マックス、取り敢えず隠れるわよ。何処か、適当な建物に」
「分かった……」
一番近くにあった、アパートメント。住人が来ない事を祈りつつ、その二階に潜り込んで――マックスが倒れる。
「もうちょっと早く、弱音吐いても良かったのに……」
「ごめん……でも、久しぶりに頼られて、嬉しくて……」
「謝らなくて良いから。ちょっと、休んでなさい――」
マックスの頭を、膝の上に乗せてやる。いつもなら、すぐに照れそうなものなのに。今は、黙って目を瞑って――息を整えるだけ。
(ほんとに、限界だったのね……)
頑張りすぎだ。だけど、こういう男は、嫌いじゃないし。もう少し報われたって良いと思うから。
だから――
(――ジョン。いい方法、無い?)
頼る。困ったら、すぐに。大丈夫、ジョンは偉そうな男だけれど、意地悪じゃない。
『ある。と言いたいが、思いつかない。俺は別に、頭脳派じゃなかったからな』
其れは、知っている。どう考えても、ゴリゴリの肉体派だ。いたいけな少女の身体を使っても、そうなんだから。
(質問を変えるわ。貴方はこういうとき、いつもどうしてた?)
別に頭脳はじゃなくても。戦士としての彼は、経験豊富だ。退避戦の経験だって、きっとある。
『決まってる。戦ったよ。――まあ、やり方は工夫したがな』
空気を読まない冗談を混ぜながらも、頼もしい答えが来る。
やっぱり、こういうときには頼りになるヤツ。
「どうやるの――?」
『此方のアドバンテージを使う。待ち伏せだ』
此方には、ほぼ確実に勝るモノがあるからな――
ジョンが、そう言って。
追撃する刺客達。彼らが其処にいる理由は、各々有るけれど。等しく共通する事項がある。
(別に、命は掛けちゃいねえ)
ただ、金とか。減刑とか。他に行く所も無かったからとか。そういう理由でかき集められた、輩たち。だから。
(給料分は、働く気概も有るけれど)
それ以上の、モチベーションが有るわけでも無くて。
だと言うのに――
『なるほど、拳銃に手投げ弾。近代兵器を装備した兵がこれだけ揃えば、それだけでアドバンテージだ』
おかしい。狂ってる。目の前に居るのは、ただの少女。レジスタンスとは言うけれど。頭のボルトを輝かせても、まだ子供で――女の筈なのに。
少女を装う悪魔は、呆れたように吐き捨てる。
『だが、弱い。弱すぎる。徒党を組んでも、個々が働くことも知らぬ蟻ならば――踏み潰される意外の道理は無い』
意味が理解らない。理解らないまま、蹂躙される。
辺りに散らかる躯の山が、また一つと積み重ねられる。
(何故こうなった――)
少し前。敵の居場所を告げる、信号が上がって。
ならばと、勇み足で駆けつけて。いざ、あの曲がり角の先という所で。
(地獄が、来た)
突然、隊列の中に奴が来た。友軍誤射をするワケにはいかないから、拳銃は使えない。手投げ弾はもっとダメだ。
だから、機械刃とか、そういうもので戦おうとするけれど。
「ひぃっ!?」
『――遅い』
また一人。素っ首、ナイフで掻き切られて。
此方と同じ機械刃。どうやら、鹵獲されたらしい。
――パアン。
銃声が鳴る。堪らなくなって、遂に撃ち始めた者が出てきた。どうせ撃つなら、当ててくれりゃあ良いのに――
「ガッ、あ――」
『――出来るなら、この記憶は忘れて生まれ変われよ』
そう言うなら、止めてくれ。そう言って、聞いてくれる相手では無いし。逃げ出そうものなら、そいつから先に仕留められていく。
(――ああ)
――今出来ることは、順番を待つことだけだった。
(ひどい――有様ね)
ジョンの作戦は単純だ。敵の察知は、此方が確実に早い。だから先手を取って、敵の隊列の中に飛び込んで――崩す。
(その結果が、この死体の山)
酷くスローモーな世界で、エリザベスは凄惨な光景を見せられ続ける。
血で塗れていく腕は、間違いなく自分のものなのに。頭に焼き付けられて行く光景は、まるで他人の事よう。
(これ、なんとかして利用出来ないかしら――)
エリザベスは傍観しながら、頭のネジが緩んでいくのを感じた。
「ああ、コイツはヤバイ」
拡張したとは言え、通し番じゃ出来損ないの鼻。その鼻腔にも届く血臭が、風に乗ってやって来る。
「此れじゃあ、虎の子を出すしか無いじゃないか」
嬉しそうな口調で、変わらぬ表情で。パウダーは独り言つ。
そうして自ら構える、鉄製の大筒。仔細な場所は理解らずとも、アレだけ騒げばアタリは付く。そうなれば――
「――さあ、行って来い」
銃爪が引かれて。
バックブラストが唸り。
そして。
榴弾が、飛翔する――!
――飛ぶ、飛ぶ。鉄と火薬の塊は、200メートル毎秒の速さで、目的を果たそうとする。
誰も知らない。ボルト頭の少女以上に圧倒的な、破壊の権化の襲来も。その後に待ち受ける、凄惨な光景も。
ただ、一人を除いて――
『――マアアアアアアッッックスッッ!!!!』
少女は、否――ジョンは吼える。
見慣れた緑の視界に映る異物。其れに対して、拡張した脳は最大の警報を鳴らして。
「オオケイッッ、ジョン!!」
そして、マックスが応える。
其れが当然とばかりに。
「――ッ!」
既に万全、とは言えなくても。八分ぐらいには回復した。其れだけ有れば、本気で跳ぶには十分だ。
ただの、一歩で距離を詰めて。エリザベスの身体を抱えて。二歩目で、退避。迫りくる死から、全速で退避して。
ガ――――――
――閃光と、爆炎。辺りに満ちる、強烈な匂い。
辺りは途端に瓦礫に埋め尽くされたけれど、その事実はきちんと認識出来ていて。
「なんでっ。このタイミングで戻るのよっ……!」
『仕方無いだろう――動きすぎた。もう、限界だった』
悪態をつきながら、エリザベスは這い上がる。
身体、あちこち痛くても。取り分け大事は無さそうだ。
「良かった……リザも……無事だ、ね」
腰掛けたままだが、マックスも生きちゃ居るらしい。ただ、頭から血が――
(切っただけみたいだけど、放っておくのはマズイ)
でも、処置をするためのものは無い。
それに、此処に何時までも居られない。居たら、良くて病院行きで。そしたら、補足されてゲームオーバーだ。
「取り敢えず、布だけでも巻いて――」
「きゃっ。だ、大丈夫ですか――!?」
声が、聞こえた。女の声。
振り返れば、駆け寄ってくる若い男女。騒ぎに、駆けつけてきたのか。
「血が出てるな!? 取り敢えず、早く病院に――」
「待って、其れは駄目!」
慌てた様子で男が言うのを、制止する。
シメた。此れは――チャンスだ。この状況なら、汚らしい身なりも、気にはされない。
「私達、デモをやるための集まりだったの……けど、警察に逮捕されそうになって、素性も調べられて……其れでも集まったら――ああなったの」
何のための、とかは言わないまま。目を伏せて、死体と瓦礫の山を指す。
焼け焦げて、もう顔もなにも判らなくなった屍たち。
「だから、病院は駄目……警察が来て、掴まっちゃう……!」
「分かった。でも、彼を放っては置けない。――僕の家に連れて行こう」
「そ、そうですよ!」
男が勇ましく言って。戸惑いながらも、女が同意して。
「ありがとう、お願いします……!」
エリザベスがそう言うと、男はマックスを抱えて。
一目散に駆け出す。全く、頼もしい限りだ。
(ねえ――ジョン)
『――なんだ』
其れを追いかけつつ。エリザベスはジョンに問いかける。
(この国って、機械義肢の研究所とか無い? 非公開で、人体実験とかしてるヤツ)
『まあ、あるな。マックスなんかは、その出身だ』
そう、なのか。マックスの出自に思うところは有るけれど――
――取り敢えず。私たちは、義肢試験の被害者ってことにでもしよう。




