015 命の香り⑤
「――ほんとに、ありがとう。ジンジャー」
「礼には、及びません!」
エリザベスの、本心からの礼に。ジンジャーと呼ばれた若い女性は、当然のことをしたまでだ、という風だ。
此処は、アパートの一室。その主は――
「ただいま!」
「クリストフ、おかえりなさい!」
――丁度帰ってきた。クリストフと呼ばれた、ガタイの良い青年。
買い物袋を、腕から降ろし。エリザベス達の元へ、歩み寄ってきて。
「エリザベスちゃん――マックスさんの様子はどうですか?」
「大丈夫。此処のところ大変だったから、疲れて眠ってるだけみたい」
マックスの頭を撫でながら、エリザベスは答える。
(ここのところと言うには。四年はちょっと、長いかな)
ずっと地下に潜って、マトモな食事も摂らなくて。
そうした後の、久しぶりのベッドだ。暫くは、目覚めないだろう。
「そうだ。雑誌、買ってきたんだけど。この間の爆発騒ぎ――レジスタンスによるテロルって事になってるんだ」
「えっ、其れはおかしくない?」
クリストフの言。なるほど、国のどっかしらからの、情報操作だ。エリザベスはそう理解るけれど、何故かジンジャーも、否定的だ。エリザベス達がいるから、というわけでも無さそうで。
「活動中のレジスタンスなんて、居やしないのに……」
なるほど、そういうことか。市民たちの間では、未だ根強く囁かれているらしいけれど。
ジンジャーやクリストフの様な、耳聡い連中の中じゃ――
「まあ、最近の集会でも噂は無かったな」
「そうでしょ! 其れに、この間の爆発の被害者。やっぱり義肢持ちが多かったって」
「報道も順番も変だな。被害者については一切流れないのに、もう犯人だ」
「――そして。極めつけはエリザベスちゃんとマックスさん」
ジンジャーが此方を向いた。何かを、確信したように。
「やっぱり――この国はおかしい」
「なら、正さないとな!」
ジンジャーとクリストフが、頷き合って。二人の世界を作る。
「俺達、トレノ学生会が――新しいレジスタンスだ」
何やら、クリストフがカッコつけて。
ジンジャーも、うんうんと頷いている。
(ああこいつら、そういう連中だったのね……)
都合が良いのか、悪いのか。
――ジンジャーとクリストフは、学生である。とは言っても、其れがステータスになることはない様な、下流の大学の。
そういった連中は、其れはもう不満が溜まっている。キャリアなど無いけれど、其れが自覚出来るくらいの頭があるから。
(それで、学生集会とかを開いて。自分たちの不満を語り合う)
まあ、そういう輩は数え切れない。いっぱいいる。でも、少しカリスマ性が在って。正義感にカブれたりしちゃって。そんな奴に引かれた人間が集まっちゃったりしたら――あら簡単。反政府組織の出来上がり。
「っていう話なのよ。マックス、分かった?」
「まあ、概ね……」
ちょっと困っちゃったから、安らかに眠るマックスを頭突で起こして。家主と相方が出かけている間に、マックスと口裏を合わせる。
「取り敢えず私たちは、国に傷を負わされた、可哀想な被害者を演じるのよ。其れで、機を見て協力をするか、逃げ出すかするの」
「うーん。別に異論は無いや」
あら。反対されるかと思ったのに。やり口が汚い、とか。
「取り敢えずは、情報収集に徹したいし。あとは、精力も付けたい」
こんなんじゃ、いざというときにも戦えないしね、と。枯れ枝のような腕をマックスが見せる。
うん。優秀だ。自分の役割が、よく分かっている。
「じゃあ、そういうことで。随時作戦立てるの、手伝ってね」
「了解。なんかすっかり、参謀みたいだね」
「……そういうの、ちょっと憧れてたのよ」
肉体労働よりは、マトモにこなせそうだし。
「結局、死体からジョンのギアは見つからなかったんだね」
「はい。申し訳ありません」
薄暗いバー。ネイザンに呼出されたパウダーは、頭を下げる。――任務に失敗したためだ。
(此れは、もう駄目かな)
目の前のキザ男は、恐い男だ。ニヤついたままの顔で、容赦なく俺の首をはねるだろう。
(逃げるのも……無理)
ズラリと並ぶ黒服達。
もう、逃げ場なんて無かった。
「そしたらさ。パウダーくんに一つ聞きたいんだけど――」
遺言でも、聞いてくれるのだろうか。
「――ステーキの香りは、どうだった?」
ああ。コイツは――
俺はごくりと、唾を飲み込んで。
「――期待外れでしたね。味付けもスパイスも良かったのに。ありゃ、肉が悪かった」
正直に、答える。
するとネイザンは、口角を吊り上げて。
「良いね。凄く良い――」
そんな、賞賛をくれて。
「――じゃあ、今度はどうするんだい?」
再びの、問い。
俺は。
「決まってます。今度は最高の肉を焼きますよ――」
――最高の火薬を用意して。
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