私が選んだ隣の席
婚礼の鐘が七度目を告げたとき、王太子妃殿下は祭壇の六段を、ご自分の足で上りきられた。
乳白色の絹の肌着は身体に張りつかず、婚礼衣装の裳裾は一段ごとに静かに流れた。六か所も裂けていたベールは、裾の銀糸の花を揺らしながら殿下の後ろを進む。力を三か所へ分けた留め具も、最後まで髪を引かなかった。
誓いの品を捧げ持つ老婦人の右袖も、胸の高さで震える肘を妨げない。裳裾役が歩き、参列者が着席し、扇を拾い、腕を上げ、振り返る。
三十二着すべてが、それぞれの方の選んだ動きに従った。
一着も裂けず、一着も歪まず、留め具の外れもなかった。
私は祭壇脇の控室で最後の裾を確かめ、ようやく針箱の蓋を閉じた。
「終わりました」
その一言に、袖組、留め具組、裾組の職人たちが顔を見合わせた。泣き出す者もいれば、仕立台へ手をついて笑う者もいる。
三十二着は、私一人で縫ったものではない。
細かな曲線を得意とする手、まっすぐな本縫いを崩さない手、布の重みを読んで裾を整える手。それぞれが自分で選んだ席に座り、同じ順で試し、休み、仕上げた衣装だった。
婚礼を終えた王太子妃殿下は、私たちの前で一度ゆっくりと腕を広げられた。
「三十二人全員が、自分の身体で最後まで立てました。ありがとう、エレノア・リース。そして、仕立ててくれた皆さん」
私は職人たちと並んで頭を下げた。
名前を奪われていた十八の意匠も、返されなかった未完成原型も、夜ごと私が直していた衣装も、もう偽りの名の下にはなかった。
何より、仕上がった衣装を着た方々の笑顔が、私たちの仕事を証明していた。
翌朝、新工房の扉を開ける前に、私は一着の礼装へ袖を通した。
自分のために採寸し、自分で布を選び、職人たちにも手を借りて仕立てた、淡い青灰色の礼装だった。飾りは多くない。襟元と袖口に、銀糸で小さな三針の模様を置いただけだ。
腕を上げ、椅子に座り、床へ落とした糸巻きを拾う。どの動きにも布がついてくる。
「よくお似合いです」
年配の裁ち手が言うと、背もたれのない椅子に座った針子も頷いた。若い職人は台脚の楔を直しながら、嬉しそうに笑った。
私は窓際に新しく据えられた仕立台へ向かった。
台には、母から譲られた裁ち鋏と、夜ごと磨いてきた針を置くための浅い溝がある。横には私の身体に合わせた椅子があり、床へ固定された台の脚には、小さな金属板が打たれていた。
そこにはただ、こう刻まれていた。
――エレノア・リースの仕立席。
「この席は、常設です」
公爵が少し離れた場所から言った。
「工房の都合で動かす必要が生じても、先にあなたの許可を得ます」
「私がいない間にも、ですか」
「もちろんです。誰にも勝手に片づけさせません」
十年間使った椅子を運び去られた日の痛みが、胸の奥でかすかに疼いた。
けれど今、私の前にあるのは、誰かに戻してもらった古い椅子ではない。私が働き、条件を決め、仲間と一緒に作った席だった。
その日の向かいの通りでは、別の名を掲げた一卓が店を開いていた。
セルジュとミレーヌが借りた卓だった。
二人は仕立見本を並べていたが、針を持つ職人は一人も座らなかった。布商は反物を運ばず、足を止める客もいない。朝から昼まで予約札は白いままで、午後になっても記された数は零だった。
夕刻、貸主が看板を外した。
借りられたのは一日だけだったらしい。一卓の仕立場は、一着の注文も受けないまま閉じた。新しい名を使っても、縫う手も、布も、信用も戻らなかった。
旧工房の建物にも、ほどなく競売の札が掛けられた。
金貨千百枚で落札され、重い扉から侯爵家の紋章が剥がされた。かつて王家御用達の看板が掲げられていた壁には、色の違う四角い跡だけが残った。
それでも、違約金、返しきれなかった融資、布代、そのほかの借財には、金貨七百七十枚届かなかった。
予約は零。職人は零。建物も道具もなくなった。
扉は閉じられ、旧工房は二度と開かなかった。
数日後、セルジュとミレーヌが新工房を訪れた。
二人は私の仕立席の前までは来られず、入口に立ったまま頭を下げた。
「悪かった、エレノア」
セルジュの声はかすれていた。
「婚約を破棄したことも、お前の仕事をミレーヌの名で出したことも謝る。せめて借財の一部だけでも、公爵家から融通してもらえないか」
「お姉様の下でなら、私も飾り紐を選べます。十八意匠のことは訂正しました。ですから、一卓だけでも……」
ミレーヌは言葉を切り、私の席を見た。
私は立ち上がらなかった。
「謝罪は受けません」
二人が顔を上げる。
「私の名を伏せたことも、仕事箱を返さなかったことも、欠陥品を新工房の品と偽ったことも、なかったことにはできません」
私は母の裁ち鋏へ手を添えた。
「借財の肩代わりもしません。仕事も席も用意しません。お二人が失った信用を、私の名で補うこともしません」
「だが、俺たちはもう――」
「私も、椅子も仕事も婚約も、一度に奪われました」
声は震えなかった。
「それでも、お二人から取り返すのではなく、自分で選び直しました。お二人も、ご自分たちが選んだことの結果を引き受けてください」
公爵は口を挟まなかった。追い払う命令さえ出さず、私の言葉が終わるのを待っていた。
セルジュとミレーヌは、もう一度頭を下げた。私は返礼をせず、二人が去るまで仕立席に座っていた。
扉が閉じると、私は針を一本磨き、針箱へ収めた。
これで、すべての仕事が終わった。
夕暮れの工房には、私と公爵だけが残った。公爵は窓際に立ち、私が最後の布屑を籠へ入れるまで待っていた。
「以前お許しいただいた、私的な問いをしてもよいでしょうか」
「いいえ」
公爵の目が、わずかに見開かれた。
私は自分の礼装の裾を整え、仕立席から立った。胸の鼓動は、婚礼前の最終確認よりも速かった。それでも、この問いだけは誰かに先に差し出されるのを待ちたくなかった。
私は公爵の前へ進み、自分から右手を差し出した。
「私から、お尋ねしたいことがあります」
「はい」
「これからも私の隣を選んでくださいますか」
公爵はすぐには私の手を取らなかった。
「触れても?」
「はい」
答えると、ようやく温かな手が私の指を包んだ。
「喜んで。あなたが仕事を選ぶ日も、休む日も、私はあなたの隣を選びます」
それは命令でも、庇護の申し出でもなかった。
私が差し出した選択への、まっすぐな同意だった。
並んで仕立席へ戻ると、椅子の隣にはもう一脚が置かれていた。けれど公爵は勝手に座らず、私を見る。
私は笑って、頷いた。
二人で腰を下ろす。窓から差す夕日の中で、母の裁ち鋏と磨いた針が静かに光った。
針しか持てない女の席はない、と言われた私には今、自分の手で作った席と、自分で選んだ愛がある。
(完)




