第四十一章 砕かれし氷剣と温もりの剣
ルシアの周囲に漂う絶対零度の魔力が、可視化できるほどの白い渦となって渦巻く。
会場の床は完全に凍結し、壁には氷の結晶が張り付いていた。息をするだけで肺が凍りつきそうな極寒の空間。
「よくもまあ、そこまで無様に足掻けるものだ」
ルシアは優雅にドレスの裾を払い、冷たい笑みを浮かべた。
「だが、所詮は獣と異邦人の寄せ集め。私の『絶対零度の舞踏会』の中で、
どれだけ耐えられるかしら?」
彼女が手を振るうと、空中に浮かぶ無数の氷剣が一斉に太一とリーネに向けて射出された。
「リーネ! 下がれ!」
太一は杖を突き出し、全力で熱障壁を展開する。
「炎よ! 盾となれ!」
轟音と共に炎の壁が氷剣を受け止める。しかし、次々と降り注ぐ氷の槍が炎を凍らせ、蒸気となって消えていく。
「くっ…! 俺の火力じゃ押し負ける…!」
太一の額に汗が滲む。
「タイチ、無理すんな! お前は後ろから援護しろ!」
リーネが叫び、冷気をものともせずにルシアへと突っ込む。
「愚かね」
ルシアが床に手を触れると、リーネの足元から巨大な氷柱が突き出した。
「うわっ!」
リーネは間一髪でかわすが、体勢を崩した。その隙にルシアが間合いを詰める。
ガギンッ!
リーネの大剣とルシアの氷剣が交錯する。
「その剣、もう限界でしょう?」
「うるせぇ! 限界でも何でも、てめぇをぶった斬るまでは
折れねぇんだよ!」
リーネは力任せに押し返し、回転斬りを放つ。
しかし、ルシアはそれを氷の鏡のような盾で受け流し、逆にリーネの懐へと潛り込んだ。
「もらった」
ルシアの手がリーネの腹部に触れる。
「氷結の抱擁」
触れた部分から、リーネの防具が瞬時に凍りつき、
皮膚が裂けるような冷気が体内に侵入する。
「ぐぁぁっ!」
リーネが苦痛の叫びを上げて後退する。腹部が霜に覆われ、動きが鈍った。
「リーネ!」
太一が氷の矢の嵐をかいくぐり、リーネの元へ駆け寄る。
「ダメだ…寒すぎて指が動かねぇ…」
リーネの唇は紫色に変わり、大剣を持つ手が震えている。
「温める! 少しだけ耐えてくれ!」
太一はリーネの肩に手を置き、体内の魔力を直接熱に変換して送り込む。彼の手から温かな光が広がり、リーネの体を包み込んだ。
「あたたけぇ…」
リーネの顔に少しだけ血の気が戻る。
「随分と仲がよろしいこと」
ルシアは二人を見下ろしながら、嘲笑を浮かべた。
「だが、そんな見せかけの絆ごっこで、私に勝てると思っているのか?」
彼女は両手を広げ、会場全体の氷の魔力を一箇所に収束させ始めた。
「これで終わりにしてあげる。私の最高傑作、『氷槍の天蓋』」
会場の天井に、巨大な氷の槍が無数に生成される。それが一斉に二人に向けて落下を始めた。
「タイチ!」
「わかってる!」
太一はリーネを抱きかかえるように立ち上がり、杖を天に向けて突き出した。
「衝撃波、最大展開!!」
ドォォン!!
彼の手から放たれた衝撃が、落下してくる氷槍を叩き砕く。
しかし、数が多すぎる。
砕けた破片が二人を切り裂き、太一のローブが血に染まった。
「くっ…! リーネ、今のうちに…!」
「ああ! 頼むぜ、相棒!」
リーネは太一の巨体に守られながら、ルシアへの突撃を再開した。
氷の破片が頬を切り裂き、足元の凍った床が彼女を転ばせようとする。
だが、彼女は止まらない。
太一が彼女の背中を押し、太一の温もりが彼女の体を突き動かしていた。
「うおおぉぉっ!!」
リーネが咆哮と共に大剣を振り上げる。
「無駄よ!」
ルシアは氷の盾を再び展開する。
「今度こそ砕く!」
リーネの大剣に、太一の魔力が遠隔で注ぎ込まれる。
彼が編み出した「情」の魔法。
それは剣の切れ味を増幅し、
氷の防御を貫く力を大剣に与えていた。
大剣が氷の盾に激突した瞬間、
刃こぼれした刀身から眩い光が迸った。
「なっ…!?」
ルシアの顔が初めて驚愕に歪む。
ガラスが砕けるような音と共に、氷の盾が粉々に砕け散った。
「これでぇぇっ!!」
リーネの大剣が、盾を失ったルシアに迫る。
「くっ…!」
ルシアはとっさに氷剣で受け止めようとしたが、
太一の魔力が込められた一撃は、その氷剣すらも粉砕した。
ドォン!!
衝撃波が会場全体を揺るがす。
ルシアの体が吹き飛ばされ、壁に激突した。
純白のドレスは破れ、銀の髪が乱れる。
彼女の口元からは一筋の血が流れていた。
「ば、かな…私が…この私が…」
彼女は壁にもたれながら、
信じられないものを見るような目でリーネを見つめた。
「お前のような…獣に…」
リーネは肩で息をしながら、砕けた大剣の切っ先をルシアに向けた。
「あたしは獣じゃない。………タイチの相棒だ」
彼女の大剣は、今まさに限界を迎えようとしていた。
刀身の曇りは全体に広がり、いつ砕けてもおかしくない。
だが、彼女の目には確かな勝利の光があった。
一方、太一は水槽のガラスを魔法で砕き、
中の亜人たちを解放していた。
「早く逃げろ! 俺たちに続け!」
亜人たちは恐怖に震えながらも、
太一の指示に従って動き出す。
「覚えてなさい…リーネ…」
ルシアは壁に手をつき、
最後の魔力を振り絞って氷の霧を発生させた。
「この屈辱、必ず晴らしてやる…」
霧が晴れた時、そこに彼女の姿はなかった。
「逃がしたか…」
リーネは膝をついた。緊張の糸が切れ、大剣がガシャリと床に落ちる。
「リーネ!」
太一が駆け寄り、彼女を抱きかかえた。
「大丈夫か!? 傷は!?」
「…へへっ、へーきへーき。ちょっと寒かっただけだ」
彼女は青ざめた顔で笑った。
「それより、あいつらは?」




