第六十ニ章 観測者の答え、理を超えた情
玉座の間で、太一は凍り付いていた。
彼の演算回路が警告音を鳴らしていた。
(見抜いたか……)
アレクシスの視線は、確かにモニター越しにこちらを見ていた。
琥珀色の瞳。そこには同じ異界の住人としての共感と、そして圧倒的な格の違いを見せつける傲慢さがあった。
「姿を現さなくてもいい。声だけでも届くだろう? お前がこの世界に何を望み、何を恐れているのか、俺にはわかる」
アレクシスの声が、魔法のように玉座の間に響いてきた。
「お前は孤独だった。
だから城を作り、壁を作り、分身を作った。
だがそれは逆だ。
孤独を埋めるために他者を求めるなら、
壁など壊せばいい。
なのに壁を作る。それはお前が他者を恐れているからだ」
図星だった。
彼は他者が怖かった。傷つくのが怖かった。だから壁を作った。そして安全な場所から分身にリスクを負わせた。
「お前の分身は今、お前のせいで混乱しているぞ。自分が何者かわからず、自分がただのアバターだと告げられ、崩れ落ちそうだ」
スクリーンの中で、分身の太一が膝をついていた。
「俺は…俺は偽物なのか? 誰かの作った人形なのか?」
彼は震える声で呟いていた。
リーネが彼を支えようとするが、
太一はその手を振り払ってしまった。
「触るな! 俺の中身は…空っぽかもしれないんだ!」
「見ろ。それがお前の作った結果だ」
アレクシスは冷徹に言った。
「お前は自分自身すら愛せないから、分身にも愛情ではなく使命しか与えなかった。だから彼は苦しんでいる」
玉座の間で、太一は静かに目を閉じた。
アレクシスの言葉は、
鋭利な刃として彼の核心を突き刺していた。
動揺、
羞恥、
自己嫌悪。
それらの感情が一瞬で脳内を駆け巡った。
だが、彼はもう逃げなかった。
壁を作り、ノイズとして排除しようともしなかった。
(ああ、その通りだ。俺は臆病者だ)
彼は自分の醜悪な肉塊を見下ろし、自嘲気味に笑った。
(俺は他者が怖くて壁を作った。
リスクを負いたくなくて分身を作った。
俺は最低のクソ野郎だ)
だが、同時に彼は気づいていた。
そのクソ野郎が作った分身は、今、
血を流し、
涙を流し、
必死に生きている。
リーネと出会い、
笑い、
怒り、
誰かのために剣を振るった。
それは決して「空っぽ」ではない。
太一は目を見開いた。もはやそこに迷いはなかった。
「!?ぐぅっ…!」
玉座の間で、太一の肉体に激痛が走った。
彼の視界が乱れる。
迷宮の異界の干渉が、
分身の太一とのリンクを通じて、
彼自身にも及んでいるのだ。
城壁が軋む。
論理都市を構成する数式が、
迷宮からのノイズによって侵食され始めている。
『欠損コード補填』
迷宮からの呼び掛けが、彼の脳内に直接響く。
彼の肉体は城と同化し、人間性を失いかけている。
その「空白」を、異界の理が埋めようとしているのだ。
「ご主人様!」
ティアの声が聞こえた。
太一は目を見開く。
一瞬ブラックアウトしそうになった
視界がクリアになった。
ティアが彼の巨大な腕にしがみついていた。
「しっかりしてください! あたしがここにいます!」
ティアの声。温かさ。
それは、オリジナル太一にとっての
心のアンカーとなった。
(俺は空白じゃない。俺には名前がある。守るものがいる)
太一は演算をフル回転させ、城への侵食を排除した。
「ありがとう、ティア……行け。避難室へ」
「いやです!」
「いいから行け……ここは危険だ」
ティアは涙目で首を振ったが、
ゾルグに命じ彼女を安全な場所へ連れて行かせると、
彼は巨大な演算回路の全てを制御下に置き、
地下迷宮の空間に直接、声を響かせた。




