第五十四章 観測者の慄き
玉座の間で、太一はスクリーンを見つめていた。
シルヴィアの言葉が響く。
「異質なモノは、いずれ世界に排斥される」
太一は衝撃など受けていなかった。
むしろ、数百年の時を重ねてきた
彼女の洞察力に感服するばかりだった。
彼は知っていた。自分の存在がこの世界のバグであることを。
消されることが自明の理であることを。
転移前の世界でさえ、彼は異質だった。
社会の歯車から外れ、いつか排除されるだろうと予感していた。
だからこそ、
彼女の言葉は痛みを伴わず、ただ真実として響いた。
(俺は…いつか消える。それは当然のことだ)
彼は自分の手を見た。
城壁と同化し、もはや人間の手ではない。
(だが、分身は…生き残れるのか?)
スクリーンの中の分身が、ふと手を止めた。
リーネと笑い合っていたその顔から、
ふと笑みが消え、
どこか遠くを見るような眼差しになった。
まるで、こちらの視線に気づいたかのように。
(……気がついたか)
オリジナルである太一は、
その変化を冷静に捉えた。
理である自分には、
情である分身の内面の揺らぎが手に取るようにわかる。
分身もまたオリジナルの孤独を
その冷徹な消滅の予感を共有しているのだ。
隔絶された二つの魂だが、根底では同じ存在から派生している。
(俺が消えるのは、世界が正常に機能している証拠だ)
淡白な思考が脳裏を過ぎる。
痛みはなかった。
あるのは、雪が溶けていくような静かな消失感だけ。
だが、その消失の波が胸の奥に達した瞬間、
奇妙な熱が脈打った。
スクリーンの中の分身が、
自身の胸元を強く握りしめていた。
リーネが心配そうに彼の名を呼ぶが、
分身の瞳は虚空を見つめている。
二つの魂の間に、見えない共鳴線が引かれた。
(呼んでいるのか……?)
理を全うし、静かに消えゆくはずだった自分に、
情が満ちた分身から強烈な引力が働いている。
拒絶される異質と、
受容される異質。
相反する二つの要素が、
互いに引き合い、ぶつかり合う。
「……面白い」
太一の乾いた唇から、声ともつかない震えが漏れた。
自身の消滅という確定した未来に、
異物が混じり始めたのだ。
情が理を引き止め、理が情を冷静に観測する。
排斥されるべきバグが、
別のバグと融合することで、
世界への執着という新たなコードを書き込もうとしている。
観測者としての慄きは、
やがて静かな興奮へとすり替わっていった。
ただ消えるだけの存在が、
世界の理すら凌駕する可能性を孕んでいる。
(俺たちは……一つになれるのか?)
再び問う。
だが今の問いには、絶望的な自問ではなかった。
未知の結末を自らの手で確かめようとする、
観測者としての意志が宿っていた。




