三針を隠さない胴着
夜が明ける前、三通の封書は裁ち台の上に並んでいた。
元の工房から来た三人は、その前に立っている。誰も椅子に座ろうとはしなかった。
「返事は、皆さんが決めてください」
私は一人ずつ顔を見て言った。
「誓うことも、拒むことも、私が命じることではありません。証言してほしいとも言いません」
最初の一人が、封書を裏返した。
「署名しません。夜ごと直していたのが誰か、私は見ています」
二人目は、封を閉じ直した。
「私たちの失敗にするというなら、どの針目が私のものか、皆の前で縫って見せます」
三人目は少し震えていた。それでも封書を両手で持ち、はっきり答えた。
「黙る代わりに守ってもらうくらいなら、私は自分の手で働ける場所を選びます」
明朝最初の鐘が鳴った。
侯爵家の使いは裏口に現れたが、三人はそれぞれ自分の足で封書を返しに行った。署名欄は空白のままだった。
「返事は同じです。見たことを、見なかったとは誓いません」
使いが去っても、私は追わなかった。
セルジュの脅しへ言葉を重ねれば、また別の言葉で塗りつぶされるだろう。けれど、針がどこを通ったかは、布を動かせば分かる。
「今日は練習用の胴着を一着作ります」
私は生成りの丈夫な布を裁ち台へ広げた。
礼装には使えない端布だが、布目はよく見える。縫い代を内側へ隠さず、片側だけ外へ出す形にした。肩と袖ぐりには色の違う糸を使い、三針の位置が離れていても分かるようにする。
新人二人には布目に沿って細布を切ってもらい、元の工房から来た三人には、肩、袖、脇を一か所ずつ任せた。
「私たちが縫ってよいのですか」
「皆さんが選ぶなら。これは私の手だけで正しくなる胴着ではありません」
三人は自分の持ち場についた。
着用役は、王宮の衣装係が引き受けてくれた。私は首回りと胸、背丈を測り、立った姿で仮留めする。
「普段の仕事で、いちばん多い動きを教えてください」
「衣装箱を高い棚へ上げます。それから、床へ膝をついて裳裾を整えます」
「では、その二つを試しましょう。苦しいときは、すぐに止めてください」
最初は肩の一か所だけを留めた。
見た目は整っている。だが、衣装係が両腕を上げると、胴着の裾が指二本分も持ち上がった。膝をつけば、袖ぐりが脇へ食い込む。
「立っているだけなら、きれいなのに」
衣装係が驚いたように言った。
「体は、立ったままではいませんから」
私は肩の糸を抜き、三本の針を持った。
一針目は肩の頂点。二針目は、腕を上げても布目がねじれない位置。三針目は、袖が動くためのゆとりを残す場所。
まず私が片側を留めた。反対側は、三人に同じ順で任せる。
袖を担当した職人の指が、一度止まった。
「昔、夜明け前の仕立場で、この位置に三つの穴が残っているのを見ました。翌朝には姉妹君の仕上げとして納められていました」
「今は、誰の目にも見える糸で留めてください」
「はい」
職人は赤い糸を通した。
胴着を着直した衣装係が、両腕を頭の上まで上げる。裾はほとんど動かなかった。膝をついても袖ぐりは食い込まず、そのまま両手で床の布をすくい上げられた。
「布が、私についてきます」
明るい声が工房に響いた。
次は新人二人にも、三針を一度ずつ抜いて留め直してもらった。肩の頂点を外せば襟が浮き、布目を外せば袖がねじれ、ゆとりを削れば腕が止まる。
失敗しても、糸を抜けばよい。もう一度、着る人に動いてもらえばよい。
二人が正しい位置へ留め直したあと、元の工房から来た三人が縫い代を仕上げた。外へ出した縫い代の端も肌へ当たらないよう細布で包む。
昼の鐘を少し過ぎたころ、練習用の胴着は完成した。
衣装係は棚へ箱を上げる動きを三度繰り返し、最後に床へ膝をついた。襟も裾も乱れない。
「これなら、一日働いても息ができます」
その言葉に、五人の職人が顔を上げた。
三針は私だけの秘密ではない。着る方の動きを見て、正しい順で試せば、誰でも意味を確かめられる。隠さなければ、功績だけを別の名で飾ることも難しくなる。
工房の入口に公爵が立っていた。
けれど、中へは入らない。
「仮縫いを見学してもよろしいでしょうか」
公爵は、まず衣装係へ尋ねた。
「はい。もう仮縫いは終わりましたが、動くところなら」
続いて私へ顔を向ける。
「エレノア、あなたの仕事場へ入っても?」
「どうぞ」
二人の許しを得てから、公爵は仕立台のそばまで来た。
完成した胴着を着た衣装係が腕を上げると、公爵は飾りのない生成りの布を、礼装を見るときより熱心に見た。
「三人を守るために、あなたが代わりに語るのだと思っていました」
「私が語れば、三人はまた誰かの言葉の後ろへ置かれます。自分で返事をし、自分の針目を見せるほうがよいと思いました」
「あなたは腕のよい人を集めるだけではない。その人が自分の腕を信じられる場所を作るのですね」
胸の奥が、縫い上がった布のように温かくなった。
「次の仮縫いにも、立ち会っていただけますか」
今度は私から尋ねた。
「着る方が許してくださるなら、あなたにも見ていてほしいです」
「喜んで」
すぐに返った声に、胸が一度大きく鳴った。
午後、布商が裂けた絹を荷車に載せて工房の前を通った。
侯爵家の旧工房が、布そのものに傷があったとして交換を求めた品だという。だが布商がその場で一枚を引くと、絹は裁ち線に沿って簡単に裂けた。
傷ではない。光の流れる向きと、裁たれた身頃の縦が逆だった。
布目を逆に取った裁ち片は、必要な丈へ戻せない。合わせて金貨六十枚分の絹が、一着にもならないまま荷車へ積まれていた。
布商は交換を断り、旧工房との取引分からも代金を戻さなかった。
私は買い取りも、裁ち直しも申し出なかった。私の裁ち台には、今日仕上がった胴着と、これから縫う婚礼衣装がある。
夕刻、王宮の衣装係がもう一人、裳裾の仮布を抱えて駆け込んできた。
「これを見てください。王太子妃殿下は、まだ一度もお召しになっていません」
私は長い仮布を床へ広げた。
裾には、本来の裁ち印より指四本も上に、赤いしつけ糸が横切っている。
その赤い糸は、王太子妃の承諾を得ないまま裳裾を短くせよという、ミレーヌの指定だった。
(第13話へ続く)




