第三十七章 下水道の影、紅き牙の予兆
金貨五十枚の借金。
それはリーネにとって重い鎖だったが、
二人にとっては明確な目標だった。
翌日、彼らはギルドの依頼掲示板の前で、
割りの良い依頼を探していた。
「これだ。地下水路の巨大ネズミ退治。報酬金貨一枚。数さえこなせば、借金も減っていく」
リーネが指差した依頼は、地味だが需要はある。
王都の下水道は魔獣の温床であり、定期的な駆除が必要だった。
「ネズミか…俺、昔ゲームでもネズミは苦手だったな」
太一は顔をしかめた。不潔で、素早く、群れで襲ってくる。だが、彼は覚悟を決めた。
「やるしかないな」
地下水路は、王都の光が届かない場所だった。湿気と腐敗臭が鼻をつき、足元の水は粘ついている。
リーネが松明を掲げ、太一が杖を構えて進む。
「気をつけろ、タイチ。ここのネズミは凶暴だ。群れで襲ってくる」
彼女の警告通り、暗闇の奥から赤い目が無数に光った。
「来るぞ!」
巨大なネズミの群れ。犬ほどの大きさがある。鋭い牙を剥き、一斉に襲いかかってくる。
「うわっ! きもい!」
太一は悲鳴を上げながらも、杖を振った。
「散れ! 衝撃波!」
放たれた衝撃がネズミの先頭を吹き飛ばす。
しかし、後ろから次々と湧き出してくる。
「数が多すぎる! 焼け! タイチ!」
「無理だ! ここは狹い! 範囲攻撃したら天井が崩れる!」
太一は即座に判断した。
ゲームと同じだ。閉所での範囲攻撃は自殺行為だ。
「じゃあ、突き抜けろ! 道を開くから!」
リーネが大剣を振るい、ネズミの群れを切り裂いて進む。太一はその背中を守りながら、近づくネズミを最小限の雷撃で逐一仕留めていく。
「右! 三時の方向から二匹!」
「左の壁に張ってるのが一匹!」
二人の連携は完璧だった。
リーネが前線を切り開き、太一が後方と側面を守る。
かつての「ゲーミング軍師」と「剣士」の役割だ。
だが、奥に進むにつれ、違和感が増した。
(ネズミの行動が…おかしい)
太一は眉をひそめた。
ただの獣なら、仲間が死ねば逃げるはずだ。
だが、このネズミたちは退かない。
むしろ、何かに誘導されているかのように、
一直線に襲ってくる。
そして、彼らが辿り着いた広場。
そこには、ネズミたちの「飼い主」がいた。
「ヒヒッ…強ぇな、お二人さん」
広場の中央に、黒いローブを被った人物が立っていた。
顔は仮面で隠されているが、
その手にはネズミを操るための笛が握られている。
「ただのネズミ退治じゃねぇのかよ…」
リーネが剣を構える。
「おや、ギルドの依頼は『ネズミの駆除』でしたよね?
こいつらは私の可愛いペットですよ」
男は笛を指で弄んだ。
「『赤牙』の依頼でね。
王都の下水に何があるか探らせてたんですよ。
そしたら、こんな強い冒険者が来るとは。
…そこの魔法使いさん」
男の仮面の下の視線が、太一に向けられた。
「あの制御精度。ただの素人じゃない。我々の邪魔をするなら、ここで消えてもらいますよ」
男が笛を吹くと、ネズミたちが一斉に凶暴化し、
さらに奥から巨大な影が現れた。
ネズミの王。熊ほどの巨体を持つ、変異種だ。
「タイチ! 来るぞ!」
「わかってる!」
太一の心臓が早鐘を打つ。
しかし、彼はもう逃げなかった。
(お前のペットごときが、俺たちの邪魔をするな)
彼の中で、冷たい炎が燃え上がった。
それはかつての「ゲーミング軍師」の冷徹さだった。
「リーネ! 奴の笛を狙え! ネズミの指揮はあの笛だ!」
「了解!」
リーネが地面を蹴る。
巨大ネズミが彼女に襲いかかるが、
太一の雷撃がその足止めをする。
「動くな! 麻痺しろ!」
正確無比な電流が、巨大ネズミの神経を焼く。
リーネがローブの男の懐に潛り込む。
「もらったぁっ!」
大剣が閃き、男の笛と、その腕を切り飛ばした。
「ぎゃああああっ!」
男が倒れ込む。
指揮を失ったネズミたちは、
蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
巨大ネズミもまた、徘徊するだけの獣に戻り、
太一の魔術とリーネの剣で容易く討ち取られた。
「…ふぅ。なんだったんだ、ありゃ」
リーネが血振るいをして剣を納めた。
太一は倒れた男に近づいた。男は腕を押さえて呻いている。
「お前ら…『赤牙』か? 何を探してた?」
男は痛みに顔を歪めながらも、ニヤリと笑った。
「お前こそ…何者だ? その力…ただの冒険者じゃないだろ…我々が探してる『鍵』に近い…」
「鍵?」
「王都の地下にある…『理の遺産』…」
その言葉に、太一の背筋が凍った。
(理の遺産? 俺の…力と関係あるのか?)
だが、男はそれ以上語らなかった。
口から泡を吹き、痙攣して動かなくなった。
自害用の毒を飲んだのだ。
「クソッ、口封じか」
リーネが舌打ちした。
「赤牙…まだこんなところに潛んでやがったか。
タイチ、この依頼、ただのネズミ退治じゃねぇぞ。
何か裏がある」
太一は頷いた。
「ああ。でも…報酬はもらうぞ。ネズミは退治したんだからな」
彼は男の死体から、赤牙の紋章が入った指輪を剥ぎ取った。それは証拠になる。
二人は下水を出て、夕日を浴びた。
「理の遺産か…」
太一は呟いた。
自分の過去や正体に迫る手掛かりかもしれない。
それと同時に、危険な匂いも感じていた。




