第十七章 異邦人の街、歪んだ鏡
商業都市『ラバト』は、
喧騒と欲望の匂いが充満する場所だった。
石畳の大通りには、
異国の絨毯を売る商人、
香辛料の香りを漂わせる屋台、
そして鎖に繋がれた亜人の奴隷たち。
その混沌の中に、
百二十キロの巨体をジャージに包んで現れた太一は、
あまりにも異質だった。
「なんだあのデブ…変な服だな」
「汚ねぇ…疫病神じゃねぇか?」
「どけよ、道が塞がれて歩けねぇ!」
冷ややかな視線と、悪意の言葉が、雨のように降り注ぐ。
太一はすっかり縮こまり、
リーネの背中に隠れるようにして歩いた。
かつて六畳一間で引きこもっていた時と同じだ。
ネットの向こうでは王でも、
現実の肉体を持って街を歩くのは苦行でしかない。
「無視しろ、タイチ。
ガタガタ言う奴らなんて、魔獣以下だ」
リーネが太一の背中をバンと叩く。
その手は大きく、温かかった。
「あ、ああ…」
太一は呟いたが、胃の底に冷たい塊があった。
自分はここにいていい人間なのだろうか。
この醜い体は、
世界のパケットロスを象徴する
エラーそのものではないのか。
宿屋に辿り着いた時、
太一はへたり込むようにベッドに座り込んだ。
リーネは「着替えを買ってくる」と出かけ、
太一は一人残された。
部屋の壁には、曇った鏡が掛かっていた。
恐る恐る顔を上げ、鏡を見る。
そこには、
脂ぎった顔、
重たいたるんだ顎、
無気力な目が映っていた。
(…俺は、誰だ?)
名前はリーネに教えた通り「厚地太一」。
だがこれは「自分」なのか?
それとも、誰かが作った「仮面」なのか?
太一は震える手で、自分の頬に触れた。
感触は肉だ。温かい。生きている。
だが、どこか作り物めいた違和感が拭えなかった。
(俺は…前にも、どこかでこうして鏡を見ていた気がする。もっと冷たい、狭い部屋で…)
デジャヴ。
記憶の抜け落ちた隙間から、
冷たい風が吹き込むような感覚。
その時、太一の脳裏に、無意識の呪文が浮かんだ。
『飽和する部屋、空白の死』
意味不明な言葉。
だが、それが自分の過去の核であるように感じられた。
「なんだよ、これ…」
太一は頭を抱え、うめいた。




