第三十五章 観測者の勘定
玉座の間で、
オリジナル太一はリーネの借金という事実に直面していた。
金貨五十枚。
彼の城の金庫には、
金貨50枚など毛ほどにも思わない額が
眠っている。
彼が指先一つ動かせば、
即座に送金し、
彼女の借金を帳消しにすることも可能だ。
(だが、それをしてはいけない)
彼は冷静に判断した。
もし突然借金が消えれば、
リーネは疑うだろう。
そして、自分の背負ってきた罪が、
誰かの手で軽く消されたことに、
彼女はプライドを傷つけるかもしれない。
彼女は「自分の力で」完済したかったはずだ。
それに、分身の太一が「一緒に返す」と言ったことで、二人の絆はより強固になった。
ここで本体が介入すれば、
その絆の価値を貶めることになる。
(金貨五十枚。彼らにとっては高い壁だが、
登る価値のある壁だ)
太一はスクリーンの中の二人を見つめた。
彼らは今、依頼掲示板の前に立っている。
指を絡ませ合うわけではない。
ただ肩を並べ、同じ方向を見ている。
しかし、その姿はどんな恋人たちよりも
深く結びついて見えた。
(俺は…何かできるのか?)
彼は自問する。
金銭的な支援はできない。
物理的な介入もリスクが高い。
だが、彼には「理の眼」がある。
情報の支配者としての力がある。
例えば、
彼らが選んだ依頼の背後にある「真実」を知らせること。
あるいは、彼らが直面する敵の「弱点」を、
分身の無意識下にヒントとして落とすこと。
太一は静かに演算を開始した。
王都で起こっているイベント、
依頼の裏にある勢力の思惑、
そして「赤牙」の動き。
(俺のゲームはまだ続く。だが、
それは俺一人のゲームじゃない)
彼はスクリーンに向かって、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「行け、俺の分身。その借金も、過去も、全部ひっくり返してやれ」




