第二十二章 魔女の森、呪われた恩寵
ラバトを出て数日、二人の前方に深い霧に包まれた森が現れた。
『魔女の森』。古の魔女が住み着き、迷い人を決して帰さないとされる禁忌の領域だ。
「迂回しようぜ、タイチ。あそこはロクなもんじゃねぇ」
リーネが地図を見て言った。
「ああ、そうだな。わざわざ危険な目に…」
その時、森の中から微かな泣き声が聞こえた。
子供の声だ。
「…無視できねぇな」
リーネが即断し、大剣を抜いて霧の中へ踏み込む。
太一も覚悟を決めて続いた。
森の中は異様だった。
木々はねじれ、枝は苦悶する人間の手のように空を抓む。
霧は粘り気を持ち、皮膚にまとわりつく。
そして何より、魔力の密度が濃すぎた。
太一にはそれが「見えた」
空気が毒々しい色のマーブル状に渦巻き、呼吸するたびに肺が焼けるような感覚。
「くっ…なんだここは…」
「気を引き締めろ、タイチ。幻覚を見せる魔女だ」
泣き声の主を探して進むと、開けた場所に出た。
そこには一人の少女が立っていた。
粗末なボロ布をまとい、白濁した目で虚空を見つめている。
だが、太一の目は少女そのものではなく、
彼女を取り巻く「何か」を見ていた。
(あれは…呪いじゃない。魔力回路だ)
少女の周囲には、複雑な紋様が浮かび上がり、
彼女から命を吸い取っている。
そしてその紋様は、
太一がこの世界で見てきたどんな魔法陣とも異なっていた。
あまりにも…「人工的」で「理詰め」だったのだ。
(俺の…魔法に似ている?)
「タイチ、来るぞ!」
リーネの警告と共に、
地面から泥人形のような魔物が次々と湧き出した。
リーネが斬り伏せるが、泥はすぐに再生する。
「物理攻撃が効かねぇ! 魔法だ、タイチ!」
太一は手をかざした。
だが、詠唱しようとした時、躊躇した。
この森の魔力は濃すぎる。
ここで自分の魔法を使えば、
暴発するかもしれない。
あの少女ごと吹き飛ばすかもしれない。
(どうする…制御できない…)
その時、少女が太一の方を向いた。
混濁した目。だが、その口元が微かに動いた。
『…たす…けて…』
太一の心が決まった。
暴発を恐れていては、誰も救えない。
彼は深く息を吸い込み、自分の中の魔力を感覚だけで掴んだ。
視覚ではなく、触覚で。熱く脈打つエネルギーの塊を。
「渦を…解け!」
叫びと共に、彼は魔力を放った。
それは火炎でも雷撃でもない。
純白の光が、少女を縛る魔力回路に干渉し、
その構造式を強制的に書き換えていく。
バリバリという音と共に、紋様が崩壊していく。
「え…?」
リーネが目を見開いた。
泥人形たちもまた、回路を断たれたように崩れ落ちた。
少女がその場に倒れ込む。
太一は慌てて駆け寄り、その体を抱き上げた。
軽すぎる。温もりが消えかかっている。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
少女の目が焦点を結ぶ。
「…あたたかい…」
彼女は太一の太い腕に抱かれ、安心したように目を閉じた。
太一は自分の手を見た。
自分の魔法が、人を殺すのではなく救えた。
それも、理ではなく、感覚と意志で。
(俺は…できる)
彼は確信した。自分はただのバグった兵器ではない。この手で、誰かを守り、救うことができる。
リーネが近づいてきて、太一と少女を見て優しく微笑んだ。
「お前、意外と母性味あるな」
「そ、そうか…?」
霧が晴れ始め、陽光が差し込む。
太一は少女を背負い、リーネと共に森を出た。
その背中は、以前より少しだけ頼もしく見えた。




