第六十六章 空白の玉座、繋がれし絆
迷宮の崩壊が始まった。
太一の力が失われ、遺産の暴走が止まったものの、
迷宮の崩壊は止まらなかった。
「逃げるぞ! リーネ!」
アバター太一はリーネの手を引き、出口へと走った。
「ああ! でも、あの声は…!」
リーネも走りながら、虚空を見上げていた。
あの声の主が、消えてしまうことを感じていたからだ。
崩れかけた玉座の間。
太一の肉体は、もう人間の形を留めていなかった。
光の粒子となって、玉座から舞い上がっていく。
彼は残されたもの達に向けて、最後の言葉を送った。
『ティア、ありがとう。お茶、美味しかったよ』
ティアは消えゆく主の声を聞き、泣き崩れていた。
『ご主人様! 行かないでください!!
もっと美味しいお茶淹れますから! だから……!』
太一は笑った。温かい、人間らしい笑みだった。
彼の視界から、数値が消えていた。
方程式も、最適化も見えない。
ただ、美しい光の粒子が見えるだけだった。
『……お前やリーネに礼を言いたかった。
ありがとうってな』
彼は分身の太一に語りかけた。
『お前が歩いた道は、俺が行きたかった道だ。
お前が守った人たちは、俺が守りたかった人たちだ。
お前は俺のアバターなんかじゃない。俺の…誇りだ』
分身の太一は走りながら、涙を拭った。
「俺は…俺だ! あんたの分も、俺が生きる! 絶対にだ!」
彼の意識が、城のネットワークから次々とログアウトしていく。
維持機能だけを残し、彼自身という「演算者」が消えていく。
『俺のゲームは終わりだ……』
彼の意識が静かに閉じていった。
最期に見えたものは、
青白いモニターの光ではなく、
リーネの笑顔と、ティアの笑顔だった。
光が散った。
崩れ落ちかけた広間の玉座には、
もはや誰も座っていなかった。
ただ、温かいお茶の香りだけが
残されていた。




