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『肉塊の玉座と理の王国』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第四十章 決闘の火蓋、狂犬と氷雪

リーネは瓦礫を飛び越え、水槽へと向かった。


「待ちなさい!」


冷徹な声が響いた。

氷の槍が次々と生成され、

リーネの進路を塞ぐように降り注ぐ。


「くっ!」


リーネが大剣で槍を弾くが、その重さに手首がしびれる。

現れたのは、純白のドレスに身を包んだ一人の女性だった。


彼女の姿は、この血生臭い会場において、

あまりにも異質で、あまりにも美しかった。


腰まで流れる銀糸の髪は、硝子の細工のように滑らかで、

会場のシャンデリアの光を浴びて冷たく輝いている。

その顔立ちは、氷の彫刻のように整い、

陶磁器のような白い肌には一切の瑕疵がない。

切れ長の瞳は紫水晶(アメジスト)のように深く、

その奥には感情の温度を感じさせない絶対零度の光を宿していた。

豊満な肢体を包む純白のドレスは、彼女の腰の細さと胸の膨らみを強調しつつも、その裾には氷の結晶を模した繊細な刺繍が施され、まさに「女王」にふさわしい威厳を放っている。


彼女の名はルシア。

かつて王国騎士団において、最年少で「銀翼の騎士団長」に就任し、数多の大規模魔獣の討伐において指揮を執り、被害を最小限に抑え続けた不敗の英雄。

規律と秩序の化身として国民の憧れでありながら、三年前に突如として騎士団を辞し、冒険者へと転身した『氷雪の女王』。

その圧倒的な実力と貴族的な美しさは、王都において誰もが知る伝説となっている。


だが今、その伝説の女は、非人道的なオークションの主催者として、冷酷な笑みを浮かべて立っていた。


「また会ったわね、リーネ。そしてその野蛮な振る舞いも変わらない」


ルシアの瞳には、かつての戦友に対する情など微塵もなく、ただ軽蔑と冷酷な決意だけが宿っていた。


「お前が主催者か、ルシア!」


リーネが剣先を彼女に向ける。


「これはビジネスよ。

あなたのような感情で動く獣には理解できないかもしれないけれど」


「黙れ! 人をモノ扱いして何がビジネスだ!」


ルシアは優雅な手つきでドレスの裾を払い、

片手を掲げた。


「お前はいつもそう。私の完璧な計画を台無しにする。かつては私の部下だったのに、その血で汚した。今日こそ、その野蛮な牙をへし折ってあげる」


周囲の温度が急激に下がる。

床に霜が広がり、

彼女の周囲に無数の氷の剣が浮かび上がった。

それは騎士団長時代に敵軍を凍結させたと言われる、

彼女の代名詞たる絶対防御かつ絶対殺傷の魔法陣だった。


「来い、狂犬。私の『氷雪』で永久に眠らせてあげる」


「望むところだ、氷女! あたしの大剣で、そのツラを砕いてやる!」


リーネが地面を蹴った。


一騎打ちの始まりだ。


リーネの大剣が唸りを上げて振り下ろされる。

だが、その動きには以前のような切れ味がなかった。

ボロボロの大剣「氷牙」は、

ルシアの氷剣を受け止めるたびに悲鳴を上げ、刃こぼれしていく。


ガキンッ!

金属音が響き、リーネの手に激しい衝撃が走る。


「くっ、重い!」

「その剣、もう限界でしょう? かつてのソードマスターの形見も、あなたのような乱暴者にはもったいない」


ルシアは優雅にステップを踏み、

まるで舞踏会で踊るかのような滑らかな動きで

氷剣の連撃を繰り出す。


突き、斬り上げ、回転斬り。

その一つ一つが速く、重く、そして極めて正確だ。

かつて騎士団長として戦場を支配した完璧な剣術が、

今は一人の少女を追い詰めるために使われている。


リーネは必死に防ぐので精一杯だった。


「くそっ、ちょこまかと!」


彼女は力任せに大剣を振るい、ルシアを押し返そうとする。

だが、ルシアはそれを予測して軽やかにバックステップでかわす。


「単調すぎる! 怒りに任せた力任せの攻撃! それがあなたの「狂犬」と呼ばれる所以よ!」


ルシアが氷剣を投射する。

避けきれず、リーネの肩に浅い傷が走った。


「がはっ…!」


血が飛ぶ。

リーネは膝をつきそうになるが、

大剣を杖代わりにして踏みとどまった。


「まだだ…まだ終わらねぇ!」


彼女は荒い息を吐きながら、ルシアを睨みつけた。


「お前は…お前はあいつらの命を何だと思ってる!

人間じゃねぇのかよ!」


「人間じゃ無いわ、だからこそ管理するのよ。

獣は鎖に繋がれるべきだもの」


その言葉が、リーネの逆鱗に触れた。


「あいつらは獣なんかじゃねぇ!!」


リーネが咆哮し、全身の力を大剣に込めた。


「うおおぉぉっ!!」


渾身の一撃。床の石畳を砕きながら、

大剣が弧を描いてルシアに迫る。


「甘い!」


ルシアは氷の盾を展開した。

ドォォン!!

大剣が盾に激突する。亀裂が走る。だが、盾は砕けなかった。


反動でリーネが大きく隙を晒す。


「終わりよ」


ルシアの紫水晶の瞳が冷たく光った。

彼女は氷剣を突き出した。

その切っ先は、リーネの心臓を正確に狙っていた。


(死ぬ…!)


リーネの脳裏に過去のフラッシュバックが走る。

暴走して死んだ仲間たち。爺ちゃんの死。


(あたしは…またダメなのかよ…)

彼女の目から涙がこぼれた。


その時。

「動くな!!」

太一の叫び声が響いた。


ルシアの突き出された腕に、

見えない衝撃が直撃した。

ドォン!

腕が弾かれ、突きの軌道が逸れる。

氷剣はリーネの頬を掠め、背後の壁を貫いた。


太一は私兵たちを突破し、杖を構えていた。


「リーネ! 立て! 俺たちは負けてない!」


リーネは驚いて太一を見た。

彼の顔は汗と煤で汚れていたが、その目は真っ直ぐだった。


「お前は狂犬じゃない。俺の相棒だ! 俺が証明する!」


その言葉が、リーネの中で何かを弾けさせた。


(あたしは独りじゃない。あたしの背中には、あいつがいる)


リーネは涙を拭い、大剣を握り直した。

刃こぼれし、曇った大剣。だが、その柄はまだ温かい。


「ああ、そうだな。あたしには相棒がいるんだ」


リーネはルシアを睨みつけた。その瞳にはもう迷いはない。


「来い、ルシア。あたしの正体は狂犬でも、敗犬でもねぇ。タイチの相棒だ!」


ルシアは不快そうに美しい眉をひそめた。


「邪魔が入ったわね。だが、二人同時に相手をするだけよ」


彼女は両手を広げ、会場全体を凍らせんばかりの絶対零度の領域を展開し始めた。

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