第4章 パート2 — 少し長い帰り道
少し長い帰り道 — カイト
本屋は駅からほんの数分のところにあった。
カイトとユキが近くの交差点に着く頃には、学校を出た生徒たちのほとんどは、もう別々の道や電車の路線へ散っていた。歩道は午後の早い時間より静かに感じられた。
カイトは、トラックが交差点を通り過ぎるあいだ、信号の横で待った。
「本当におすすめしてほしいの?」隣でユキが聞いた。
「ん」
「珍しいね」
「普段自分が買うものは分かってるから」
歩行者用信号が変わった。二人は一緒に渡った。
ユキは鞄のストラップを、少し高く肩にかけ直した。「じゃあ、全然違うものがいいってこと?」
「たぶん」
「曖昧だね」
「曖昧だな」
「そういう答え方されると、本すすめるの難しいんだけど」
カイトは少しだけ彼女の方を見た。「ユキの方が、いろんなジャンル読んでるだろ」
「それ、絞り込む助けにはならないよ」
「ユキが読んでよかったものをくれればいい」
ユキは、少し笑ったようにも聞こえる息を小さく吐いた。
本屋の自動ドアが、二人が中に入ると同時に開いた。すぐに冷たい空気がカイトの顔をなで、紙の匂いを運んできた。
店内はまだそれほど混んでいなかった。雑誌コーナーの近くに会社員が数人立っていて、奥の低いマンガ棚のそばでは、中学生が、床に座らないよう求める小さな貼り紙の前であぐらをかいていた。
カイトは入口近くの展示台の前で少し足を緩め、ユキは近くの棚を自然に見回した。
「普段避けるのは?」彼女が聞いた。
「ミステリー」
「意外」
「聞いたのはユキだろ」
「恋愛ものは?」
「ものによる」
「ファンタジーは?」
「たまに」
ユキは、頭の中で分類を組み替えているみたいに、しばらく彼を見た。それから店の奥の方へ向いた。
「来て」
カイトは棚のあいだをついていった。
本屋の奥へ進むほど通路は狭くなり、天井の明かりも入口の近くよりやわらかく、静かに感じられた。カーペットの床に二人の足音は鈍く沈み、近くのどこかで、ときどきページの動く音がした。
「ユキの好きなシリーズは?」カイトが聞いた。
ユキは、そんなことを聞かれると思っていなかったように、少しだけ彼を見た。
考えながら、彼女はわずかに足を緩めた。「たぶん、『春雪の手紙』」
「恋愛もののやつ?」
「知ってるの?」
「前にアイコが話してた。表紙が印象に残ってる」
「去年、誕生日に一巻をあげたの」ユキは言った。口元の端に小さな笑みが出て、それからまた消えた。
「最近、最後まで読んだって言ってた」カイトが言った。
「いいよ」彼女は言った。「進み方はゆっくりだけど」
「ユキが好きそうだな」
「それ、悪く言ってるみたいに聞こえる」
「悪く言ってない」
ユキは文庫本が並ぶ棚の前で足を止め、題名を読むように少し首を傾けた。
カイトはその隣で待った。
数秒して、彼女は一冊を半分だけ引き出し、少し止まってから、また棚に戻した。
「これは違うかな」と彼女は小さく言った。
「なんで?」
「兄さん、いらいらすると思う」
「そんなに?」
「気持ちのすれ違いだけで三百ページ使う」
「それは疲れそうだな」
「でしょ」
彼女は棚のさらに先へ移った。カイトは、ユキが題名を素早く、けれど丁寧に追っていくのを見ていた。たいてい数分で読むかどうかを決めるカイトと違って、ユキは消去法で本を選ぶ。すぐには選ばない。少しずつ候補を減らしていって、最後に一冊だけ残す。
コンビニでおやつを選ぶときも、同じことをしているのを見たことがあった。
通路にいる時間が長くなるほど、ユキの動きは少しずついつものリズムに戻っていった。
学校ではさっき、会話や動きの途中で、彼女の注意が何かに引っかかっているように見えた。けれど今は、棚のあいだを落ち着いた様子で動いていた。題名を丁寧に追い、ときどきあらすじを読み直してから、また次へ移る。
返事も、学校からの道で聞いたときより軽く聞こえた。
大げさにではない。
ただ、いつもに近かった。
その空気の変化につられるように、カイトも少しだけ力が抜けていくのを感じた。
やっぱり、本屋に来たのは悪くなかったのだろう。
「これならいけるかも」と、やがて彼女が言った。
彼女は淡い青の表紙の文庫本を彼に渡した。
カイトは裏表紙のあらすじに目を落とした。ファンタジー恋愛ものらしい。
「ファンタジーと恋愛、合わせたのか」
「恋愛以外にも目指してるものがある方がいいから。それだけが前提になってるより」
「ユキは好きだった?」
「かなり好きだった」
「それがおすすめ?」
「兄さんが前に読んでたハウツー本よりは面白いと思う」
「なんか悪口に聞こえるな」
「分かるでしょ」
分かっていた。
カイトは彼女の隣に立ったまま、数ページをめくった。文章はそれなりに読みやすそうだった。
近くで別の客が通路に入ってきて、場所を空けるために、二人は少し近づくことになった。ユキは会話を止めることなく、彼の横で自然に体をずらした。
そのあと二人は、ユキが自分の本を探し始めたので、いくつかの通路を一緒に回った。ユキは本を手に取っては、少しして棚に戻すことがあった。カイトがあらすじに目を通し、彼女が近くで待つこともあった。どちらも、特に急いでいるようではなかった。
途中でユキは文学の棚の近くで立ち止まり、両手でハードカバーの本を一冊抜き出した。
「それ、もう持ってるだろ」とカイトが言った。
「知ってる。新版を見てただけ」
「違うのか?」
「訳が改訂されてる」
「それ、重要?」
「人によっては」
「ユキ」
「だいたい私」
カイトは一度うなずいた。
ユキが自分用にSF恋愛ものを選んだあと、二人はレジへ向かった。二人とも本の代金を払う頃には、教室での落ち着かない感じは少し遠くなっていた。
完全になくなったわけではない。
ただ、静かになった。
二人は一緒に本屋を出て、さらに冷えた夕方の空気の中へ戻った。
日は低くなっていて、電柱の影が歩道の上に長く伸びていた。駅の入口の近くでは、別の制服を着た生徒たちが時折通り過ぎ、自転車がでこぼこの舗道の上を小さく鳴っていった。
カイトは片手の紙袋を軽く持ち直した。
「本当に買ったんだね」とユキが言った。
「ユキがすすめたから」
「兄さんの好みに合うとは限らないよ」
「合わないかもしれないな」
「じゃあ、なんで買ったの?」
カイトは駅の横から分かれる細い道の方を見た。「ユキがどういうものをいいと思うのか、知りたかった」
隣でユキが静かになった。
気まずい沈黙ではなかった。
ただ、短いものだった。
それから彼女は聞いた。「いつもの道で帰る?」
カイトは、まだ生徒や通勤客で混んでいる駅前の道へ目を向けた。
「公園の方が空いてる」
「ん」
それ以上、どちらも遠回りについては聞かなかった。
公園の小道は、駅から数区画離れたアパートの列の裏側を曲がって続いていた。歩道の両側には木が並び、風が通るたびに葉がやわらかく揺れた。
少し先のブランコの近くでは、まだ子どもたちが遊んでいた。午後の早い時間よりは少なくなっている。遠くのコートのあたりでは、誰かがゆっくりと不揃いなリズムでバスケットボールを弾ませていた。
カイトとユキは、舗装された道を並んで歩いた。
学校の近くの騒がしさに比べると、静かな場所では、会話をする必要も少なく感じられた。
池のそばを通るとき、ユキは少しだけそちらを見た。夕方の光を映した水面に、細い波紋が動いていた。
「先月より水、少ないね」と彼女が言った。
「最近あんまり降ってないからな」
「今週の初めは降ったけど」
「あれはすぐやんだ」
向こうからジョギングしてくる人が通り過ぎた。カイトは場所を空けるために自然に少し左へずれ、通り過ぎたあとで元の位置へ戻った。
二人の歩調は、今日の帰り道の最初より自然に合っていった。
意識してではない。
ただ、慣れていた。
途中、木の根がコンクリートの下で盛り上がり、舗道にひびが入っている場所の近くで、ユキが少し足を緩めた。カイトは何も考えずに合わせ、二人のどちらかがその変化にはっきり気づく前に、自然に同じ速さになっていた。
その動きはまた、普通に感じられた。
欠けていなかった。
カイトは木々の間から前方を見た。
進路面談の告知が、前触れもなく頭に戻ってきた。
大学。
住む場所。
卒業後。
さっきと同じ言葉。
ユキがまだそのことを考えているのか、聞きかけた。
問いは途中まで上がってきて、そこで止まった。
代わりに彼は言った。「今日、少しぼんやりしてたな」
隣でユキが一度まばたきをした。
「……そうだった?」
「少し」
「ごめん」
「謝ることじゃない」
返事がすぐに出すぎて、カイトはあとになってから、自分が思っていたよりまっすぐな言い方になったことに気づいた。
ユキは一度、前方の道へ目を落とした。
「ちょっと、将来のこと考えすぎてただけ」と彼女は認めた。
「ん」
それは、彼がすでにそうだろうと思っていたことと合っていた。
どちらも、それ以上その話を続けなかった。
頭上の木々のあいだを、また風が静かに通った。
カイトは紙袋を軽く脇に寄せた。「カウンセリングのことも、ユキならたぶん、ほかの人より早く決められるだろ」
「兄さんに言われたくない」
「ユキは、みんなよりちゃんと考えてる」
「ちゃんと考えてるからって、分かってるわけじゃないよ」
「たいていの人は分かってない」
カイトは、木々のあいだを抜けて曲がっていく道の先を見た。「それに、あとで違う場所に行くことになっても、ユキの方が俺より早く慣れると思う」
言葉は何気ないものだった。たぶん、安心させるつもりだった。
ユキはすぐには答えず、前方の道へ目を向けた。
数秒のあいだ、二人のあいだには、木々を抜ける風の音と、遠くのコートで弾むバスケットボールの音だけがあった。
それから彼女は、制服の袖口のあたりを軽く直して、さっきより静かな声で言った。「そうかも」
会話は自然に、また沈黙へ戻った。
二人が公園の道を抜け、家に近い住宅街へ戻る頃には、その日の午後の早い時間より、二人のあいだの距離は少し狭くなっていた。
目立つほどではない。
ただ、歩いているとき、無意識に肩のあいだへ残していた空間が、少なくなっていた。
足並みも、前より安定してそろっていた。もう、どちらかが相手に合わせて足を緩めたり、調整したりする必要はなかった。
その頃には、慣れたリズムはほとんど戻っていた。
それでも、さっきの会話は帰り道の奥の方に残っていた。何かを遮るほどではないくらい静かで、けれど、二人が以前と同じような楽な沈黙へ完全に戻るには、まだそこにあるくらいには確かだった。
空がさらに暗くなるにつれて、街灯が一つずつ点いた。
コンビニの角の近くで、ユキはカイトの手にある紙袋へ目を向けた。
「その本、嫌いでもあとで私のせいにしないでね」
「しない」
「絶対、心の中ではする」
「そしたら次をすすめてもらう。気に入るものが見つかるまで続ければいい」
前方で、家の近くの信号が黄色から赤に変わった。
二人は横断歩道の線のそばで、自然に並んで止まった。
数秒、どちらも話さなかった。
車が交差点を通り過ぎ、周りの夕方の空気はさらに冷えていった。
隣のユキは、教室にいたときほど遠くには見えなかった。返事も今は前より自然に返ってきて、あいだにあった小さな遅れはなくなっていた。歩調も、どちらかが意識して合わせなくてもまたそろい、彼女の隣の沈黙は、完全に変わらないわけではないにしても、より静かで、慣れたものへ戻っていた。
歩行者用信号が変わった。
カイトは、ユキと同じ瞬間に前へ踏み出した。
はっきり考えたわけではないまま、カイトは、その日の小さな一部が元の場所へ戻ったように感じた。




