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『肉塊の玉座と理の王国』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第五十七章 偽りの勇者、凍てつく野望

王都の高台に聳え立つ白亜の屋敷。

その最上階、夜景を見下ろす広間には、三人の影があった。


一人は、窓辺に立ち、

夜風に銀髪を遊ばせているルシアだ。

かつて「氷雪の女王」と畏怖された彼女は、

今はその冷徹な仮面を外し、

室内の男に熱っぽい視線を送っていた。


もう一人は、広間の玉座にふさわしい

肘掛け椅子に深く腰掛けている男だ。


アレクシス。

赤牙の首領にして、異世界より召喚された

「勇者」を名乗る男。

琥珀色の瞳は理知に溢れ、

整った顔立ちは誰もが魅了されるであろう

カリスマ性を放っている。


後ろで束ねられた金色の髪。

琥珀色の瞳は理知に溢れ、

その身には聖職者か王族を思わせる気品が漂っている。

その体躯は細身ながらも

鍛え抜かれた機能美を有していた。

年齢は外見からして二十代半ばといったところだろうか。

太一とそう変わらないか、

あるいは少し下に見える。

だが、纏う空気は圧倒的に老成していた。

彼はワイングラスを優雅に揺らしながら、

静かに語り始めた。


「…順調だ。『理の遺産』の起動テストも、

おおよそ想定通りの結果を出した」


アレクシスの声は低く、

そして甘美だった。それには人を従わせる響きがあった。


「アレクシス様…」


ルシアがすり寄る。

彼女はその豊満な体をアレクシスの腕に絡ませ、

陶酔した表情で彼を見上げた。


「あの異邦人の魔法使いが現れるとは思っていませんでした。でも、彼がいなければ遺産の反応も見れなかった。すべてはあなたの計画通りですわ」


「ああ。彼は『鍵』だ。

この世界の理とは異質な、

我らと同じ匂いを持つ。

だが、彼はまだ自分の力を理解していない」


アレクシスはルシアの顎を指で持ち上げ、

その唇に自身のそれを重ねた。

ルシアは甘い吐息を漏らし、身を委ねる。

かつて騎士団の長だった彼女は、

この男に出会った日から、

その忠誠を騎士道から私情へと変えていた。


「しかし、首領」


広間の隅に控えていたライナーが、

慎重に口を挟んだ。

彼は上位冒険者だが、

ここではただの部下に過ぎない。


「あの異邦人と狂犬のコンビ、予想以上に手強いです。

下水道での実験も、彼らに阻害されました。

それに…ルシア様の『コレクション』も彼らに壊されました」


「ああ、あれね」


ルシアは興味なさそうに呟いた。


「私のコレクションなんて呼ばれ方をしていたけれど、

あれはただの実験体。

アレクシス様の遺産起動のための触媒として集めていたに

過ぎないわ。私が執着するのは、この方だけ」


彼女はアレクシスの胸に頬を寄せた。

亜人の命など、彼女にとってはどうでもいい。

彼女が欲しいのは、

この男の愛と、彼が築く帝国での地位だけだ。


「構わん、ライナー」


アレクシスはグラスをテーブルに置いた。


「下水道での実験は、あくまで遺産の座標特定が目的だ。

達成された。

コレクションの損失も想定内だ。

むしろ、あの異邦人が亜人たちを助けたことで、

彼の特性がより明確になった」


「特性、ですか?」


「そうだ。彼は『同調』する。

異界の理を持つ者同士、共鳴する。

あの亜人たちを助けたのも、

単なる偽善ではない。

彼の中の異界の理が、彼らの魔力回路と反応したんだ。

そして、彼があの亜人たちをどこかへ転送したこと

…それが一番の収穫だ」


アレクシスは立ち上がった。

その身には、聖なる光のような覇気が漂っている。

だがその瞳の奥には、冷酷な野心が燃えていた。


「彼は『道』を開ける。

異界とこの世界を繋ぐ門を。

それができるのは、

俺と彼だけだ。

だが、俺には『器』が必要だ。

理の遺産を制御し、

この世界を書き換えるための巨大な器が」


アレクシスは窓に歩み寄り、王都の夜景を見下ろした。

「この腐った王国など、いつでも壊せる。

だが、壊すだけでは意味がない。

俺は作るんだ。

理と秩序で統べられた、完璧な帝国を。

そのためには、あの異邦人の力が不可欠だ」


「彼をこちらに引き入れればいいのですか?」

ライナーが問う。


「いや、無理だ。あいつには『情』がある。

俺たちのような『力』だけの人間とは違う。

だから、利用する。

彼が無自覚に開いた門を、俺が制御する。

彼は『鍵』、

俺は『王』。

かつて俺が召喚された時、

この世界は俺に救いを求めた。

だが、俺は救いなど与えない。

新たな秩序を与えるだけだ」


アレクシスは振り返り、ルシアに微笑んだ。

それは慈愛に満ちた、

聖者のようにも見える笑みだった。


「ルシア、お前は俺の妃として、

その帝国の頂点に立つ女王と呼ぶだろう」


「アレクシス様…!」


ルシアは感動に打ち震えた。

彼女の愛と忠誠は、もはや盲信に近かった。


「ライナー」

「はっ」

「異邦人と狂犬を監視しろ。彼らが次に動く時、

必ず『理の遺産』に近づく。

その時が、俺たちが門を開く時だ。そして…」


アレクシスは目を細めた。


「王都の北、厄災の迷宮。そこに遺産がある。

彼らをそこへ誘導しろ」


「承知いたしました」


ライナーは頭を下げ、退室した。


広間には、アレクシスとルシアだけが残された。

アレクシスはルシアの腰を抱き寄せ、

彼女の耳元で囁いた。


「もう少しだ。俺の帝国が完成すれば、

この世界の理は全て俺のものになる。

その時、お前は永遠に俺のものだ」


「はい…愛しています、アレクシス様」


二人の影が重なり合う。

窓の外では、王都の灯りが無数に瞬いていた。

だが、その灯りの一つ一つが、

やがて彼の帝国の燃料となろうとしている事を、

まだ誰も知らない。


勇者を名乗る男の野望は、

静かに、しかし確実に、この世界を呑み込もうとしていた。

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