第三十六章 救命の代償、感謝の鎖
王都のギルドで彼らが選んだ依頼は、
地下遺跡からの魔物駆除だった。
危険度は高くとも報酬は金貨1枚。
地下遺跡は湿気とカビの臭いが充満し、
太一の巨体には辛い場所だった。
しかし、リーネが先導し、
太一が後方から魔術で支援する連携は、
もはや息をするように自然だった。
「前方、右の壁に反応あり。魔物の巣だ」
「了解! 焼いちまえ!」
太一の雷撃が壁を砕き、
飛び出してきた巨大蜘蛛の群れをリーネの剣が薙ぎ払う。
激戦の末、彼らは最深部で魔物の母体を討ち取り、
依頼達成の証である魔晶石を手に入れた。
地上に出た時、夕日が眩しかった。
「へへっ、楽勝だな、タイチ」
「ああ…でも疲れた。腹が減った……」
「わかってるって。今日は焼肉だ!」
二人が笑い合いながらギルドへ戻ると、
受付カウンターの前に一人の少女が立っていた。
十歳くらいの少女。粗末な服を着ているが、
その目は活気に満ちていた。手には花束を持っている。
その少女が、リーネの顔を見るなり駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん!」
リーネが固まった。
「…エマ?」
「お姉ちゃんだ! お母さん! お姉ちゃんだよ!」
少女の声に、
近くの露店で果物を売っていた女性が振り返った。
女性は手を止め、リーネを見て涙を浮かべた。
「リーネさんが来てるって聞いたから……」
リーネは後ずさりした。
その顔には喜びよりも恐怖が浮かんでいる。
「ミラさん…エマ…どうしてここに…」
「王都に出てきたんです。村が再建されても、
やっぱり商売をするならこちらがいいって。
この子がどうしてもお礼が言いたいって」
少女――エマが、リーネに花束を差し出した。
「お姉ちゃんのおかげで、エマは助かったの。
あの時、お姉ちゃんが来てくれなかったら、
エマはお父さんやお母さんと一緒に魔獣に食べられてたの」
リーネの手が震えている。花束を受け取れない。
「あたしは…あたしは…」
彼女の脳裏に蘇るのは、
1年前の惨劇だ。
依頼無視して突っ込み、仲間を巻き込み、
血塗れになった自分。
「お礼なんて…あたしは狂犬だよ。仲間を殺した女だよ…」
エマはキョトンとした顔で首を傾げた。
「お姉ちゃんはエマの命の恩人だよ?
どうしてお礼言っちゃダメなの?」
ミラが近づいてきて、リーネの震える手を取った。
「リーネさん。あの時のことは…私たちは決して忘れません。
貴方が無茶をしてくれたから、
私とこの子は生き残れた。
私たちは貴方に心より感謝しています」
リーネの目から涙が溢れた。
「でも…あたしは…」
「リーネ」
太一が一歩前に出た。彼は優しく、しかし力強くリーネの肩に手を置いた。
「お前は狂犬なんかじゃない。
エマちゃんやミラさんが言う通りだ。
ちゃんとした理由があってお前は暴走と言われても、
武器を持たない村人の命を救ったんだ」
「でも仲間は死んだ! あたしのせいで!」
「過ちは消せない。でも、救った命も消せない。
お前が暴走したからこそ、彼女たちは今ここにいる」
太一の言葉は、彼自身への言葉でもあった。
自分はバグった存在だ。
制御不能な力を持っている。
でも、その力でリーネを救い、ルナを救った。
それもまた事実だ。
「お前は傷ついてる。過去の罪に囚われてる。
でも、その傷こそが、お前が命と向き合ってきた証だ」
太一はリーネの手を取り、エマの花束を受け取らせた。
「受け取れよ。それがお前にとって重いなら、
俺が半分持つから」
リーネは花束を抱きしめた。白い花びらに涙が落ちる。
「…うん。ありがとう。エマちゃん、ミラさん」
エマが満面の笑みでリーネに抱きついた。
「お姉ちゃん! 大好き!」
ミラも涙を拭って微笑んだ。
「いつでも遊びに来てくださいね」
二人の親子が去った後、リーネは花束を見つめたまま動かなかった。
「タイチ…」
「ん?」
「…半分持ってくれるって言ったよな?」
「ああ」
「重いぞ? すっごく重いぞ?」
「俺の体なら百キロくらい平気だろ」
太一は冗談めかして言った。
リーネはクスッと笑い、涙を拭って前を向いた。
「行くか。報酬受け取って、焼肉食いに行こうぜ」
「ああ。一番高いやつな」




