第二章 未開の森、数理の獣
目を開けると、そこは緑の牢獄だった。
巨大なシダ植物が空を覆い、
腐葉土の湿った匂いが肺を満たす。
太一は自分の体を見下ろした。
百二十キロの贅肉はそのままに、
ボロボロのジャージだけが異界の空気に晒されていた。
(異世界転移か。チート能力の授与は……ないのか?)
彼に与えられたのは、
視界の端に浮かぶ
半透明のステータスウィンドウだけだった。
しかし、彼は気づいてしまった。
ウィンドウに表示されているのは、
彼自身のステータスではない。
目の前の世界そのものの構造式だった。
風が吹く。
それは気流の乱れではなく、
熱力学の方程式の解として視えた。
遠くで狼のような魔獣が唸る。
その唸り声は、音波の周波数として、
そして敵意のベクトルとして解析される。
(この世界は……ソースコードが剥き出しだ)
太一の口元が、久方ぶりに歪んだ。
それは笑みというより、飢えた獣の喘ぎに近かった。
魔獣が襲い来る。彼は避けなかった。
避ける必要がなかった。
魔獣の筋肉の収縮タイミング、
地面を蹴る反力、
爪が空を切る軌道。
すべてが未来予知のように計算できた。
彼はその巨体で、ただ半歩だけ横にずれた。
魔獣は空を切り、その勢いのまま木の幹に頭を激突させる。
太一は、木の根元に転がっていた鋭い岩石を拾い上げ、
計算し尽くされた角度で魔獣の延髄に叩き込んだ。
悲鳴を上げる間もなく、魔獣は絶命した。
「力じゃない。理だ」
彼は汗一つかかずに呟いた。
コミュ障の彼が持つ唯一の武器、
極限まで鍛え上げられたシステムの解読能力。
この世界は、
彼にとって攻略法が判明したレイドボスに等しかった。




