第九章 交差する刃、赤い閃光
森の木立から、小さな影が飛び出してきた。
赤い髪をポニーテールにまとめた、
薄汚れた革鎧の少女。
手には彼女の身長ほどもある大剣を軽々と携えている。
彼女は太一と魔獣の間に割り込み、大剣を構えた。
「下がってろ! デブ!」
少女が叫ぶと同時に、魔獣が爪を振り下ろす。
彼女はそれを大剣で受け流すこともせず、
半歩踏み込んで斬り上げた。
ギィン!
金属音が鳴り、魔獣の爪が弾かれる。
速すぎた。
太一の目には、少女の剣が赤い線としてしか映らなかった。
(すごい…)
パニック状態の太一でもわかるほどの洗練された剣技。
無駄のない動き。
それはまさに、
彼が持っているはずの剣聖の技量そのものだった。
「はぁっ!」
気合一閃。少女の大剣が銀の弧を描き、
魔獣の首を撫でるように通過した。
魔獣の動きが止まる。
次の瞬間、首から上が地面に転がり落ちた。
「…ふん、雑魚が」
少女は大剣を肩に担ぎ、
荒い息を整えた。
そして、地面に座り込んだままの太一を見下ろす。
その瞳には、軽蔑と呆れ、そして微かな好奇心が混じっていた。
「あんた、何者だ? さっきの火と雷、すごかったぞ。
でも、あたしのほうが速かったな」
太一は口をパクパクさせた。
彼女に話しかけられている。
恐怖と恥ずかしさで言葉が出てこない。
「あ、あ…あ、り、が…」
「なんだ? 喋れないのか? まあいい。助けてやったんだ。礼くらい言えよな?」
少女は太一のジャージをじっと見て、首を傾げた。
「変な格好だな。どこの部族だ?」
「お、俺…厚地…太一…」
やっとの思いで名前を絞り出す。
「アツチ…タイチ? 変な名前。
あたしはリーネ。
借金まみれの雇われ剣士だ」
リーネと名乗った少女は、
太一に手を差し伸べた。
太一はその手を見つめた。
小さく、傷だらけで、節くれだった手。
だが、そこには確かな温もりがあった。
(手…人に触るのなんて、何年ぶりだ?)
彼はおずおずと自分の分厚い手を伸ばした。
汗で湿った手が触れ合う。
リーネは太一の重さに顔をしかめながらも、
彼を引き上げた。
「重っ! お前、何食ってたらそんな体になるんだよ」
「す、すみま…せん…」
太一は視線を落とす。
やはり嫌われる。
醜悪な肉体。
パケットロスする口。
「まあ、デブはデブなりに根性あればいいさ。
で、あんたあの火とか雷、どうやったんだ? 魔術師か?」
「わか…らな…い…」
「わかんないって、自分の力だろ?
…ああ、もしかして記憶喪失か何かか?」
リーネは納得したように頷いた。
「妙な格好と名前といい、
力のコントロールができてないといい、
どっかの馬鹿な貴族が召喚失敗したってとこか」
『……そんな……異世界転移って馬鹿な貴族が
スナック感覚で出来るものなのか?』
リーネの言葉に衝撃を受けた。
「……まあいい一人でここらへん歩くのは危険だ。
あたしも借金返さないといけないし、
丁度仲間を探してたとこだ。
あんたのその無駄に強そうな魔術と、
あたしの剣技があれば、大抵の魔獣は狩れるだろ」
「え…? 仲間…?」
太一は驚いてリーネを見た。
「あ? なんだよ。嫌なのか?
まぁ確かに、借金まみれと組むのは抵抗あるよな」
「い、いえ…! あ、あり…がとう…ございます…」
彼は必死に言葉を紡いだ。
たどたどしく、不器用な感謝。
だが、それは確かに彼の口から発せられた
「他者への言葉」だった。
リーネは「変な奴」と笑い、先へと歩き出した。
太一はその背中を追う。
巨体を揺すりながら、遅い足取りで。
(俺は…旅をするんだ)
彼は知らなかった。
これが本体の太一が仕組んだ実験の序章であることを。
彼はただ、初めて手に入れた
「パーティ」の温もりのために、
一歩を踏み出した。




