三十二着を届ける拠点
荷車の割り当て表を見たまま、私は帰路を引き返した。
侯爵家の旧工房へ運搬を任せるつもりはない。けれど、取り消された一台を奪い返すことに時間を使えば、別の欄を書き換えられるだけだ。
誰が荷車を押さえたかを責めても、三十二着は一歩も王宮へ近づかない。
「三十二着を、一台の荷車と一つの入口へ集めるから押さえられるのです」
新工房へ戻ると、私は衣装箱を置く床を空けた。仕立台の脚を職人たちと持ち上げ、壁際へ寄せる。木箱が床を擦る音に、残っていた者たちの視線が集まった。
「運ぶ順番から組み直します」
王家用の十二着は、六着ずつ二組に分け、そのうち二着を調整用として組の間を行き来させることになっている。だが、仕上げた順に箱へ収めていては、王宮で先に必要な衣装が下になってしまう。
私は組み上がっている衣装を仕立台へ戻し、残る分も含めた三十二着の着る時刻と場所を一着ずつ確かめた。磨いた留め具が灯りを返し、重ねた絹から、糊と新しい布の匂いが立つ。どれも職人たちが指を痛めながら仕上げた衣装だ。運ぶ段取りの失敗で皺をつけるわけにはいかなかった。
最初に必要なのは、支度を助ける者の上着。次が、誓いの品を運ぶ者と裳裾を扱う者の礼装。そのあとに王族の衣装が続く。
同じ組でも、着付け場所が違えば箱を分ける。反対に、着る時刻と部屋が同じなら、仕立てた職人が違っても同じ荷へまとめた。
「箱の番号は、衣装の格ではなく、開ける順番にします」
私は細い布札を切った。最初に開ける箱には一本、次には二本と、端へ糸を縫いつけていく。暗い荷置き場でも、指で本数を数えれば分かる。
「文字を読むために灯りを探す必要もありませんね」
若い職人が布札を指で撫でた。
「ええ。急いでいるときほど、目だけに頼らないほうが確かです」
表には着用者の役目、内側には担当職人の印を付けた。名を大きく書かなくても、自分が直すべき衣装を見失わないためだ。
職人たちにも箱を持ってもらった。
「重すぎる箱はありますか。階段を上がるときに傾きませんか」
一人が六着入りの箱を持ち上げ、二歩進んでから首を横へ振った。
「裾飾りのある二着を一緒にすると、片側へ重さが寄ります。平らな床なら運べますが、階段では危ないです」
「では分けましょう」
箱の数を減らすより、布を崩さず運べることのほうが大切だ。裾を畳み直し、薄紙を挟んで、軽い上着と組み合わせる。別の職人には箱を抱えたまま扉を通ってもらい、角を曲がれる幅も確かめた。
肩が扉枠へ触れた者には、抱える位置を下げてもらう。それでも曲がりにくい箱は、中身を替えた。箱を見て考えるだけでは分からない重さも幅も、実際に運ぶ手は正直に教えてくれる。
荷車も一台には戻さなかった。王宮が普段から使う車、新工房で改めて別に頼んだ車、衣装係が管理する小さな車へ分ける。それぞれに、開ける順番の異なる箱を載せる。
一台が遅れても、最初の着付けがすべて止まることはない。
公爵は手配先を勝手に決めず、私の横で尋ねた。
「どの区間までを工房の職人が運びますか」
「王宮の内門までです。そこから先は、着付けを担当する者が自分の箱を受け取ります」
「受け渡しの場所は一か所でよいですか」
私は床に並んだ箱を見渡した。
一か所では、順番が乱れたときに全員が同じ場所へ集まってしまう。人が詰まれば、箱を置く場所も、蓋を開ける場所もなくなる。
「いいえ。三か所にします」
裳裾と誓いの品を扱う者は祭壇に近い控え室。王族の衣装は奥の衣装室。残る参列者の礼装は広間脇の支度室。
担当職人も三組に分けた。縫った者が最後まで付き添うのではない。袖の直しが得意な者、留め具を素早く確かめられる者、裾の長さをその場で整えられる者を、それぞれ必要な場所へ置く。
「自分が縫った衣装から離れてもよいのですか」
一人が不安そうに尋ねた。
「婚礼の日に必要なのは、誰が縫ったかではなく、誰ならその場で直せるかです。あなたの留め具は速くて確かです。奥の衣装室をお願いします」
名指しされた職人は背筋を伸ばし、短くうなずいた。
私は仮布を三つの部屋に見立て、床へ広げた。職人たちは箱を持って移動し、置き、蓋を開け、衣装を取り出す。
一度目は、二つの箱が同じ通路でぶつかった。避けようとした者の肘が蓋へ当たり、乾いた音が工房に響く。
二度目は、王族の衣装より先に調整用の箱が奥へ入ってしまった。後ろの者が足を止め、たちまち三人が詰まった。
三度目で、誰も立ち止まらなかった。
「もう一度お願いします」
疲れた顔はあったが、嫌だと言う者はいなかった。失敗を責めるためのやり直しではない。本番で失敗しないための一度だと、皆が分かっていた。
最後は私も、針箱だけを持って後ろから歩いた。
一本印の箱が最初の部屋で開く。二本印は奥へ進み、三本印は右の通路へ曲がる。箱を渡した職人は、そのまま別の工程へ入らず、決めた場所で休む。息を整えないまま針を持てば、急ぐ指ほど布を傷つけるからだ。
着付け役が組み上がっている衣装を着て、腕を上げ、座り、数歩歩くところまで確かめた。襟は浮かず、袖は引かれず、裾も隣の衣装と絡まない。
三十二着分の運搬計画に、運ぶ手と、開ける順番と、着せる場所ができた。
「これで運搬と着付けの拠点は完成です」
私が告げると、職人たちから息を吐く音が重なった。張りつめていた空気がほどけ、誰かが小さく笑った。
完成したのは衣装ではなく、届けるための拠点だ。箱を押さえられても、別の箱が進める。入口を一つ塞がれても、三つの着付け場所は止まらない。誰か一人だけが全衣装の行き先を握ることもない。
セルジュから運搬を取り戻したのではない。
私たちは、自分たちの手で三十二着を届けられる拠点を作ったのだ。
その日の午後、布を納めに来た商人が、旧工房の支店について話した。
かつて貴族客が仮縫いを待った部屋には、十二席の客椅子が並んでいる。けれど、継続貴族客が零となった今、その椅子は一席も使われていないという。
支店の家主は賃貸の打ち切りを決めた。契約途中での退去となるため、侯爵家が預けていた保証金、金貨百二十枚は返されない。
十二席の空椅子と、失われる金貨百二十枚。
私が座っていた椅子を片づけたとき、セルジュは、席さえ奪えば私の仕事も消えると思っていたのだろう。
けれど、客が自分で立ち去ったあとの椅子は、誰にも埋められない。
私はその支店を助けたいとは思わなかった。空いた席を見に行きたいとも思わない。私が手を下さなくても、仕立ての悪い工房から客は去り、腕を尊ばない場所から職人は離れる。それは彼らが自分で選んだ結果だ。
「次の箱をこちらへ」
目の前にある仕事へ声をかけると、職人が迷わず応じた。
日が沈むころ、三十二着分の布札と担当の確認を終えた。昼から働き続けたため、工房を出るころには空腹で指先から力が抜けそうだった。外の冷たい空気に触れると、煮炊きの匂いがひどく鮮明に感じられた。
公爵が表戸の前で足を止める。
「今夜も帰路をご一緒してよいでしょうか」
「はい。ただ、その前に何か食べて帰りたいです」
口にしてから、私は少し驚いた。
これまでは仕事に必要な食事を工房で取り、招かれれば同じ卓へ着いただけだった。仕事が終わったあと、誰かと食べたいと自分から望んだことはない。
公爵もすぐに店を決めず、私へ尋ねた。
「何を食べたいですか」
「温かいものを。ですが、堅苦しい席は今日は疲れそうです」
「私も静かな店がいいと思っていました。大通りの店と、川沿いの小さな店なら、どちらがよいでしょう」
私は少し考えた。公爵が私のためだけに希望を引っ込めるのではなく、自分の望みも並べてくれたことがうれしかった。
「川沿いへ行きませんか。焼いたパンと煮込みがある店です」
「ええ。私もそれを選びたいです」
どちらかが招き、もう一方が従うのではない。
私が食べたいと言い、公爵が自分の希望を口にし、二人で同じ店を選んだ。それだけのことなのに、並んで歩き出した胸の内は、帰路を受け入れた昨日より少しだけ温かかった。
川沿いの卓で、公爵は三十二着の予定を尋ねなかった。私も侯爵家の損失を話さなかった。
焼きたてのパンを半分に割ると、香ばしい湯気が上がった。よく煮えた肉と根菜をすくい、熱い煮込みを口へ運ぶ。冷えていた指が、器から伝わる温かさでゆっくりほどけていく。
「おいしいですね」
「はい。ここを選べてよかったです」
公爵の穏やかな声を聞きながら、私はもう一口パンをちぎった。
仕事の外で交わした短い言葉が、針を置いたあとの私にも居場所があるのだと教えてくれる気がした。
翌朝、私が工房で最初の箱を確かめているころ、侯爵家には一通の正式な通知が届いていた。
差出人は、これまで旧工房の支店と仕入れを支えてきた融資元。
王家御用達の喪失に続き、継続貴族客が零となった事実を確認したため、侯爵家に認めている借入枠を再検討する――そう明記されていた。
(第31話へ続く)




