第三十四章 分割払いの鎖、砕けぬ絆
一触即発の空気がギルド内を支配したその時、
「そこまでだ!!」
甲高い笛の音と共に、
ギルドの受付カウンターから数人の職員が飛び出してきた。
先頭に立つのは、恰幅のいい女性受付長だった。
「私闘は禁止です! 剣を納めなさい! それともギルドの規約を破って、資格剥奪されたいのですか!?」
ライナーは舌打ちをし、切っ先を下ろした。
しかし、その視線は相変わらずリーネを射抜いていた。
「チッ…まあいい、どうせここでお前らを叩きのめしても、
金にはならねぇしな」
「金…?」
太一はその言葉に引っかかりを覚えた。
ライナーはニヤリと笑い、
受付長に向かって指を鳴らした。
「なぁ、お嬢さん。こいつの賠償金の残金、
いくらだっけ?」
受付長は渋い顔で台帳を開いた。
「…リーネ様の残債は、金貨五十枚。
現在、依頼報酬から毎月分割で天引きされています」
「金貨五十枚か。随分とマイナス人生だな、おい」
ライナーの言葉に、
周囲の冒険者たちから再び嘲笑が漏れる。
太一は呆然とした。金貨五十枚。
それは庶民が数年間遊んで暮らせる額だ。
リーネは、あのボロボロの装備で、
毎日スープと乾いたパンだけで生きていた。
それなのに、その大半を借金返済に充てていたのか。
(俺と出会ってからも、宿代を出し惜しみせず、
俺の服まで買ってくれた…その金は…)
「その借金が完済されるまでは、
お前はギルドの『奴隷』みたいなもんだろ?
いつクビになってもおかしくねぇ。
デブ、お前もいい迷惑だぜ。
こいつと組めば、報酬の半分は借金に消えるんだからな」
ライナーはそれだけ言うと、
仲間たちを連れて去っていった。
「リーネ…」
太一はリーネを見た。
彼女は大剣を鞘に納め、俯いていた。
その拳が白くなるほど握りしめられている。
「…行くぞ、タイチ」
彼女はそれだけ言うと、早足でギルドを出て行った。
太一は慌ててその背中を追った。
裏路地に入ったところで、
リーネは壁に背を預けて座り込んだ。
大剣を抱きしめ、膝に顔を埋める。
「…みっともねぇとこ見せちまったな」
「そんなことない」
太一は彼女の隣に、ドサリと腰を下ろした。
その巨体が、壁の冷たさを遮る。
「あの借金は…あたしが暴走して死なせた奴らの、
遺族への補償金だ。
法定の額よりずっと多い。
あいつらがふっかけてきたからな」
彼女は顔を上げないまま語り始めた。
「ギルドから一時追放された後も、
借金だけは残った。
冒険者として登録し直しても、
どんなに稼いでも、
あいつらが提示する額には遠くて…。
だから、あたしは誰とも組めなかった」
太一の心臓が締め付けられた。
彼女は孤独を選んだのではない。
誰かを巻き込まないために、
孤独しか選べなかったのだ。
暴走のリスクと、莫大な借金。
その二重の重荷を、彼女は一人で背負ってきた。
「なのに、あたしはお前と組んじまった。
お前は優しいから、あたしの借金まで背負おうとするだろ。それは…嫌なんだ」
リーネはようやく顔を上げた。目は赤く腫れていた。
「…やっぱり過去は厄介だな……お前には、
もっと自由に生きてほしい。
あたしみてぇな『呪われた女』と一緒にいたら、
お前まで呪われる」
太一は首を横に振った。
そして、震える手で自分の革の財布を取り出した。
中には、ラバトでの報酬や、道中で得た金が入っている。
彼女の借金に比べれば雀の涙だ。
だが、彼はそれをリーネの前に差し出した。
「俺は呪われた女と一緒にいるんじゃない。
信頼して背中を預けられる相棒のリーネと一緒にいるんだ」
「タイチ…」
「借金? 知ったことか。
俺とお前で稼げばいい。
分割払いだろう?
毎月少しずつ返せばいい。
俺は…俺の分もあの借金に回すから」
「バカ! お前の金はお前のもんだろ!
なんであたしのために…」
「俺のためだよ!」
太一は叫んだ。
声が裏返る。
でも、本心だった。
「俺は…俺のために、お前と一緒にいたい。
お前が借金を背負ってるなら、俺も背負う。
俺が暴走しそうなら、お前が止める。
そうやって…俺たちはこれまでやってきたんだろ?」
リーネの目から再び涙が溢れた。
しかし今度は、悲しみの涙ではなかった。
「…お前ってヤツは、本当に…」
彼女は太一の革の手袋越しの手を握りしめた。
「ありがとう、タイチ。
あたしも…お前のために強くなる。
どんな敵が来ても、お前だけは守ってやる」
二人はしばらくそのまま座っていた。
王都の喧騒が遠く、ただ二人の呼吸だけが聞こえる場所で。
借金も、過去も、消えはしない。
でも、半分こにすれば、半分になる。
太一は思った。
これが「パーティ」なんだ。
共に戦い、共に稼ぎ、共に背負うこと。
画面の向こうで指示を出すだけだった彼には、
決して得られなかった「繋がり」だ。
「さて、金貨五十枚か。大物の依頼を探さねぇとな」
リーネが立ち上がり、涙を拭って笑った。
「ああ。一番危険で、一番報酬がいいやつを」
太一も立ち上がった。
「望むところだ」




