第十八章 追憶の残響、喪失の痛み
その夜、ラバトの西門が警報と共に閉ざされた。
『赤牙』の大規模な盗賊団が街を襲撃したのだ。
『赤牙』がここまでの規模を持つに至った理由は、
半年前に東方で崩壊した小国の残党兵士たちが
合流したからに他ならない。
職と故郷を失い、
砂漠の飢えに晒された彼らは、
生きるために規律と武力を持って徒党を組み、
やがてはラバトの富を狙う黒い影の支援を受けて、
一つの軍勢と成っていた。
街の衛兵だけでは防げない。
冒険者たちが次々と駆り出される。
リーネも、宿代を稼ぐためにと
大剣を持って駆け出そうとした。
「待ってくれ、リーネ! 俺も…俺も行く!」
太一はへたり込んでいたベッドから転がるように立ち上がった。
足は震えている。恐怖で胃が縮み上がっている。
戦場に行けば、またあの血と悲鳴の地獄だ。
自分の力が暴走して、リーネを傷つけるかもしれない。
だが、彼女を一人で行かせることはできなかった。
彼女の背中が見えなくなることが、
魔獣に食われるよりも恐ろしかった。
リーネは驚いたように振り返り、
それからニカッと笑った。
「おう、そう来なくっちゃな!
デブでも数に入れば威圧感はある! 行くぞ!」
二人は宿を飛び出した。
街はパニックに陥っていた。
逃げ惑う人々、響く悲鳴、
そして西門の方から漂う血と硝煙の臭い。
西門広場は、まさに地獄絵図だった。
傭兵団はただの烏合の衆ではない。
統率の取れた重装歩兵部隊が盾の壁を築き、
その背後から弓兵が雨のように矢を降らせている。さらに、
攻城用の魔導兵器までもが持ち込まれていた。
「クソッ、数が多すぎる!」
衛兵隊長が叫びながら、斬り伏せられていく。
リーネが飛び込み、大剣で敵の槍を薙ぎ払う。
「タイチ! 焼き払えるか!?」
太一は息を呑んだ。広場には敵だけではない。
逃げ遅れた市民や、味方の衛兵もいる。
範囲攻撃の魔術など使えない。
また暴発して味方を焼いてしまう。
「で、できない…! リーネ1人だけを避けての攻撃魔法なら出来たけど、ここは人が多い…!」
「なら、あたしが道を開く!
お前はあたしの背中だけ守れ!」
リーネが吠え、敵陣の只中へと突っ込む。
彼女の剣は速い。だが、数が違いすぎる。たちまち囲まれ、剣戟の嵐に晒される。
(リーネが…死ぬ!)
その光景が、太一の脳裏に焼き付いた。
恐怖が限界を超え、逆に冷えていく感覚。
パニックが晴れ、思考がクリアになっていく。
かつてゲームの中で、彼がやったように。
(敵の数、約300。
味方の位置、リーネの座標。
魔導兵器の照準、西壁の死角。介入可能領域は……)
「理」は見えない。数値は表示されない。
だが、彼の脳内で、瞬時にシミュレーションが組まれた。
それは剣聖級の動体視力と、
大魔導級の魔力総量が、
彼の「ゲーミング軍師」としての
思考とリンクした瞬間だった。
「リーネ! 右に踏み込んで、九時の方向へ剣を振れ!」
太一は叫んだ。
リーネは一瞬も迷わず、
右足を踏み込み、背後へ大剣を振り抜いた。
その刃が、死角から迫っていた敵の喉を正確に突き刺す。
「続けて! 前へ三歩、そのまま旋回斬り!」
太一の指示は、未来予知のように正確だった。
彼は戦場全体のフローチャートを見ていた。
敵がどこから襲いかかり、味方がどう動けば生き残れるか。その最適解を、即座にリーネへと魔力で送信する。
リーネは太一の声に合わせて舞うように剣を振るった。
彼女の剣技と太一の指揮が完璧に噛み合う。
二人は戦場に赤い楔のように突き刺さり、
敵の陣形を引き裂いていく。
「すげぇ…あのデブと小娘、息ぴったりだぞ!」
衛兵たちが驚愕の中で士気を取り戻していく。
太一は指示を出しながら、
同時に魔術の構築を行っていた。
範囲攻撃はできない。
ならば、極小の魔術を極限まで高精度で運用する。
「リーネ、伏せろ!」
彼女が地面に滑り込むと同時に、
太一の手から一本の雷撃が放たれた。
それは蛇のように唸りを上げながら、
リーネの頭上ギリギリを通過し、
敵魔導兵器の動力源だけを正確に貫いた。
ドォン! と魔導兵器が爆発し、敵の一角が崩壊する。
(できた…制御できた…)
太一の手は震えていたが、
それは恐怖ではなく高揚感だった。
彼は今、
「理」ではなく
「信頼」
という新しいプロトコルで世界と繋がっていた。




