012 命の香り②
「ふーん。世論を味方に付けて、政府をひっくり返すねえ。分かりやすい方法だけれど、実際どうなの?」
狭い隠れ家。書類の幾つかに目を通しながら、エリザベスは聞いた。
「まあ、厳しいね。だから、ひっくり返す目標は現政府で。其処に癒着する貴族だよ」
答えるのは、マックス。今や唯一のレジスタンス。エリザベスを除けば、の話だが。
「詰まりどういうことなワケ?」
どうも具体的でない物言いに、エリザベスは聞き返す。
ごめんね、と先に付けて。マックスが話し始める。
「先ずはプロパガンダだね。新聞、雑誌。宣伝媒体を手に入れて、世論を味方に付けるんだ」
「単純ね」
そう、単純だ。だからこそ効果的で、敵も同じ方法を取る。
「うん、僕もそう思うよ。けれど、数年前はこの方法でも上手く行きかけたんだ」
「そうなの? でも、其れじゃあ何でこんな事になっているワケよ」
結局、失敗したから下水道なんかで隠れてるんじゃない。エリザベスの物言いも、もっともで。
「情報規制を入れられた上で。味方の出版社がみんな潰されたたんだ。其れを防ぐ準備は、未だ出来て無かったから……」
「じゃあ、その方法は却下ね」
エリザベスが即答する。
「いや、疑うのも理解るけれど、あの時は本当に――」
「別に疑っているワケじゃ無いわ」
ただね。エリザベスが続ける。
「情報戦をやるにしてもよ。上流か市民に、自分達の居場所が無いと駄目だわ。体勢への反感を募らせることは出来るけれど。其れだけなら何れ霧散するもの」
以前の翡翠の鐘は、上流階級の集まりだったから、その方策も意味があったでしょうけど――
「確かに、そうかもしれない……」
正面から突っぱねられて、マックスは下を向いて。
「ああもう!」
その頭を、エリザベスは強引に引き上げる。顔を近づけて、額を突き合わす。
お互いの呼吸が、肌に感じられる距離。照れくさくて、マックスは目を逸してしまうけれど。
「目を逸らさない! そんな度胸で、レジスタンスなんかやらないのっ」
エリザベスに叱られて。
「いい? 別にプロパガンダをしないって言ってるワケじゃ無いわ。情報戦を行える立場まで、持っていこうと言っているの」
「は、はいっ」
マックスは、戸惑いながらも返事をして。
「だから、先に味方を増やすの。勿論、上に味方は欲しいわ。当時に、翡翠の鐘に賛同していた連中は、未だ政界に生き残っているのよね?」
「うん、そ、その筈だよ。野党側には、其れなりの数が居る。貴族も――」
「なら、後々にはそいつらと接触する。でも、今は無理。向こうからしたら、今の翡翠の鐘に利用価値が無いもの」
そうだ。野党側からしたら、そんな事をすれば、与党に付け入る隙を見せる様なものだ。だから、下手に接触を試みれば、売られる可能性すら在る。
一度闘争に負けた者の立場など、其れくらいのものだ。
「だから、今は下から攻める。市民でも、スラムの貧民でも、ヤクザ者でも良いけれど。自分たちの居場所を、もう一度作るのよ。何としても。分かった?」
「そう――だね」
エリザベスの問いに、マックスは肯定した。
「君が来て、舞い上がってたけど……二人じゃあ、レジスタンスでも何でも無いしね」
うん。マックスはそう言って。
「取り敢えず、上で情報を手に入れる。僕ら二人は、最近の世情に疎いからね。それと並行して、味方を作ろう。飲み仲間でも何でもいいから」
方策を、改め直した。
「ちゃんと考えられるじゃない!」
すると。エリザベスが、突然マックスの頭を抱えて。
「うん。きちんと頑張れる男は、嫌いじゃないからね――」
――マックスの頭を、撫でる。
指先で、髪を透きながら。胸元に顔を押し付けて。
「え、うん! ありがとう、が、頑張るよっ!」
こんなことをされたら、マックスみたいな男なら、すぐに其の気になって。狼狽えながらも、気合が入ってしまう。
別に、エリザベスも打算でやったワケじゃないけれど。ただ、職業柄と言うか。そういうのが好きなだけ。
「じゃあ――少し休憩したら、早速外に出ましょうか」
「わ、分かったよ」
少しの間。マックスを甘やかしたら。
そう、エリザベスは決めて――
『――下水道から、音が聞こえるな。足音だ、しかも複数人』
「ほんとう!?」
久しぶりに、ジョンの声が聞こえた。
同じモノ筈の、自分の耳には聞こえないけれど。でも、ジョンがそういうのなら――
「どうしたの!?」
すっかり骨抜きにされていたマックスも、すぐに真剣な顔つきになる。
「ジョンが足音が聞こえるって言ってる。敵かも知れない」
「分かった。すぐに地上へ行こう」
脱出口も、作って有る。マックスが言う。
うん。いい年なのに気弱だし、ちょっと考えが足りないときも有るけれど。やっぱり――出来る子だ。
「取り敢えず、この鞄だけ抱えておいて。今更見られて困るものはそうは無いから、残りは全部置いてく」
そして、マックスが天井に手を掛けた。
溝に指を這わして、くるりと回す。蓋が外れて、通路が顕になる。人がひとり、ギリギリで通れる幅。
「エリザベスから先に行って!」
「分かったっ。それと、リザで良いわ!」
私は、急いで上がる。垂れた縄梯子、登り詰めて。一番上、板張りで塞がれてるのを――
「どッせい!」
頭突きで破壊して、出る!
此処は、何だろう? 厨房だろうか。
「そんな事、気にしてる場合じゃないっ!」
出口、探して。見つけた、窓。カウンターの向こう側。頭から突っ込んで、抜け出す。伊達にスラムで過ごしてないもの、これくらい、軽いっ。
「エリザベっ……リザ!」
マックスが、追いついた。相変わらずの身の軽さだ。
「どう逃げるっ!?」
「逃走路は一応有るよ! 付いてきてっ」
先ず、下からだけの襲撃ってことは無いはず。
地上にも、必ず網は有る。其れを潜って行けるか――
――そのとき。どおん、と。爆音と、煙が上がって。
後ろの、全部――吹き飛んだ。




