第六章 鈍重な剣、暴走する魔
分身の太一は、ふらふらと見知らぬ森の中を歩いている。
湿地帯を抜け、見知らぬ街道を歩く。
彼の記憶は、
日本の六畳一間で死んだと思った瞬間から、
プツリと途切れていた。
異世界で王として君臨した三年間の記憶は、
綺麗に削除されている。
「……腹、減ったな」
彼は自分の巨体を揺すりながら、ぼやいた。
その時、街道の陰から山賊の一団が現れた。
数は十。
荒くれ者たちが、太一の遅重な体を見て、
下卑た笑い声を上げる。
「おいおい、なんだその体は。
転んで起き上がれねぇんじゃねぇか?」
「その身なりは何だ?妙な生地だな。売れば高いか?」
彼らは太一を囲み、剣や斧を向けた。
太一の心臓が、早鐘を打っ。
(どうしよう、逃げられない。
コミュ障で、運動音痴で、
何もできない俺は一体どうすれば……)
パニックが脳を焼く。
しかし、彼の体は、彼の意志とは無関係に動いた。
最も近い山賊が斧を振り上げた瞬間、
太一の右手が霞んだ。
彼自身、何が起きたのか理解できなかった。
ただ、手にするはずのない
いつの間にか握られていた木の枝が、
空気を切り裂く音を立てただけだった。
「……あ?」
山賊の斧が、真っ二つに割れていた。
いや、山賊の体ごと、斜めに滑らかになっていた。
血が噴き出すまでのコンマ数秒の間。
太一の体は次の行動に移っていた。
「ひっ……モ、モンスターだ!」
山賊たちが恐怖に叫び、一斉に襲い掛かる。
太一は逃げようとした。
足をもつれさせ、無様に転がる。
だが、
山賊たちの刃が太一の身体に刺さろうとする瞬間、
彼の体は、
まるで熟練のダンサーのように――いや、
精密機械のように敵の攻撃を回避し、
その懐に潛り込んだ。
「やめろ! 俺は何も……!」
彼が悲鳴を上げ、無意識に手を突き出すと、
掌から純白の極光が迸った。
それは大魔導士級の破壊光。
街道を焼き払い、
山賊たちを灰も残さず消滅させるほどの暴虐。
ドォォォォォォン!!
爆音と熱波が、太一自身を吹き飛ばした。
「……うぐっ……うぅっ……はぁ、はぁ……な、なんだよこれ……」
泥だらけになり、太一は自分の手を見た。
震えている。
人を殺した感覚に嘔吐感が込み上げる。
オリジナルの太一なら、
山賊の筋肉の繊維ごとに切る角度を計算し、
最小限の力で絶命させたはずだ。
だが、今の彼には「理」が見えない。
与えられた剣聖と大魔導の力は、
彼の恐怖に呼応して暴走し、
制御不能な暴力として表出してしまう。
最弱の精神に、最強のリソース。
そのアンバランスさが、彼を地獄へと突き落としていた。




