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『肉塊の玉座と理の王国』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第三十一章 赤き剣士の肖像

カルロたちを追い払った後、

二人は街道沿いの小さな泉で休息を取っていた。


太一は泉の水で顔を洗い、

ふと隣に座るリーネを見た。


これまで、

彼は自分のことに精一杯で、

彼女をじっくりと見つめたことがなかった。

見るのが怖かった。

自分の醜悪な姿を見られているのではないか、

嫌われているのではないかという恐怖が、

彼の視界を曇らせていた。


でも今は違う。

彼女は俺の相棒だ。

そう思うと、

初めて彼女の姿がまっすぐに目に入った。


まず目を引くのは、

燃えるような赤い髪。

夕日を受けてオレンジがかった朱色が輝き、

それを無造作に高い位置でポニーテールにまとめている。


戦闘中はその尻尾が鞭のようにしなり、

動きに合わせて跳ねる。

落ち着いた今は、

肩口からこぼれた短い毛束が、

うなじや耳の後ろでそよ風に遊ばれていた。


顔立ちは、

よく見るとまだ少女の面影を濃く残している。

大きな瞳は切れ長で、

戦闘中は獣のように鋭く光るのに、

今は泉の水面を見つめて穏やかに瞬いている。

瞳の色は琥珀。

陽光に透かすと、

金色の粒子が浮かんでいるのが見えた。


鼻筋は通っているが、

あまり高くはない。

頬にはそばかすが散っていて、

日に焼けた肌は健康的な小麦色。

唇は薄く、笑うと八重歯が覗く。

眉は勝気に釣り上がっているのに、

困った時はすぐにハの字になる、忙しい顔だった。


太一は思わず口元を緩ませた。


(リーネって…こんな顔してたんだな)


彼の視線は彼女の体へと移る。


革鎧は薄汚れ、

あちこちが擦り切れている。

肩当ては何度も打ち直した跡があり、

胸当てには無数の傷跡。

腹の部分は比較的綺麗だが、

腰回りには軽装の金属板が縫い付けられ、

動きやすさと防御力のバランスが考え抜かれていた。


しかし、防具の下から覗く体は、

驚くほど細い。

細いというより、

無駄な肉が一切ない、

機能的な細さだ。


二の腕は女性らしい丸みがほぼなく、

代わりに鍛え上げられた

筋肉の束が薄っすらと浮き上がっている。


手首は太一の手首より細い。

その華奢な手首から先に、

節くれ立って硬くなった指が伸びている。

手のひらは、

何年も剣を握り続けた結果、

分厚いタコができ、あちこちに古傷が走っていた。

小指の爪が一本、潰れて割れている。


(俺の手より…ずっと小さくて、でもずっと強い手だ)


太一は自分の白くふやけた手を見下ろした。

その対比が、胸にチクリと刺さる。


脚もまた、細かった。

革のズボンに包まれた太腿は、

それでも一応の張りはあるが、

膝から下はほとんど筋肉だけで構成されている。

足首も細く、

ブーツは酷使されてかかとがすり減っていた。


全体を見渡すと、

彼女の体には「余計なもの」が何一つなかった。


女性らしさよりも、

剣を振るうための実用性が優先された体。

その姿は美しくもあり、痛々しくもあった。


革鎧の隙間から覗く肌には、

大小無数の傷跡が走っている。

肩口には古い裂傷の癒えた跡。

前腕には火傷の痕のようなケロイド。


そして、太一が気づいたのは、

彼女の左の手首の内側に走る、

真っ直ぐな一本の切り傷だった。

これは少し新しく、

まだ皮膚に赤みが残っている。


(あれは…戦闘の傷じゃない)


太一の心臓がドクリと跳ねた。


彼は知っている。

ゲームの世界ではない

現実の絶望を味わった人間だけがつける傷。


彼女は、死のうとした事があるんだ。


リーネは太一の視線に気づき、

左腕をさりげなく自分の後ろに隠した。


「なんだよ、じろじろ見て気持ち悪ぃぞ。

デブの次はエロか?」


「ち、違う! エロくなんてない! 大丈夫だ! 健全だ!」


太一は慌てて首を振り、顔が真っ赤になった。


リーネはそんな彼を見て、クスッと笑った。


「ふは。お前、本当に顔に出るよな。嘘つけねぇタイプだ。そこは信用できるけどな」


彼女の笑顔。

釣り上がった眉が崩れて、

八重歯が覗く。

その顔を見て、太一は思った。


(彼女は、たくさんの傷を負って、

それでもこうして笑えるんだ)


自分の体は何の傷もない。

百二十キロの脂肪と、使われなかった筋肉だけ。

だが、その中身は恐怖と自己嫌悪でグチャグチャだ。


リーネは違う。

外側には無数の傷があるけれど、

内側には強い芯が通っている。


彼女は「弱さ」を自分で切り開いてきたのだ。

暴走した過去も、

追放された孤独も、

自らの手首に刻んだ絶望も、

彼女は全て背負って今ここに立っている。


「リーネ…」

「ん?」

「お前、きれいだな」


太一の口から、

思わず零れ落ちた言葉。


計算もなく、理屈もなく、

ただ衝動で出たその言葉に、リーネは目を丸くした。


彼女はすぐに顔を真っ赤にして、ブンと太一の頭を叩いた。


「ばっ、バカ! なに言ってんだお前! 頭打ったのか!?」


「いや、本当に思ったからつい…」


「うるせー! そういうのはもっとこう、

順序ってもんがあるだろ!」


リーネは照れ隠しに立ち上がり、

さっさと街道に向かって歩き出した。


そのうなじが、

これまで見たことないくらい朱に染まっている。


太一はその後ろ姿を見つめながら、

彼女の傷跡も、

その傷跡を隠さない生き方も、

きれいだと思った。


彼女は失敗作なんかじゃない。

たくさん間違えて、

たくさん傷ついて、

それでも前に進もうとする、

真っ直ぐな人間だった。


彼は立ち上がり、彼女の背中に声をかけた。


「順序って、何の順序だよ!? 教えてくれ!」

「うるさいっ!うるさいデブ!」


二人は王都への道を、

いつもより少しだけ近い距離で歩き始めた。

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