第二十一章 観測者の飽和、静止の理
(俺も……あそこにいたい)
その衝動が、雷鳴のように彼を劈いた。
城が軋む。彼の感情の高ぶりが、
論理都市の構造式に深刻なノイズを走らせる。
彼は知っていた。今すぐ城を放棄し、
この肥大した演算装置ごと崩壊させれば、
その爆発的能量を使って
彼自身があの広場に転移できるかもしれないと。
分身を消去し、オリジナルである自分がその場所に立ち、
リーネと話すことができるかもしれないと。
だが。
「……いや、まだだ」
太一は自己の深層意識に、冷徹なブレーキをかけた。
城壁の亀裂が、ピタリと止まる。
彼は分析していた。自らの情動と、この世界の法則を。
確かに、あの広場の光景は眩い。分身が得た「他者との繋がり」は、彼が渇望した水だ。
しかし、今の彼がそこに行けば、何が起こる?
第一に、物理的な問題がある。彼の肉体は既に城と同化しきっている。無理に離れれば、既に死が迫る彼自身の身体は、負荷に耐えきれないだろう。
それに伴い、城の維持機能も同時に停止し、配下の亜人たちが死に絶える。それは「理の絶対者」としての彼には許容できないエラーだ。
第二に、そして何より重大な問題。
彼が姿を現せば、分身の存在が暧昧になる。
分身は「記憶なき迷い人」としてリーネと信頼を築いた。
もしオリジナルである自分が割り込み、
「お前は俺の作ったアバターだ」と明かせば、
その絆はどうなる?
リーネは、分身の太一という「人間」と繋がったのであり、本体の太一という「魔王」と繋がったのではない。
介入は、観測対象を破壊するリスクが極めて高い。
(まだ、要素が足りない)
太一は独り言ちた。
分身とリーネの旅はまだ始まったばかりだ。
彼らの関係は、
所詮「戦友」という利害と生存本能の結びつきに過ぎない。
彼が求めているのは、
もっと根源的な、魂の接続だ。
それが達成されるのか、
あるいは絶望的に壊れるのか。
その結論が出るまでは、彼は動けない。
(俺は、まだこの玉座で死の影と共に飽和していなければならない)
それは孤独な決断だった。
自分自身を監獄に閉じ込め、画面の中の自分を生かすために、冷たい演算装置に成り下がる決断。
だが、不思議と心は静まっていた。
分身が笑う時、彼もまた胸の奥で笑っているような気がしたからだ。
オリジナル太一は半開きになった目を閉じ、
再び広大なネットワークの一部へと沈んでいった。
城の亀裂は修復され、幾何学模様が再び整列する。
飽和する部屋の住人は、今日も空白の玉座で、
ゲームを続ける。
ただし、その画面には今、確かな色彩が宿っていた。




