第三十九章 偽りの舞踏会、隠された真実
王都での日々は、借金返済という明確な目標と、
太一という相棒の存在によって、
リーネにとって以前よりもずっと意味のあるものになっていた。
ある日、ギルドの掲示板に、ある依頼が貼り出された。
『今宵、王都の公爵家で開催される舞踏会の警護』
報酬は金貨十枚。依頼主は王都の名門、ラグナロック公爵家。
「金貨十枚だと!? ふざけた額だぜ」
リーネが目を輝かせた。これなら借金の五分の一が一気に消える。
「でもよ、高すぎるだろ。ただの警護でこんな額…」
「貴族様のパーティーだろ?
あんな面倒臭え連中の警護は、
冒険者にとっちゃ割に合わねぇからな。
誰もやりたがらねぇんだよ」
太一は渋い顔をした。
彼は貴族社会の空気が、想像するだに苦手だったし、
何より自分のような巨体が煌びやかな会場で
浮き上がるのは目に見えていたからだ。
「でも、リーネが行くなら俺も行くよ。
お前一人じゃ心配だ」
「へへっ、頼りになるじゃねぇか! じゃあ、決まりだ!」
依頼主の指示により、二人はその日の夕刻、
王都の高台にある白亜の屋敷へと向かった。
門をくぐると、そこは別世界だった。
手入れされた庭園、噴水、馬車から降り立つ
ドレスやタキシードに身を包んだ貴族たち。
空気には高級な香水とワインの匂いが充満している。
リーネは大剣を背負ったまま、
居心地の悪そうな顔で立っていた。
太一もまた、黒いローブに身を包んでいるが、
その巨体はやはり浮いていた。
「お前たちが警護の冒険者か? 装備はそのままで構わんが、目立つなよ。あくまで影のように動け」
執事と思われる男が冷たく言い放ち、
二人を会場の隅へと配置した。
会場は豪華絢爛だった。
シャンデリアの光、奏でられる音楽、笑い合う貴族たち。
太一は壁の花になり、
リーネは大剣を抱え、不機嫌そうに壁にもたれていた。
「なあ、タイチ。なんか変だぜ」
リーネが小声で囁いた。
「ああ。警護するべき主人の姿が見えない。
それに、客の数に対して、使用人の数が少なすぎる」
太一も違和感を感じていた。
これだけの規模のパーティなら、
もっと多くの人手が必要なはずだ。
さらに、会場の奥、特別に装飾された大扉が時折開閉し、
その度に冷たい空気が流れ込んでくる。
その扉の向こうから、微かな、しかし聞き覚えのある
「鎖の音」がした気がした。
しばらくして、音楽が止んだ。
司会役の男が壇上に上がり、声を張り上げた。
「皆様方、お待たせいたしました。
今宵のメインイベントの開始です!」
客たちの歓声が上がる。
その目には、獲物を前にした狩人の光が宿っていた。
大扉がゆっくりと開かれた。
そこにあったのは、
ダンスフロアでも、
特別ステージでもなかった。
そこには、巨大なガラスの水槽と檻が鎮座していた。
そしてその中には……
太一の息が止まった。
水槽の中には、数人の亜人が閉じ込められていた。
エルフの少女、獣人の女性、有翼族の青年。
彼らは首に魔力の首輪をつけられ、
恐怖に震えながら、
ガラスの向こうの貴族たちを見つめている。
「さあ、皆様! 今宵も最高級の『商品』をご用意しました! 一つ目、純血のエルフの美少女! 競り開始!」
司会役の声と共に、貴族たちが次々とプラカードを挙げ、値を釣り上げていく。
それはパーティなどではなかった。
「違法亜人オークション」だったのだ。
「う、嘘だろ……」
太一は呆然とした。
「警護」の依頼は罠だった。
彼らはこの非人道的な行為の「盾」として、あるいは「共犯者」として利用されたのだ。
水槽の中のエルフの少女と目が合った。
その目には、「助けて」という言葉ではなく、
ただ絶望的な諦めだけが浮かんでいた。
リーネの大剣が、カチリと鳴った。
「リーネ…?」
太一が振り返ると、リーネの顔は怒りで歪んでいた。
だが、その瞳の奥には深い悲しみがあった。
「…あたしは、あたしのせいで死んだ連中の顔を忘れたことはねぇ。
でもよ…生きたままモノ扱いされるのは、それ以上の地獄だ」
彼女の声は低く震えていた。
「タイチ、あたしはあいつらを助ける。邪魔する奴は斬る」
「リーネ! 待て! 相手は貴族とその私兵だぞ!
ここで剣を抜けば、俺たちも犯罪者だ!
それに借金も……!」
「うるせぇ!!」
リーネが吠えた。
「借金なんか知るか! あたしは人を斬るために剣を振るってるんじゃねぇ! 人を守るために剣を握ってるんだ!!」
彼女が大剣を抜き放ち、ダッシュした。
「おい、そこの野郎ども!! その首輪を外せ!!」
リーネの怒声が会場に響き渡った。
貴族たちが悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「何をしている! 警護をさっさとやれ!」
司会役が叫ぶと、
会場の影から多数の武装した私兵が飛び出してきた。
太一は覚悟を決めた。
リーネが飛び出した以上、
彼女を止めることはできない。
そして、彼自身の心の中でも、
この非道を見過ごすことなどできなかった。
「リーネ! 足止めは俺がやる!
お前はあいつらを助けろ!」
太一が叫び、杖を突き出す。
「散れ! 衝撃波!」
放たれた衝撃が、リーネに迫る私兵たちを吹き飛ばした。




