第五十ニ章 骨の代償、剣の魂
「自分の骨…!?」
リーネが目を見開く。
「冗談じゃねぇぞ!
あんたの骨を使ったら、あんたが死ぬじゃねぇか!」
「竜は再生する。
腕の一本なら数ヶ月で生えてくるさ。
だが、痛いぞ? 」
シルヴィアは立ち上がり、
ゆったりとリーネに近づいた。
「氷牙は私が打った剣だ。
だが長年それを振るってきたのは、
あの小僧だ。剣には魂が宿る。
その魂を継ぐに値するか、見せてもらおう」
彼女は煤けた革のエプロンの紐に手をかけ、
無造作に解いた。
さらり、とエプロンが床に落ちる。
その下の薄い布の
透けた向こう側の肌は雪のように白く、
滑らかな肌だった。
煤の汚れ一つない素肌は、
炉の赤い光を受けて陶器のように艶やかに輝いている。
豊満な胸の曲線と、華奢なほどに引き締めた腰回り。
大人の女の色気と、
年齢を感じさせない少女のような無垢さが、
奇妙な調和を保っていた。
彼女は金床の脇に掛けられていた
一本の古い剣を手に取った。
鞘も柄も風化したその剣を、片手で軽々と提げる。
「私と手合わせだ。ただし、その剣だけで。魔法は使うな」
リーネが大剣を構える。
シルヴィアは切っ先を下げ、
ただ立ち尽くしているだけ。
隙などどこにもない。
むしろ、その佇まい自体が巨大な壁のように感じられた。
「来い」
その言葉と同時に、
リーネが地を蹴った。
速い。
祖父から受け継いだ剣技は、
迷いのない一撃だった。
大剣を振り回すのではなく、
体重と刃の重さを乗せた突き。
氷牙が空気を裂き、シルヴィアの喉元へと迫る。
ガキンッ!
乾いた音が洞窟に響いた。
シルヴィアは身動き一つせず、
手にした古剣でその一撃を受け流しただけだ。
彼女の銀髪が揺れることすらない。
「…いい動きだ。だが、小僧の剣はもっと静かだった」
金色の瞳がリーネを見据える。
光を湛えた縦長の瞳孔が、
リーネの魂を射抜くようだった。
その黄色の瞳は獣のものではなく、
人の理を超えた高次の存在を感じさせる、
美しくも神々しい輝きを放っていた。
「あの小僧は剣で殺すのではなく、
剣で守ると言った。
お前の剣はまだ攻めの気が先に立つ」
シルヴィアの足が動いた。
踏み込むのではなく、滑るように間合いを詰める。
リーネは咄嗟に剣を引いて守りに回る。
大剣による壁、鉄の盾。
祖父が考案した、
最大の防御の型だ。
だが、シルヴィアの剣はその壁を無視して浸透した。
いや、浸透したように見えた。
実際には、最小限の動きで剣筋を変え、
防御の隙間を縫うようにして
切っ先がリーネの首筋で止まっていた。
汗が一筋、リーネの頬を伝い落ちる。
シルヴィアは息一つ乱していなかった。
対するリーネは、肺が焼きつくように喘いでいた。
「守る、か。言葉は軽いぞ」
シルヴィアが冷ややかに告げ、剣を引く。
リーネは牙を剥くように唸り、
再び襲いかかった。
大剣を振り回すのではなく、
柄の頭で打ち、
切っ先で薙ぎ、
平らな刃で受ける。
祖父から教わった全ての技を織り交ぜた乱舞。
一撃一撃が重く、
並みの剣士ならば防御ごと叩き潰されていただろう。
だが、シルヴィアはその全てを紙一重でかわし、
あるいは最小の動きでいなした。
彼女の表情には余裕すら浮かんでいる。
格が違った。
数百年を生きる竜人の武は、
人間のそれを遥かに超越していた。
彼女の剣は、
技を超えて理に達していた。




